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狐が来たりて鈴を鳴らす  作者: 荻原もも
水無月の頃

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08 おかしなひと


 真宵の様子がおかしい。

 討伐依頼を終えて、帰ってきた直後から妙に距離を感じた。特別、仲が良かったわけではないが彼の手が開けば、夜伽を強いられる日々だったのに突如として無くなった。

 その理由を考えた時、ひとつだけ心当たりがあった。


(……子が、できたのかしら)


 鈴音は腹部に手を当てる。薄い腹には子どもが宿っているようには見えないが、真宵が触れないのは、きっと目的が達成されたからに違いない。

 だから、鈴音に触れることも近づくこともしなくなった。

 しかし、二日後、往診に来ていた薪田に相談すると、彼はあからさまに顔を歪めて首を左右に振った。聞けば、妊娠の有無は母体の体調変化や月経の状況でわかるらしい。鈴音の月経が最後に来たのは二週間ほど前。ちょうど、その頃から真宵は討伐におもむいており、帰って来てからも伽は一度たりともない。

 懐妊していないと聞いて、鈴音はなぜか安心してしまった。


(変なの。子どもができたら、自由になれるのに……)


 子どもを産むことが責務ではあるが、産んだからといって自分のような紛い者が愛して育てるなどできるわけがない。きっと、父のように子どもに冷たく接してしまう。母のように産まなければ良かったと後悔してしまう。

 そう思うと子どもなど、できなくてよかったのかもしれない。


(……でも、産まなきゃ。私の責務は()を産むことなのだから)


 きっと、疲れから真宵は伽を命じないだけだ。

 時間が経てばまた同じ日々が繰り返し訪れるに違いない。そう自分に言い聞かせて、鈴音はその日が来るまで平穏を過ごそうとした。




 ※




 微かな日差しが瞼を透かし、その眩しさから目を覚ました鈴音は自分の胸に違和感を覚えた。何かを抱き抱えるようにして眠っている。布団にしては滑らかな指ざわりだ。無意識に撫でながら、何を抱きしめているのか見ようとして、


「……?!」


 両目を大きく見開き、固まった。

 人間、驚くと声も出ないということを十六年の人生で初めて知った。

 それは、鈴音のかいなにいた真宵も同様だったようで切れ長の瞳を丸くさせて、固まっていた。頬は徐々(じょじょ)に色を失い、青褪めていく。唇を固く引き結んで、後悔に染まる様子は、まるで悪戯いたずらを叱られる前の幼子のようだ。


「お、おはようございます」


 思わず、鈴音が震えた声で挨拶をすると、ややあってから真宵も小さく「おはよう」と言った。鈴音が腕を持ち上げると気まずそうにそうに起き上がり、視線を彷徨わせる。

 鈴音は枕元に置いてあったお面を素早く装着すると布団の上に三つ指ついて、頭を下げた。


「申し訳ございません。このようなはしたない格好を」


 主人の来訪にも気づかず、熟睡していた自分に。忌まわしき眼を曝け出したままの自分を思い出して恥ずかしくなる。謝罪を込めて、深く頭を下げる。


「……すぐに()()をいたしますゆえ、少しお待ちくださいませ」


 真宵が自分を訪ねてくるなど、伽の時だけ。少しでも手をわずらわせないようにと帯を解こうとすると「やめろ」と真宵は静止の言葉を発した。

 鈴音は手を止めた。恐る恐る、真宵の様子を伺う。


(何を、間違えたのかしら)


 背中を冷たい汗が滑り落ちる。伽の際は自ら着物を脱ぎ、行為の間だけ声は出さない。それが正解のはずだ。今まで、それでよかったのだから今回もそれでいいはず。なぜ、静止されたのかわからない。

 真宵は言葉に迷っているらしく、口元を手で覆うと忙しなく視線を動かし、鈴音の髪に視線を定めた。


「……髪」

「は、はい」

「髪を、結わないのか」

「えっ。あ、はい。すぐに」


 意図がわからないまま、鏡台の前へ急いで移動する。真宵の視線が気になるが今は言われた通りに髪を結い上げてしまおうと、髪を胸に垂らした。櫛が壊れてしまったため、毛先から少しずつ手櫛で梳いていく。指通りが滑らかになってから髪をまとめあげた。簪を挿して、ほつれがないかささっと鏡で確認すると真宵の方向を向き、背筋をぴんと張る。


「お待たせして申し訳ございません」


 と、頭を下げる。

 ややあって、真宵は「顔を上げろ」と硬い声で命じた。

恐る恐る、顔を持ち上げると気まずそうな真宵と視線が交差する。


(……怒らせてしまった?)


ひそめられる眉毛が彼の心情を表しているようで、鈴音は不安を覚えていると真宵は「なぜ」と唇を開いた。


「櫛を使わない」

「その、壊してしまって」

「……壊した?」


 更に形の良い眉が寄せられる。怒っているようにも、悩んでいるようにも見える表情は、彼が何を考えているのか読めない。

 大人しく言葉の先を待っていると真宵は突如、窓の外へ視線を向けて、立ち上がった。


「邪魔をした」


 そう言い残して真宵は部屋から出ていった。


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