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狐が来たりて鈴を鳴らす  作者: 荻原もも
文月の頃

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02 カフェで一息


 澄んだ硝子がらすの向こう側にはたくさんの人間が行き交っている。和装に身を包む者もいれば、洋装を着こなしている者、そのどちらともつかない不思議な形状の衣裳を纏う者もいる。

 好奇心にかられた鈴音は彼らの姿をよりよく見ようと色付き眼鏡を持ち上げた。潔子から目を隠すために借りた眼鏡は、他人の目を気にせずいられるが世界が暗くなるため、本来の色が分からないのが不便だ。


(妖魔だったのね)


 見慣れない衣裳を身に纏う彼らは耳が尖っていたり、額に目があったり、肌は異なる色だったり。本来なら人間にはない特徴を備えていた。


「だいぶ増えたと思わない?」


 穏やかな楽曲が流れるカフェの一角。向かい側に座った潔子はコーヒーをスプーンでかき混ぜながら鈴音に喋りかけた。


「少し前に国はわたくしたち華族が妖魔と婚約したことを発表したの。彼らが人間を守っていることも。それがきっかけか、帝都で妖魔を見かけることがどっと増えたわ」

「最初は非難轟々だったな」


 サンドウィッチを豪快に齧りながら蘭丸が付け加える。


「あら、祝福した人もいたわよ」

「三割が祝福、四割が非難、残りは戸惑い。まあ、気持ちが分からないことはない」


 はっ、と蘭丸は鼻で笑う。


「いくら友好的に接しようが妖魔おれたちは獣だ。牙を剥かれたら人間は敵わん」

「わたくしは蘭丸に勝っているわよ。負けたのは出会った時ぐらいで、他は圧勝」

「口喧嘩ならな。お前のような口が回る女に勝てる妖魔はいないだろう」


 褒められたと思ったのか潔子は嬉しそうに胸をそらした。


「だが、力じゃ妖魔が強い」

「なにが言いたいのか分からないわ。はっきり言いなさいな」


 思いっきり潔子は蘭丸の背中を叩いた。

 その音にカフェにいた店員や客が一斉にこちらを見て、息をひそめる。急代わりした空気に鈴音が気圧されていると蘭丸は「落ち着け」と言った。


おれが怒り出さないか怖いだけだ。気にせず、普通に過ごせばいい」

「蘭丸は怒らないじゃない。怒っても口だけだし、わたくしが勝てるわ」

「そうだな。だが、俺が力に訴えたらどうする?」

「言葉でねじ伏せるに決まっているじゃない」

「……普通は、妖魔の機嫌を損ねないようにするんだが」


 頭痛がするのか蘭丸は眉間を揉む。


「なあ、鷹司の娘よ」

「は、はい。なんでしょうか」

「別に怒ってはいないし、緊張しなくてもいい」

「すみません」

「いや、こちらも言葉が強いところがある。勘違いさせたのならすまない」


 本当よ、と潔子が口を挟む。


「うるさいぞ。まあ、お前のおかげでもあるかなら」

「潔子さまの?」


 ああ、と蘭丸は頷く。気のせいかその目元が緩んでいる。


「こいつはどんな場所でも、誰がいても俺にきついことを言うし、気に入らないと叩いてくるだろう?」

「あなたも言い返してくるじゃない。叩くのが気に入らないなら、あなたもわたくしを叩けばどう? 外の国では()()()()()()というそうよ」

「俺が叩けば間違いなくお前は死ぬし、手加減しても骨が折れる。あと、その言葉は使い所が違う気がするから使う場面には気をつけろ」

「ならもっと手加減しなさいな。言葉は知らないわ。外の国の言葉をわたくしが知るわけないでしょう」

「……お前が喋りだすと話が逸れる」


 蘭丸は息をつくと往来を見つめた。


「まあ、あれだ。こいつが俺を叩いて罵るのを見た人間は妖魔への恐怖心が薄れるし、大妖が人間の小娘に反撃しないのを見た妖魔もまた人間への意識を改める。少しずつではあるが良い方向に向かっているように思う。協定を結んだ甲斐があった」

「わたくしたちのように妖魔と婚約した人間はまだいないらしいけれどね」

「そこまで行くには後数十年はかかるさ。だが、前よりも空気は良くなった。街を歩いていても目が差別していない者が多くなったと聞く」

「なら、わたくしがもっと叩いてあげるわ。蘭丸を叩けば叩くほど、人間と妖魔が仲良くなるのでしょう?」

「……そうは、言っていないんだが」


 呆れたように蘭丸が笑う。

 その笑みを見て、無意識に鈴音は言葉を漏らした。仲良く、と。


「余計な世話かもしれないが、妖狐の野郎はお前と仲良くしたいように見える」

「それは、私がわがままを言ったからです」

「え、鈴音ちゃんが? どんなわがままを言ったの?」


 潔子は身を乗り出した。


「……話したいと、お願いました。そうしたら、時間がある時は話してくれるようになって。でも、どうすればいいのか、分からなくて」

「どうすればって普通に話せばいいじゃない」

「目を、合わせるのが恐ろしく感じることがあって。でも、優しい目で見つめられると恥ずかしくて」


 鈴音は視線を落とした。カフェに馴染みがないため、潔子が選んでくれたレモネードは長時間のおしゃべりで汗をかいている。グラスを伝う水滴を眺めながら鈴音は心の内を吐露とろする。


「私が普通に喋れないから、旦那さまも困っているように思えて」

「困らせればいい」


 えっ、と鈴音は顔を上げた。


「今まで、散々困らされてきたんだから今度はお前が困らせる番だ。妖狐の野郎を困らせるのなら喜んで手を貸してやる」

「あら、それいいわね。楽しそう。さっそく、今日は我が家に泊まらない?」


 無断外泊というものよ、と笑う潔子に蘭丸は「それはカチ切れるからやめとけ」と呟いた。


「試しに今日は少し帰りを遅くしてみないか? 俺が屋敷まで送るから安心しろ」

「えーお泊まりは?」

「それはまた後日でいいだろう。さすがに泊まりの準備もなにもしていないし」


 ぷくっと潔子が頬を膨らませる。


「つまんない」

「さすがにまだ会って二回目のやつと泊まるのは心労がひどいだろう」


 特に潔子と泊まるのは、と蘭丸は心の中でつけたした。

 そんな蘭丸の心中を知らない潔子は華やかな笑顔を浮かべると、また机から身を乗り出した。


「なら今日は深夜遅くまで遊び回りましょう! 鈴音ちゃんの非行()()()()よ!」


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