第十一話 光る手
夜が明けても、戦いは終わっていなかった。
今度の相手は、時間だ。
ゴブリンの爪と牙は、村人の体に、深い傷をいくつも残していった。
セリアは、そのすべてを、たった一人で診ていた。薬草を煎じ、傷を縫い、汗だくで走り回る。
だが——間に合わない傷も、あった。
一番ひどかったのは、ニコという若者だ。腹を深く抉られ、血が止まらない。当てた布が、すぐに赤く染まる。
「……だめ。これは、わたしの薬草じゃ、止められない」
セリアの声が、掠れた。
「治癒の魔法さえ、使えれば。こんなの、すぐなのに……っ」
彼女は、自分の手を睨んでいた。何の力も宿らない、ただの手を。
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俺は、その隣にしゃがんだ。
付与可能残数——3。これを使えば、残り2になる。
打算なら、この枠はもっと強い駒に取っておけ、と言うだろう。
でも、今はそんな声はどうでもよかった。
いつか、結果で語る。川辺で、彼女が「才能なしって言われた」と俯いた、あの日から、そう決めていた。
——今だ。
俺は、セリアに意識を集中した。
薄い金色の光が、彼女を包んで、消える。
そして、俺の前に、数字が並んだ。
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セリア・シルヴァ 付与完了
現在Lv:1
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HP 14 / MP 29
STR 8 / AGI 10 / VIT 9 / DEX 16 / INT 21
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経験値の主な獲得源:負傷者の治療/薬の調合/救命
付与可能残数:2 / 5
※対象者には何も見えていません
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MP29。
エルナが4だったことを思えば、桁が違う。
「才能なし」と判定された人間の、これが本当の数字だ。あの青い結晶は、何も見ちゃいなかった。
——だが。
俺は、すぐに奥歯を噛んだ。
付与しても、今すぐ魔法が使えるわけじゃない。レベル1、治癒のスキルなんて、ひとつも解放されていない。
彼女の中で、魔力は目覚めた。でも、それを「使う技」は、まだ何もない。
目覚めた才能は、種でしかない。芽吹いて花が咲くには、時間がいる。
そして、ニコの命は——その時間を待ってくれない。
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なら、魔法じゃない方法で繋ぐしかない。
俺は前世の記憶を必死に引っ張り出した。戦えない。魔法もない。でも現代人なら誰でも知っている、最低限の知識はある。
「セリアさん、傷口を強く押さえて! 布の上から、体重をかけて圧迫!」
「えっ、で、でも——」
「いいから!それと、傷を心臓より高く。誰か、ニコの足を上げてください!」
エルナが飛んできて、ニコの脚を抱え上げる。村人が、ありったけの清潔な布を運ぶ。
「ヴァルガ、火を。ナイフの刃を、真っ赤になるまで炙ってください」
うろ覚えの知識だ。正しいかどうかも、自信はない。
それでも、焼いた刃で、一番ひどい傷口を焼いて、塞ぐ。原始的で、残酷で、でも今ある中で、いちばん確実な止血。
ニコが、苦痛に呻いた。セリアが、その手を握りしめる。
「ニコ、頑張って。お願い、頑張って……!」
全員の手が、一人の命に、しがみついていた。
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どれくらい、そうしていたか。
やがて、ニコの呼吸が、少しずつ、深く、ゆっくりになっていった。
血が、止まっている。
——助かった。
魔法じゃない。薬草と、焼いた刃と、何人ぶんもの手で、繋いだ命だ。
俺は、その場にへたり込んだ。手が、震えていた。
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ニコが浅い眠りについた後。
セリアは、血と汗にまみれた手を、ぼんやり見つめていた。
「……リョウ。あなた、さっき言ったよね。『あなたには、できる』って」
「言いました」
「結局、魔法は使えなかった。わたしの薬草と、あなたの知恵で、繋いだだけ」
責めるでも、嘆くでもない、静かな声だった。
「でも……変なの。さっきから、ずっと」
セリアが、自分の胸に手を当てた。
「ここが、温かい。今まで一度も、感じたことのない何かが……ある気がする」
俺は、黙っていた。
彼女は、ゆっくりと、手のひらを上に向けた。
目を閉じ、その「温かいもの」に、そっと触れるように、念じる。
次の瞬間。
彼女の手のひらに、淡い光が——ぽつりと、灯った。
豆粒ほどの、頼りない光。瞬きする間に、消えた。
傷ひとつ治せない。何の役にも立たない、ただの、ちいさな光。
でも。
「……あ」
セリアの目から、涙が、こぼれた。
十歳のあの日、青い結晶は、彼女のためには、一度も光らなかった。
なのに今、彼女自身の中から、確かに、光が生まれた。たとえ、豆粒ほどでも。
「ある……わたしの中に、ずっと、あったんだ……」
二十年、誰にも認められなかったもの。十年、自分でも諦めていたもの。
それが、今、確かに、ここにある。
セリアは、両手で顔を覆って、声を殺して泣いた。
俺は、何も言わなかった。言葉は、たぶん、いらなかった。
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彼女が泣き止むのを待って、俺は静かに言った。
「その光、まだ何の役にも立ちません。本当に豆粒です」
「……ひどい言い方ね」
セリアが、濡れた顔で少しだけ笑った。
「でも、種です。これから育てればいい。あなたが誰かを治すたび、その光は大きくなります」
エルナとも、ハロルドとも違う。人を救うことで伸びる、セリアだけの道。
俺は、夜明けの空を見上げた。
神聖教国は青い結晶ひとつで、この国の人間に線を引いてきた。才能ありとなしと。
でも、その線は間違っていた。少なくとも一人分は。
なら、他にもいるはずだ。「なし」と切り捨てられた、たくさんのセリアが。
俺の力は——その線を引き直せる。
それがどれだけ大きなことか。今はまだ、豆粒ほどしか、見えていなかった。




