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 朝食の皿を下げていると、花が俺の隣に来た。自分の茶碗はもう運んだらしく、両手は空いていた。


「今日、海行こう」


「今から?」


「もうちょっと後。真帆お姉ちゃんも」


 成瀬は残っていたお茶を飲み、コップを置いた。


「いいよ。泳ぐの?」


「泳がない。岩のところ。小さいカニがいるから」


「カニ?」


「すぐ隠れるけど、いっぱいいる」


 花が両手で作った輪は、カニにしては大きかった。成瀬も同じことを思ったらしく、その手元を見た。


「そんな大きいの?」


「違う。このくらいの穴にいるの」


「穴か。びっくりした」


 成瀬が胸の前で指を広げ、花の作っていた輪をもう一度確かめた。花は気にせず、その手の間から顔を覗かせた。


「お昼食べたら、また行ってもいいし。昨日、砂のところに穴掘ってる子がいたから、あれやろうよ」


「お昼の後は……」


 成瀬はコップへ手を伸ばし、もう空なのを見て引っ込めた。


「文化館、一時からだったよね」


 俺が聞くと、彼女はこちらを向いた。


「そう。一時」


「飯食って、十二時半くらいには出た方がよくない?」


「うん。そうだね」


 花は俺たちの顔を交互に見ていた。


「どこ行くの?」


「ヴァイオリンの練習。だから、海は午前中だけでもいい?」


「午後は?」


「練習が終わってから帰ってくるよ」


「何時?」


「三時に終わるから、その後。帰る時間が分かったら連絡する」


 花は椅子の背に顎を乗せた。成瀬はその顔を覗き込むように、少し身体を傾けた。


「帰ってきたら、夕飯までトランプできると思う」


「二回?」


「二回なら」


「直人もね」


「俺も入ってるのか」


「二人じゃ、ババ抜きすぐ終わるもん」


 それには成瀬も頷いた。俺が返事をする前に、花は水筒を取りに台所へ走っていった。


 成瀬が立ち上がり、自分の皿を重ねた。


「ありがとう。時間、ちゃんと言っとかないとね」


「昨日、予約したって聞いてたから」


「うん。帰ってから、だと何時か分かんないもんね」


 花に聞こえるように口を出す必要はなかったかもしれないと思っていたが、成瀬は皿を運びながら、俺に花の好きなトランプの遊び方を聞いた。


 皿を置いたところで、俺はふと思い出して尋ねた。


「そういえば、帰る日は決めた?」


「まだ。週末までには帰るけど」


「そっか」


「決めたら、真紀さんにも言わないとね」


 成瀬は台所にいる叔母の方を見た。俺もそちらへ顔を向けたが、ほかに何を言うわけでもなく、食堂へ戻った。今日一緒に海へ行くことも、午後の練習も決まっている。その先を尋ねるには、まだ早かったのかもしれなかった。


 出かける前に叔母へ行き先を伝えると、十一時には戻るように言われた。花は水筒を肩に掛け、帽子のつばを持ち上げた。


「カニ、持って帰っていい?」


「見るだけにして。去年のバケツ、誰が洗ったと思ってるの」


「まだ捕まえてないじゃん」


「だから、今言ってるの」


 成瀬は横でサンダルを履きながら、口元を隠した。


 浜の端の岩場は、砂の上より足元が不安定だった。花は来慣れているらしく、乾いたところを選んで先に進み、俺たちへ手を振った。


「ここ。今いた」


 成瀬がしゃがんだところで、小さなものが岩の隙間へ消えた。


「見えた?」


「足だけ」


「待ってたら出てくるよ」


 三人で穴を見ていた。少しして花が別の岩を指し、成瀬がそちらへ顔を向けた途端、最初の穴からカニが出てきた。


「あ、こっち」


 俺が言うと、成瀬は慌てて向き直った。カニはもう隠れていた。


「今の、もう少し早く言ってよ」


「出てきたときに言ったんだけど」


「直人、声大きいからだよ」


 花までこちらを責めたので、俺は次から指をさすだけにした。


 成瀬は一度立ち上がり、隣の平らな岩へ移った。膝に両手を置いて屈み、穴の奥を覗いている。花が別のカニを見つけたと呼んでも、今度は顔を上げなかった。


「あ、出た!」


「真帆お姉ちゃん、声」


 成瀬は口を押さえた。目だけでカニを追いながら、空いた手で俺たちを手招きする。近寄ると、穴の縁に小さなカニが止まっていた。


「見えた?」


 今度は小声だった。俺が頷くと、彼女は花の顔も確かめてから、もう一度カニへ目を戻した。


「結構かわいいね」


「捕まえる?」


「見るだけでいい。逃げちゃうし」


 カニが横へ動くと、成瀬も身体を傾けた。岩の裏へ回り込んで見えなくなるまで、顔を近づけたままだった。


 その後は、成瀬の方から俺たちを呼ぶこともあった。二人ともしゃがんでいるので、少し離れたところから見ると、花の帽子と成瀬の頭が同じ高さに並んでいた。


 そろそろ戻ろうかと言うと、成瀬は顔を上げずに「あっちの岩だけ」と答えた。


「花より見てるな」


「まだあっちは見てないから」


「こっちは見たでしょ」


 花に言われ、成瀬はようやく振り返った。俺が笑うと、彼女は膝から手を離して立ち上がった。


「分かった。帰る」


 そう言いながら、最後にもう一度だけ岩の向こうを覗いた。


 昼食を済ませると、成瀬は楽器を取りに上がった。俺も部屋から本を持ってきた。練習は二時間ある。鞄に入れるところを見た花が、また買ったのかと聞いた。


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