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第五話 最初のスキルを選ぶ夜

その夜、ウィンドウが開いた。

 クラウスの家で横になっていた俺の視界に、いつもより大きなサイズで、例のフォーマットが展開した。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

エルナ・ターン Lv2 → Lv3 レベルアップ!

経験値取得:実戦後も続けた猛特訓(剣の反復鍛錬・中)

───────────────

ステータス上昇(剣士系):

STR 13 → 14

AGI 18 → 19

VIT 11 → 12

───────────────

★Lv3到達:初のスキルが解放されました

スキル選択(1つ選択してください)

① 剣術の素養(攻撃速度+10%、剣技の習得速度上昇)

② 野生の勘 (危険察知+15%、奇襲への対応力上昇)

③ 鉄の意志 (精神圧への耐性、怯み無効化)

※対象者には選択肢は見えていません

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 エルナは盗賊を追い払った後も、日が暮れるまで素振りを続けていた。

 初めての実戦で何かを掴んだのか、いつもより鬼気迫る量だった。

 あの地道な鍛錬が、ちゃんと経験値になったらしい。

 敵を倒さなくても、剣を振り続けるだけで、人は伸びる。当たり前のようで、見ていて少し嬉しかった。

 STR、AGI、VITが、また着実に伸びている。

 そしてレベル3。ここで初めて、ステータスの数値だけじゃなく、スキルが解放された。

 ゲームで言えばキャラメイクの最初の分岐点だ。ここで何を選ぶかによって、エルナの成長ルートが変わる。

 三択を眺めながら、俺は状況を整理した。

 今のターン村に足りないのは、まず「戦う力」だ。

 盗賊を追い払えたのは今回が初めてで、次はもっと多く来るかもしれない。

 バロック村長は役に立たない。エルナが村の盾になる可能性がある。

 ならば①の「剣術の素養」が自然な選択に見える。

 でも、俺は少し考えた。

 数値の伸びを見る限り、エルナのステータスはもう完全に剣士へ傾いている。STRもAGIも、放っておいても伸びる。

 むしろ伸びにくいのは、精神面と危機回避だ。

 精神力が彼女の最大の強みだとすれば、③「鉄の意志」を伸ばして長所を尖らせるべきか。

 あるいは②「野生の勘」で、生存率という穴を埋めるべきか。

 どれだけ強くても、初見の罠で一発死したら意味がない。

 三択がどれも間違いではない。だからこそ難しい。

 ゲームのバランス調整で最も難しいのは、「正解が複数ある選択肢」の設計だと俺は常々思っていた。まさか自分がプレイヤー側にまわってそれを突きつけられるとは思っていなかったが。


---


 俺は最終的に、①を選んだ。

 理由はシンプルだ。

 「剣術の素養」は基礎だからだ。

 応用は基礎の上にしか積み上がらない。

 精神力はエルナが元々持っている。野生の勘は経験で補える部分がある。

 でも剣の基礎技術だけは、早い段階から体に叩き込む必要がある。

 長期育成の設計として、最も効率がいい。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

スキル「剣術の素養」を付与しました

エルナ・ターン 現在Lv3

保有スキル:[剣術の素養]

