03 もう一つの予言
カリカリと。静かな部屋に筆先が走る音が響く。
流れるように文字を綴っていたと思ったら、突如、音は止み、次に紙がひしゃげる音が聞こえた。舌打ちと共に雪玉と化した紙は塵箱へ。
「君ねぇ、不貞腐れていないで、きちんと仕事をしなよ」
樒は新しい紙を引っ張りだす主人——真宵へため息混じりに言葉を投げかけた。
「不貞腐れなどいない」
不機嫌丸出しの声音に、またため息をつく。
朝に潔子たちが押しかけてきてから真宵の気分は氷点下。特に鈴音が自分の誘いを断って、あのふたりを選んだのが気に入らないのだろう。
(これは重症だな)
なんの心情の変化か、今までとは違って鈴音に執着する様子は腹心としては嬉しい反面、鈴音が心身ともに傷付く様を間近で見てきたこともあって苛立ちもする。
「鈴音ちゃんだってたまには友達と遊びに行きたいはずだよ」
「だからと言って、あのような不躾女と共に行かせるなど正気ではない」
ずいぶんな棚上げだ、真宵の方が不躾な言動ばかりとっていたのに。樒は若葉の瞳を細めた。
「君は自分が彼女にしたことをよく理解しているかい?」
「……それは」
「無理に伽を強いて、反論を封じ、死のうとする彼女を嘲笑い——そして、今は愛を乞い求めるなど、自分でおかしいとは思わないのかい?」
真宵は言葉を詰まらせた。
血の気を失い、痛みを堪える姿は痛々しいが、あの時、鈴音が負った傷のほうが深い。泣いて死にたいと願った彼女を、高熱に魘された彼女を見捨てようとしたくせに、今は触れることが、彼女へ恐怖を与えることを怖がるだなんて虫が良すぎる。
忠誠を誓い、この命を賭すことも厭わない相手でも流石に看過できなかった。更に問い詰めようとした時、襖が開く。
「失礼いたします。田坂村で……あの、なにかありましたか」
数枚の用紙を片手に入室した幻弥は、部屋の空気に気圧されたのか伺うような視線で真宵と樒を交互に見つめた。
「……いや、なんでもない。続きを」
今にも卒倒しそうな顔色で促され、幻弥は戸惑いながら手元の紙へ視線を落とした。
「えっと、田坂村で起こる怪奇現象について、無事に任務完了したので報告いたします。犯人は青行燈でした」
「珍しいね」
樒は目を開く。青行燈は百物語を語る場に現れる女の妖魔である。正しい手順を踏まなければ現れないため、その稀少さは数いる妖魔の中でも飛び抜けている。
「村の子どもが好奇心から大人に隠れて百物語を開催したそうです。百話目の途中で話を終わらせてしまったため、青行燈は帰ることもできなかったらしく、村に留まっていたと」
青行燈は百話目を語り終わった際に姿を現し、その場にいた者の魂を刈り取る。
そのため、青行燈がでてこないように普通は九十九話目で終わらせるのだが、無知な子どもたちは百話目も話そうとしてしまった。事態を察した大人が乱入したのは運が良かったのだろう。
しかし、青行燈は負の存在。同じ場所に留まれば、それだけで霊的なものを帯び寄せてしまう。
「彼女も困っていたため討伐はしないことにして、子どもたちを集めて、もう一度百物語を開かせました」
「子どもは無事なの?」
「ええ、もちろんです。彼女は子どもたちの魂を食べるつもりでしたが、少しお話しをしたら、考えを改めてくれました。あと、子どもたちにも言い聞かせておいたので、あの村で二度と同じことは起こらないと思います。とても反省していましたから。これを。詳細と子どもたちが書いた反省の言葉が書かれています」
どうぞ、と幻弥は手元にあった紙を真宵に差し出した。
紙を受け取った真宵は、羅列された文字を読み、頷く。
「確かに。ご苦労だった」
敬愛する主人に褒められたのが嬉しいのか、普段は冷静で表情も滅多に変えない幻弥が珍しく口元に笑みを乗せる。先ほどよりも一段明るい声で「では、帝都で報告してきます」と真宵の手にある紙を受け取ろうとした。
「いや、いい。俺が行こう」
「え、ですが真宵さまはご多忙ですし、僕がやっておきますよ」
「お前は休め。疲れただろう」
その優しい言葉に幻弥が感動を覚えている横で、樒は半目で真宵を見やった。
「体のいい理由ができてよかったね」
「黙れ。頼むから」
「鈴音ちゃんを迎えに行こうとしているのバレバレだよ」
すぐさま「違う」と真宵が否定するが、樒は喋るのをやめない。
「任務完了の報告で帝都へ行き、偶然を装って落ち合うつもりなんだろう」
「鈴音って、例の花嫁御寮ですか?」
不思議そうに幻弥が口を挟む。
「特徴を教えていただくか、その方の匂いを知れたら、僕が代わりに伝言を伝えますが」
「いい。お前はもう帰って、休め」
そう言うや否や真宵は立ち上がると部屋を出て行こうとする。その背中に向かって樒は笑いかけた。
「ねえ、真宵。もう一つ、予言をしよう」
その言葉は真宵にとって呪詛に等しいものだ。
現にあの時の樒の予言に従っておけば、と後悔する自分がいる。聞き流すことができなくて、振り返ると黙って言葉を先を待った。
それを見た樒は一層と笑みを深めると瞳を細めた。
「君は自分の考えを口に出すべきだ。鈴音ちゃんが怖がるから、嫌われたくないからと機嫌を伺うのではなく、ね」
そんなことできたらとっくの昔にしている。そう言い返すこともできず「善処する」とだけ言い残すと部屋を出ていった。




