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狐が来たりて鈴を鳴らす  作者: 荻原もも
卯月の頃

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11 樒の予言


「今夜の伽は禁止だ」


 討伐を終えて帰宅した真宵を出迎えたのは、両腕を組んだ腹心だった。常日頃の物腰柔らかい言動とは打って変わって、眉尻を極限にまで吊り上げたその姿は、誰が見ても怒っている様に見える。

 普段は温和な腹心の珍しい様子に内心、首を傾げつつ真宵は言葉の先を待った。


「花嫁御寮が高熱でうなされている」

「熱だと?」

「昨日から違和感はあったが、本格的に熱を出したのは朝方からだ。今、無理をさせれば死んでしまうかもしれない。ふもとの村には、定期的に帝都から医師が派遣されるそうだ。今から迎えに行くつもりだ」


 その報告に真宵は舌を打つ。身も心も弱い娘だと思ったが、ここに来て数日で熱を出すなど、予想しなかった。早く、子供を作ってしまいたいが人間は貧弱だ。樒の言うとおり、医者にみせずに無理強いすればあの娘が死んでしまう恐れがある。


「医師など不要だ。放っておけば完治する」

「それは妖魔ならね。けれど、彼女は人間だ。しっかりと人間の医者に診せて、どう看病するか聞かなければならない」


 人間と比べて妖魔はやまいにかかりにくい。特に真宵たちのように膨大な妖力を持つ者はかかってもすぐさま完治してしまう。

 自分とは無縁なものだからこそ、治療方法が分からない。ここは素直に医師から助言をもらうのが賢明だと樒は言った。


「お前にここまで許可を下した覚えはない。立場をわきまえろ」


 人間の手を借りることに、真宵は目尻を鋭くさせる。

 それでひるむような性格ではない樒は、対抗するように両目を細めて、睨みつけた。


「彼女が死んでもいいのかい?」


 樒の問いかけに迷うまもなく、いい、と真宵は思った。自死を選ぶという心弱い伴侶はいらない。いっそのこと死んでもらい新たな伴侶を迎えた方が目的が早く達成されるだろう。

 言葉にしなくても、さとい腹心は真宵の表情から読み取ったようだ。みるみるうちにその形相は歪んでいく。

 珍しいな、とふと思った。純血ではないにしろ、樒は妖狐の血が色濃い。弱い人間を嫌悪するのは当然であるはずなのに、なぜここまであの小娘に肩を持つのだろうか。


「……君には感謝しても尽くせない恩があるが、こればかりは到底許せるものではない」

「お前の許しなどいらん」

「とにかく、伽は禁止だ。医師の許可がでるまで、私が許さない」


 また、真宵は舌をうつ。今度はあの娘ではなく、樒に対して。

 これだけ禁止を言い渡された挙句、睨み付けられたことに腹が立った。小娘が熱で魘されていても知ったことか。夜伽を強制しようか、と考える。


(無理だ。さすがにこいつの目をあざむくことはできない)


 真宵は渋い顔を作る。自分は偉大なる父母の血を引いた妖狐ではあるが、幻術に関しては樒に軍杯ぐんはいが上がる。

 それに、聡く賢い彼のことだ。真宵に報告する前からあの娘の周囲に幻術を展開しているに違いない。


「それから、しばらくは私が花嫁御寮の世話役をする。桔梗では駄目だ。あれはいつか花嫁御寮を殺しかねない」

「それで死ぬようなら娘が悪い。弱い者は淘汰とうたされるのが自然の摂理だ」

「里の常識は、ここでは通用しない」

「あれは妖狐()に嫁入りしたのだから、こちらの常識に合わせるべきだ」

「違う。彼女は、妖魔が人間の世界で暮らすために嫁いでくれたんだ。望んで、君に嫁いだわけではない」


 真宵はまた舌を打つ。これほどまで頑固だとは思わなかった。何を言っても反論されそうだ。

 けれど、何も言わず、大人しく樒の命令を聞くのもしゃくに障る。


「お前、あの娘に惚れたか?」


 小馬鹿にするように鼻で笑うと、樒は顔色を変えず、「ふざけないでくれ」と吐き捨てた。


「君達の花嫁御寮への扱いが酷すぎるから見ていられないだけだ」

「ふっ、それにしてはやけに気にするな。それほど気に入ったのなら、今度仲間に入れてやろうか?」

「……君は、本当に人間を馬鹿にするんだな」


 軽蔑と憐憫れんびんが混じる目が向けられる。

「低俗で愚かな種族を馬鹿にしてなにが悪い?」

「私には君のほうが()()()()だと思うけ、」


 真宵は樒の胸倉を掴むと、瞬時にその顔面に拳を叩き込んだ。


「——幻覚か」


 拳は樒の顔面を貫通したはずだ。それなのに手には少しも感触が伝わらない。

 顔を中心に霧が胡散うさんするように樒の姿が消えて、離れた場所に現れた。会話の途中に幻覚をかけられた覚えはないため、おそらく、屋敷に入る前からだ。前よりも腕が上がったのは主君として喜ばしいが、樒の意のままに踊らされたことは腹立たしい。

 これ以上、面倒ごとに頭を悩ませたくない。真宵が早足でこの場を去ろうとすると、樒が声をかけた。


「一つ、予言をしてあげよう」

くだんにでもなったつもりか?」 

「君はいつか花嫁御寮との関係に悩む日がくるだろう」


 足を止めた真宵は振り返る。そんな日、一生待っていても来るわけない。人間の小娘などに悩むなど、ありえない。

 反論しようと唇を開くが、樒が場に似つかわしくない微笑を浮かべていたことに毒気を抜かれた。真宵の身勝手な言動に苛立つのでもなく、小娘の扱いの雑さに怒るでもなく、純粋に笑っているようだった。


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