※本人は「自分が強くなった理由」を知りません

※それを伝える勇気が、俺にはまだありません

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 最後の二行を見て、俺は息を吐いた。

 ウィンドウの「主観メモ」がやけに辛辣だ。

 システムが俺の本音を勝手に書き込んでくる仕様らしい。

 誰の設計だ。ウィンドウが閉じた。エルナはこれを知らない。

 明日の朝、彼女は「なんか体の動きが変わった気がする」と感じるかもしれない。

 でも、理由はわからないだろう。俺が黙っている限り。


---


 俺は天井を見つめながら、もう一つの疑問について考えていた。

 昼間、エルナに「他の村人だったら、その人を選んだのか」と聞かれた。

 答えは、半分はイエスで、半分はノーだ。

 他の村人が同じ場面で同じ勇気を見せたなら、俺は同じ判断をしただろう。それは事実だ。

 ただ同時に、エルナだったから選んだ、というのも本当だ。

 彼女の素振りを三日間見ていた俺は、数値が見える前から、もう頭の中で勝手に彼女を値踏みしていた。

 だから、迷う暇もなく付与できた。

 その「既に評価していた」という前提が、たぶんエルナを傷つけた。

 彼女は「あの瞬間の自分」を評価されたかったのに、俺は「三日前から見ていた素振り」を評価していた。

 時間軸が違う。

 俺はそれを、説明する言葉を持っていない。

 クラウスがふと、戸口から顔を出した。

 「まだ起きてるのか」

 「はい」

 「考え事か」

 「まあ」

 老人は無言で土間に下りて、戻ってきた時には木の椀を持っていた。

 温めたスープだった。野菜と豆だけの、ごく簡素なものだ。

 「飲め。考えるのは飯を入れてからにしろ」

 差し出された椀を、俺は両手で受け取った。

 温かい。

 その瞬間、急に腹が鳴った。

 考え事をしている間、自分が夕飯を食べ損ねていたことを、体が先に思い出したらしい。

 間が悪い。せっかくのいい場面が台無しだ。

 クラウスがわずかに口の端を上げた気がした。

 「……ありがたいです」声がかすれた。

 クラウスは何も言わず、自分の寝床に戻っていった。

 ターン村に来てから、誰かに何かを「差し出された」のは、二度目だった。

 異世界で、戦えない、魔法も使えない、誰かに何かをしてやれることがほとんどない俺に、粗末なスープを黙って差し出してくれる人間がいる。

 設計者は、いつも「与える側」のつもりでいる。

 でも、本当は、与えられているのは俺の方だ。

 頭の中で、勝手にメモが浮かんだ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【主観メモ:クラウス・ヴェイン】※未測定・俺の勘

STR:たぶん低い(年寄りだし)

