10 忌々しい
(死ね! 死ね死ね死ね死ね! 死んでしまえ!!)
桔梗は美しい顔を怒りで歪めて廊下を走っていた。古い屋敷は大柄な桔梗が歩くだけで全体が軋む。その音が更に怒りを増長させた。
(なんなのよ、あの女はッ!!! わたくしの真宵さまに馴れ馴れしく触れて、どういうつもりなの?!)
初めて顔を合わせた時からいけすかないと思っていた。夕霧という女は、小娘に忠誠を誓ったふりをしていただけ。あろうことかあの女の目的は真宵だったのだ。
清楚なふりをして近づき、馴れ馴れしくも親しそうに談笑を楽しんでいた。髪に触れた真宵の手を払いのけて、蠱惑的に微笑む様子は真宵を誘惑しているとしか思えない。
最初は真宵が怒ると思っていた。
どれほど、美しい雌が相手でも彼は毛ほども興味を示さないから。
それなのに夕霧のことは受け入れていた。手を払いのけても苛立ちすら見せず、それどころか悩ましげに表情を曇らせていた。
(わたくしの方が美しいのに!! あの女より、わたくしの方が真宵さまのことを愛しているのに……!!!)
思い出すだけで苛立ちが積もっていく。
向かう先は小娘の部屋だ。あの小娘は昼餉の準備のため、土間にいる。声をかけることもせず、中に入ると迷わず箪笥の前へ。
「塵は、処分しないと」
中に仕舞われている着物を引っ張りだすと迷いなく破り捨てた。帯も、帯紐も、破いて、千切って、補修できない布切れに換えると畳の上に捨てた。はらはらと舞う様子は季節外れの雪のように美しいが、心は一向に晴れない。
小娘が持参した衣裳は華族にしては質素で、枚数も少ない。全て破っても積もり積もった鬱憤はそう簡単には無くならない。
——他に壊せるものはないのだろうか?
衣桁に掛けてあった羽織りを破きながら、桔梗は部屋の中を見渡した。箪笥や鏡台を壊すことも考えたが、あれは元からあったものなので壊しても小娘は悲しまない。それでは、苛立ちは解消できない。
「そういえば、櫛を折った時、とても笑えるほど泣いていましたわね」
唇を持ち上げる。あの櫛は捨ててしまったに違いないが、代わりのものがあるはずだ。
「あら、これはなにかしら?」
鏡台の引き出しを開けると小さな風呂敷がひとつ。つまんで持ち上げると中からは木が擦れる音が聞こえた。あれほど、粉々にしたというのに小娘はまだ大切に保管していたようだ。
更に唇を歪めた桔梗は風呂敷を持って、部屋を後にした。
山奥に捨ててしまおうと思ったが、近場にした。
羊歯の葉の下に隠すように散りばめた。小娘が地面に泣きながら這いつくばって櫛を探している姿を見るために。
その姿を考えるだけで、あれほど身を焦がした怒りは消え去った。




