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狐が来たりて鈴を鳴らす  作者: 荻原もも
卯月の頃

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閑話 業火


 轟音を伴って炎がぜた。小さな火花を周囲に散らしながら、うずを巻き、火柱は青空を舐める。

 しばらくすると炎は中央に集まり、最後は音もなく消え去った。


「仕事は確かに終えた。確認を」


 焼け跡の前で一人の男が静かに呟いた。

 その声に、弾けたように一つ目の妖魔、山童やまわろ——クコは焼け跡の中央に残された物体に駆け寄った。

 苦しみから逃れるため縋るように宙を掻くその手は黒く焼け焦げているが指の先すら、はっきり視認できる。焦げた肉のすき間からは白い骨が顔を覗かせていた。

 かつての仲間の、変わり果てた姿にクコは悲しげに一つ目を伏せた。


「確かニ。コンなこと、頼ンですまネな」


 声が震えそうになるのを抑えつつ、感謝の言葉を口にすれば、男は冷たく「仕事だ」と吐き捨てた。


「そウか。……デも、助カッた。コイつが悪けどもオラたつは殺セね」


 クコは男の横顔を見つめた。山童の美的感覚では分からないが、彼ら妖狐の一族は人間からして見たら大層秀でた容貌をしているらしい。

 確かにきらめく銀河のような髪と露草つゆくさの瞳は美しいとは思う。


「人間に害をなす妖魔を討伐する。——それが俺の仕事だ」


 妖魔と人間が協定を結んだ話はクコも耳にした。人間にも受け入れられる容姿をしており、数ある妖魔の中でも指折りの一族の長が人間側が提供した伴侶とつがったと。

 山童は古来より人間に近しい妖魔であるが、彼らと番たいだなんて思ったこともない。弱いくせに繁殖能力が高く、群れとなり、自分たちを迫害する生き物が伴侶だなんて考えただけで反吐へどがでる。

 クコは憐憫れんびんを帯びた目で男を見つめた。


「人間は、恐るベキ速さで成長スル。すこシ前マデは、オラたつがココらへンじゃ、強者ダッタ」


 かつて、人間は弱者だった。数も少なく、身を守る術もなく、妖魔を恐れ、蹂躙されるだけの圧倒的弱者であった。

 けれど、いつの間にか立場は逆転した。人間は恐ろしい速さで人数を増やし、住処を得るため森を切り拓き、その地に住んでいた動物や妖魔を追い出した。昔のように立ち向かおうにも彼らは科学という武器をふるい、積年の恨みを晴らすかのように妖魔を殺した。

 近代化が進む今、いつか妖魔の居場所は無くなるではないかと危惧する声が上がっているのはクコも知っていた。山童のなかでも協定を機に人間の世界へ行こうと声を上げる者もいた。クコも賛成だった。住処すみかを奪われ、いつ殺されるかという恐怖に震えるよりも〝人間〟として国に認められたほうがのちの未来は明るいだろう。


 だが、そうは思わない妖魔もいる。今や黒焦げになったかつての仲間は、弱者にへりくだるのは嫌だとたったひとりで人間の村を襲った。

 人間と協定を結んだ一族が、害を成す妖魔を討伐していることを理解していた山童の長はクコに彼らを呼ぶようにと命じた。どれほど非道ひどい行いをしたとして、山童たちには同胞を手にかけるような真似はできない。

 しかし、そのまま放置しておくこともできない。国に反旗はんきひるがえしたとみなされ、一族郎党皆殺しにされるのはなんとしてでも避けたかった。


「種族ハ違えド、同じ妖魔ヲ退治するルのは心は痛まナイのか?」

「痛むだと?」


 はっ、と男は鼻で笑う。


妖狐()が、山童(お前ら)を殺すことに痛める心を持っているとでも?」


 明らかな嘲笑ちょうしょう。言い返す気も起きず、クコは同胞を見つめた。実際に妖狐は山童と比べて大妖に位置付けられている種族だ。自分たちのような小者は、蟻を踏み潰したような感覚なのだろう。


「厄介事は二度と持ち込むな。俺は暇じゃないんだ」


 ——次に逆賊をだせば、一族は潰えると思え。


 言われていないのに男の考えが読めたクコは小さく身震いをした。これは警告だ。次にまた同じような案件でこの男を頼れば、問答無用で山童という種族を族滅させるに違いない。

 恐怖から動けないクコを一瞥すると男は大きな狐へと姿を変貌させた。白銀の毛並みが美しい、まるで神に仕える獣だ。その姿を瞳に刻み込もうとするが、狐は力強く大地を蹴り上げ、どこかへ去っていく。


 残されたクコは、かつての同胞を見下ろした。

 妖狐の火は〝地獄の業火〟と呼ばれ、術師本人が消さない限り燃え続けると言われている。妖力を表す尾の数が多ければ多いほど、その炎は澄み切って熱くなるという。クコの記憶が正しければ、妖狐の長に就任したばかりのあの男は、若くして五本の尾を持っていたはずだ。

 それは異例だと、みんなが言っていた。彼の年齢からかんがみれば、通常は二本、多くて三本が限度。それ以上の本数は並大抵の努力では、得られないだろう。


 彼の研鑽けんさんの証ともいえる、美しく燃え盛る炎にあぶられ、死んだ同胞が羨ましく思った。


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