INT:間違いなく高い

推定スキル:観察、洞察、政治

推定経験値:俺の十年分は軽く超える

※たぶん全部見抜かれている

※それでもスープを出してくれる

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 付与していないクラウスに、本当の数値は見えない。

 これはただの勘だ。三十一年、人間を見てきただけの勘。

 数値が出ないと、俺はこんなにも自信なく人を値踏みするのか、と少しおかしくなった。

 まあ、それでいい。

 数値で測れない部分でこの老人に敵わないことくらい、俺はもうわかっている。

 最後の一行を見て、俺は椀を両手で抱えたまま、しばらく動けなかった。


---


 翌朝、エルナは俺のところに来た。

 昨日のことを引きずっているかと身構えたが、彼女は意外にも、平然とした顔をしていた。

 「ねえ旅人。素振りの感覚が昨日と違う。なんか手の動きが滑らかになった気がするんだけど、気のせい?」

 「気のせいじゃないかもしれないですね」

 「どういう意味?」

 「昨日の経験が体に染みついたんじゃないですか。人間、本当に怖い思いをすると、妙なところで覚醒することがあるらしいので」

 嘘ではないと思う。ゲームと同じかどうかはわからないが、少なくとも全くの偽りでもない。

 エルナはしばらく俺を見ていた。

 「……あんた、何者なの」

 「旅人です」

 「それしか言わないよね」

 「今は旅人以外の言い方がないので」

 エルナは「ふん」と言って、また素振りを始めた。

 ただ、今日の素振りは昨日より明らかに鋭かった。

 俺にしか分からないことだけれど。

 しばらくしてから、彼女は素振りを止めずに、ぽつりと言った。

 「昨日、あたしに『賭ける』って言ったでしょ」

 「言いました」

 「あれ、本気だった?」

 「本気でした」

 「ふーん」

 また素振り。

 「……じゃあ、ちゃんと、あたしのこと、見てくれてたんだ」

 その一言の落とし所が、俺には予想できなかった。

 怒っているのかと思った。皮肉かとも思った。

 どちらでもなかった。

 むしろ、わずかに安堵したような声音だった。

 俺は何か言うべきだったのかもしれない。

 でも、何を言えばいいかわからなかったので、「はい」とだけ答えた。

 エルナは振り返らなかった。素振りの音だけが、朝の空気に響いていた。

 俺は自分の不器用さを、改めて確認した。

 システムは設計できる。バランスは整えられる。

 だが、人の心の整流回路だけは、何度試しても自分には作れない。


---


 午後、俺は村の中をゆっくり歩いた。

 頭の中でずっと回していたのは、別のことだった。

 次の付与をどうするか。

 残り4枠。

 エルナで「戦力」の初手を打った。

 次に必要なのは「政治力」だ。

 バロックを排除しなければ、俺の頭の中の「ターン村再設計案」は永遠に実行されない。

 排除を主導できる人間は、村人の中に一人しかいない。

 ハロルド・マーシュ。

 あの男に付与をすれば、村の風が動き始める。

 ただし、エルナの時のように「使える駒」として選ぶのではない。

 ハロルドという男を選ぶ。

 昨日の俺は、それを失敗した。

 二度目はしない——とは、もう言わない。

 たぶん、また失敗する。ただ、失敗するたびに、修正していく。

 それしかできることがない。


---


 俺はそのまま、川辺に足を伸ばした。

 セリアがいた。

 今日もいつもの場所で、薬草を選別している。

 俺は何も言わず、隣にしゃがんだ。

 「またあなた」

 「またです」

 「何の用?」

 「何の用もないです。座ってもいいですか」

 セリアは少し考えてから、「勝手にどうぞ」と言った。

 しばらく、二人で無言で薬草を仕分けた。

 「……盗賊、追い払ったって聞いた」

 彼女がぽつりと言った。

 「エルナさんが追い払いました。俺は何もしてないです」

 「そうなのね」

 また沈黙。

 「ねえ」

 「はい」

 「魔法の才能って、本当に『生まれつき』だけで決まると思う?」

 彼女は俺の顔を見なかった。手は薬草を仕分け続けていた。俺は少し考えてから、答えた。

 「決まらないと思います」

 「根拠は」

 「根拠はないです。ただ、ゲームの世界の話で言えば、生まれつきの数値より、後から獲得できるスキルの方が多い設計の方が、面白いし、公平です」

 「ゲーム?」

 「あ、いや、すみません。俺の国の比喩です」

 セリアは口元だけで小さく笑った。

 「変な旅人」

 今日、三度目の「変な旅人」だった。

 「俺だけじゃなくて、世界も、たぶん変なんですよ」

 「うん。そう思いたいかも」

 彼女はそれだけ言って、薬草を抱えて立ち上がった。

  「またね」

 「またです」

 歩き出した彼女が、二、三歩進んで、足を止めた。

 「ねえ、旅人」

 「はい」

 「あんたのその……『後から変えられる』って話。嫌いじゃない」

 振り返らないまま、それだけ言って、彼女は行った。

 その背中が、来た時より少しだけ軽く見えたのは、たぶん気のせいじゃない。


---


 その日の夕方、ハロルドが俺に話しかけてきた。

 「昨日は助かった。あんたがいなければ、もっと長引いていた」

 「たいしたことはしていないです。エルナさんが動いてくれたので」

 「エルナはあの子の性格だ。止めても止まらん」

 ハロルドはしばらく俺を見た。

 値踏みするような視線ではなく、何かを確認しようとしている目だった。

 「あんた、名前は?」

 「神崎遼。リョウでいいです」

 「リョウ。遠い国の人間か?」

 「ええ」

 「この村に、しばらくいるつもりか」

 「はい」

 「なぜだ」

 俺は少し考えてから、こう答えた。

 「バランスが悪いと思ったので、整えたいと思っています」

 ハロルドは眉を寄せた。

 「バランス?」

 「村の仕組みが、うまく機能していない。そういう状態が放置されているのが、気になって」

 「……変わった旅人だな」

 「よく言われます」

 ハロルドはふっと小さく笑った。

 農民として村を守ろうとしてきた男が、こんな顔もするのか、と少し意外に思った。

 「俺にも、同じことが気になっとる」

 その一言で、俺の中の何かが決まった。

 明日、ハロルドに話を持ちかける。

 付与のことは言わない。

 ただ、「村を立て直す気はあるか」とだけ、聞く。

 その答えが「ある」なら、その時に、俺は二人目を選ぶ。

 「バランスを整える」

 口にした瞬間、覚悟が乗った気がした。

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