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狐が来たりて鈴を鳴らす  作者: 荻原もも
水無月の頃

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34/58

07 点と点が繋がった


(いったい、なにがしたいんだ)


 空腹と寝不足、体力の限界から鈍痛どんつうがする頭を無理やり動かしながら樒は背後を振り返った。未だ狐の姿から元に戻らない真宵は、どこか居心地が悪そうにしながら木の陰に隠れている。


「何をしているんだい?」


 と聞いても返ってくるのは「いつもの姿になれ」という意味不明な言葉だけ。樒は限界まで首を傾げた。


「いつものって夕霧のかい?」


 真宵はうんともすんとも言わず、じっと樒の瞳を見つめた。

 ますます意味が分からない。妖狐に在るまじき姿だと小言を言っていた癖に、今はその姿になれと命じるなど。いくら考えても真宵の意図が読めず、樒はため息をついた。


(まあ、真宵が言うことだし従っておくか)


 妖力は空に近いが、人間に化けるぐらいならまだできる。髪を腰下まで伸ばして、髪や瞳の色を黒に変化させ、顔の造形や身体付き、着物——全てを夕霧へと変化させる。


「俺は一度、現場へと戻る。お前は手当てをしてから休め」


 真宵は樒の背中を鼻先で押した。


「だから、手当てって誰をするんだい?」


 つい、と真宵はそっぽを向く。絶対に言いたくないと言いたげな態度に、樒は片眉を持ち上げた。


「……君はいい加減、口下手なのをどうにかしなよ」

「余計な世話だ」


 舌打ちひとつ残すと真宵は走り去ってしまった。

 ひとり残された樒は、長いため息をこぼしてから、いつものように柔和な笑みをく。色々と思うことはあるけれど、今は気を一転させた。女性らしい楚々《そそ》とした足取りで屋敷へと向かった。


(——……うん?)


 玄関から中に入ったと同時に妙な()()が鼻腔をつく。生物なまものが腐りかけたような、鉄と焦げついた何かが混ざり合ったような不快な臭いだ。

 それは、つい先ほどまでいた戦場の臭いに酷似している。


 ——手当てをしてやれ。


 先ほど、真宵の言葉が脳裏を過ぎる。それと同時に居心地が悪そうな姿も。

 例えばだ。風により、吹き飛ばされた真宵を見つけたのが鈴音で、戦闘の余韻が抜けない真宵が彼女を敵だと勘違いして——。


「鈴音ちゃん?!」


 顔を蒼白にさせた樒は急いで鈴音の部屋へ向かった。

 返事を待たずにふすまを開け放つと二対の目が向けられる。


「返事も待たずに開けるな」


 すぐさま飛んできた薪田の説教を無視して、樒は中へ入ると鈴音の前へ。その腕やおもてには無数の引っ掻き傷があるのを見て、更に顔色を悪くさせた。

 傷の具合から真宵が付けたものではなさそうだ。彼が反撃すれば、こんな細腕は簡単にへし折れてしまう。それでも白い肌に無数の傷は痛々しい。


「怪我、しているの?」


 てきぱきと包帯を巻きながら薪田が答えた。


「今、手当てが終わったところだ。流石に何ヶ所かあとが残るだろう」

「鈴音ちゃんは女の子なんだから、どうにかできない?」

「無茶言うな。これが限界だ」


 薪田は素早く道具を鞄に仕舞うと立ち上がる。


「とりあえず、俺は一旦、診療所に戻る。さすがに野生動物の傷は消毒しただけじゃ不安だし、抗生剤を用意するから後で取りに来てくれ」

「薪田くん、本当にありがとう」

「じゃあ、安静に。無理したら駄目だからね」


 鈴音たちも見送りのため、玄関へ向かおうとするが薪田は首を振る。


「久しぶりなんだろう。ほら、鈴音ちゃんも親睦会のこと話たがってたじゃん。見送りはいいから、なにがあったか話しなよ」


 にっと笑うと薪田は出て行った。

 親睦会での出来事や、留守の間のことなど聞きたいことは山ほどある。それよりも、今はこの傷について聞かなければならない。樒は鈴音と向かい合うと笑みを口元に浮かべた。


「どうしたの、これ。動物にやられたと言っていたけれど、鈴音ちゃんがちょっかいをかけるだなんて思えないわ」

「その、狐がいて」

「……狐?」


 まさかの返答に樒は両目を丸くさせる。

 言いにくそうに鈴音は視線を彷徨わせながら答えた。

 なんでも親睦会の帰りに虫の知らせというのだろうか。胸がざわめきたち、からすの後を追いかけたそうだ。山奥へ進んでいくと鴉は集団で()()()ついばんでいた。なんだろう、と正体を見ようとしたらそれは美しい銀色の狐だったという。


「その子を助けたら、鴉を怒らせてしまったんです」


 銀色の毛並みを持つ狐など、野生では滅多にいない。いても外敵から見つかりやすいため、すぐさま死んでしまう。

 ならば、鈴音が見つけたという狐は妖狐と考えるのが妥当だとうだ。


(——真宵?)


 天狗討伐へ参戦した妖狐の中で銀色の毛並みを持つものは真宵ただひとり。


「酷い怪我をしていて、でも朝になったらいなくなっていたんです。元気になっていればいいのですけど」


 表情をかげらせ、心配を吐露とろする鈴音とは違い、樒はにやけそうになる口元を隠すのに精一杯だった。


(真宵が意味不明な命令を言っていたのは、鈴音ちゃんに恩を返すため?)


 やっと、全ての欠片かけらがはまったような気がした。思わぬうちに事態がいい方向へ進んでいくことに樒は心の中で盛大に喜んだ。


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