14 夜の逢瀬
夜の逢瀬は、楽しいとは言いづらいが夜伽のように苦痛ではなかった。
(旦那さまは不器用なのかも)
そんなことを考える余裕ができるほど、心は安定していた。
(今日も、来てくれた)
鈴音が〝話したい〟と願ったからか、真宵は討伐がない日は必ず訪ねてきてくれた。
忙しくはないのか、と問えば「他の妖狐が任務にあたっている」と教えてくれた。少し前なら決して教えてはくれないことも、話してくれるようになった。
とはいえ、真宵から話題を提供されることはほぼない。
「お着物、ありがとうございます。夕霧ねえさまに旦那さまがご用意してくださったと聞きました」
話のきっかけはいつも鈴音からだ。
「……元通りになったのは一着だけだ。他は、樒が選んだ」
真宵はいつも間をおいてから答えた。どう回答するか言葉を選んでいるのだろう。
「それでもお礼を言わせてくださいませ」
上背のある真宵を見上げ——ようとした。目を直視するのは、まだ恐ろしいため首元に視線を定める。
鈴音の視線に気が付いた真宵はどことなく気まずそうにして、距離をとる。今だって触れない程度の距離は保っているのに、鈴音が恐怖を抱いたと感じたら、こうして更に距離をとろうとした。
今まで、彼から受けた夜伽という名の暴力を忘れたことはない。
それなのに、彼が持つ不器用な優しさを知る度に心は和らぐ。開いた距離を詰めると真宵は肩を跳ねさせて、鈴音を盗み見る。大丈夫かと探るように。
鈴音は小さく微笑むと衣桁に目を向けた。
「付喪神さまという妖魔は壊れたものを直せるのですね」
衣桁には桜が綻ぶ着物が掛けてある。鈴音が大切にしていた着物は、少し前に細やかな布切れに変えられていたはずなのに、今は破けた痕すら分からない。
「奴らに敬称はいらん。付喪神というのは、妖狐や雪妖のような呼称だ。個体名ではない」
「もし、よろしければ、今度彼らを伺う時は私も同席してよろしいでしょうか?」
「なぜ」
「私の櫛と着物を直してくださった方にお礼を言いたいのです」
「奴らは人間を恨んでいる個体が多い。礼は不要だ」
「それなのに直してくださるだなんて、お優しい妖魔なんですね」
優しい、と真宵は言葉を反芻させる。
「お前は……」
小さな声は今にも消えてしまいそうだ。言葉の先を聞くため、鈴音が身体を傾けると真宵は気難しそうに眉を寄せて、立ち上がった。
「必要なものがあれば、樒に言え。金の心配はいらん」
「どちらに行かれるのですか」
「客人だ」
真宵が窓の外を眺めた。
物音もなにもしないのに、と鈴音が不思議がると「猫又が来た」と教えてくれた。
「猫又って、ハルさまですか?」
「名は知らん。いつも来る三毛猫ならそうなのだろう」
「私もご挨拶に伺ってよろしいですか」
少し踏み込みすぎただろうか、と心配になり、真宵の顔色を伺うが彼は常日頃と変わらない表情で「勝手にしろ」と言った。
どうやら杞憂だったようだ。安堵に息を吐くと鈴音も真宵の後を追いかけた。
「ハル様に会うのは久しぶりです」
少し前を行く真宵は「そうか」と相槌を打つ。素っ気ない態度だが、歩幅を鈴音に合わせてくれているので意識はしてくれているようだ。
それからは特に会話もなく廊下をふたり連れ添って歩いた。不思議と気まずさはなかった。




