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狐が来たりて鈴を鳴らす  作者: 荻原もも
卯月の頃

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14 夜はまだ終わらない


 伽が再び命じられた夜、真宵の座敷を訪れていた鈴音は命じられる前に静かに帯を解いた。襟を摘む指先はまだ恐怖で震えている。

 それでも、少しでも表面にはでないように気を張り詰めながら、肩から寝巻きを滑り落とした。

 燭台に揺れる火が身体を照らす。視界の端を曲線を描いた影が揺れるのが見えた。


(すぐ終わる。大丈夫)


 心の中で何度も自分に言い聞かせる。

 夕霧は辛かったら断ってもいいと言っていたが、これは鈴音の責務だ。今はよくても、正式に婚姻を結べば、いつかは子どもを作ることが望まれる。それならば、真宵を自由にするために少しでも早いほうがいい。


(どうしたのかしら)


 いつもなら鈴音の腕をひいて、すぐさま行為を進めていた真宵はずっと胡座あぐらをしたまま動かない。視線は鈴音の肢体ではなく、お面に注がれている。


「それは、とらないのか」


 夜気やきに滲む声音はひどく静かだ。

 その言葉の意味がわからず、鈴音は少し考えた。答えようと唇を開き、すぐさま閉ざす。最初に身体を重ねた日に〝黙れ〟と命じられ、その次は〝不愉快〟といわれた。真宵は鈴音の声を聞きたくはないのだから喋ってはいけない。喋ることは相手の不興を買うことなのだから、黙っていなくてはいけない。

 言葉の代わりにどう伝えるべきか悩んでいると真宵は、また静かに、そしてどこか硬い声を発した。


「俺には見せたくないのか」


 真宵の手が伸ばされ、鈴音の手首を掴む。強く握られて、痛みが走る。

 きっと、また明日には全身が痣で覆われているのだろう。乱暴に褥に横たえられた鈴音は、他人事のように思った。




 ※




「——っ」


 頭上で小さく息を詰める気配がした。奥へと擦り付けるように鈴音の腰を揺さぶると、必要以上の余韻に浸ることなく、鈴音の胎内たいないから熱が抜けていく。

 質量を失い、ぽかりと空いたそこから何かが垂れでてくる感覚が肌を伝う。真宵がすぐにまた熱をあてがわないことから今夜の夜伽が終わった察した鈴音は四肢の力を抜いた。


(やっと、終わった)


 幾夜も共に過ごせば、嫌でも慣れてしまう。肌を重ねるおぞましさも最初に比べて軽減した。夜伽の最中に気を失うこともなくなったし、声を抑えるすべも前より上達したと思う。

 全ては一刻でも早く、この役目から解放されるためだ。身体を重ねるのは鈴音たちにとって責務であり、義務である。制約の証である子どもができるその日までの辛抱だ。


(いつ子どもはできるのかしら)


 闇の中、揺れる炎を見つめて考える。子どもができたと分かるのはまだ先だが、きっと実は結んでいるはず。昼夜問わず、真宵の手が空けば肌を重ねたのだから。

 ふいに衣擦れの音が聞こえて、鈴音は炎から真宵へと視線を移した。


(また、出ていかれるのね)


 真宵は行為が終われば、すぐさま去っていく。

 だから、今回も鈴音をそのままに、部屋を出ていくものと思われた。

 しかし、羽織を肩に掛けた真宵は、鈴音の薄い腹を撫でた。へその下の部分——子宮を。


「……まだ、子をさぬか」


 吐息混じりの独り言。怒りも呆れも感じさせない、淡々とした口調に鈴音は固まった。

 あれだけの苦痛を味わったというのに、実は結ばれていない。


 まだ、夜は終わらないことを理解した。


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