第7話 天使と息ぴったりと言われましても
翌日、昼休み。
「稲垣。」
三枝がニヤニヤしながら徹の机を軽く叩いた。
「昨日も言ったけどさ。」
「何?」
「何回見ても笑う。」
「だから何が。」
「お前ら。」
一拍。
「息ぴったりすぎ。」
「分かる。」
男子がすぐ乗る。
「最初はマリーさんを見るつもりだった。」
「俺も。」
「でも途中から稲垣しか見てなかった。」
「荷物出すの速いし。」
「報告分かりやすいし。」
「初心者助けてるし。」
「戦ってないのに一番走り回ってた。」
「そこ褒める?」
女子も笑う。
「私は『了解』って返事、好きだった。」
「聞いてて安心するよね。」
「マリーさん、全部任せてる感じだった。」
「あれが信頼ってことなんだろうね。」
「見てて気持ちよかった。」
三枝が人差し指を立てる。
「でも、一番笑ったのはそこじゃない。」
一拍。
「お前らさ。」
「長年連れ添った夫婦かと思った。」
教室が一瞬静まり返る。
そして。
「分かる!」
「熟年夫婦!」
「いや、新婚飛び越えてる。」
「目も合ってなかったぞ。」
「『左。』『了解。』で終わってた。」
「会話短すぎ!」
「逆に長年組んでないと無理だろ。」
「だから夫婦なんだよ。」
徹が思わず吹き出す。
「勝手に結婚させるな!」
「そこ否定するんだ。」
「そこしか否定できないだろ!」
「で、何年組んでるんだ?」
「まだ一週間も経ってないよ。」
教室が、ぴたりと止まる。
「……は?」
「一週間?」
「経ってない。」
「うそだろ。」
「一年組んでる人より息合ってたぞ。」
「相性良すぎ。」
三枝がすぐに畳みかける。
「来月には老夫婦。」
「飛躍しすぎ!」
「十年後どうなる。」
「だから俺に聞くな!」
教室中が笑いに包まれた。
◇
少し離れた席。
綾瀬茉莉のペンが止まる。
――長年連れ添った夫婦。
その言葉だけが、頭の中をぐるぐる回る。
かあっと頬が熱くなる。
無意識に前髪へ手をやり、顔を隠すように俯いた。
「あ……。」
ノートへ書こうとして、一文字間違える。
消そうとして、
消しゴムをつかみ損ねた。
ころん。
「あっ。」
慌てて拾う。
拾った拍子に、シャープペンの芯が、
ぽき。
「~~っ。」
落ち着け。
落ち着け、私。
芯を補充しようとして、ケースを開ける。
つるっ。
「えっ。」
ぱらぱらぱら。
細い芯が、机いっぱいへ転がった。
「ああっ!?」
一本拾う。
もう一本逃げる。
「あっ。」
また拾う。
今度は三本まとめて転がる。
「も、もう……!」
机の上で一人、小さな大騒ぎだった。
そのとき。
「一週間!?」
教室がまた爆笑する。
びくっ。
ようやく拾った芯を、また落とした。
「~~~っ!」
誰にも気付かれないよう、小さく机へ突っ伏す。
◇
「今日も見るぞ、稲垣。」
「普通に仕事するだけだよ。」
「その普通が面白い。」
「期待してる。」
昼休み終了のチャイムが鳴る。
徹は苦笑しながら席を立った。
放課後になれば、またマリーとダンジョンへ向かう。
◇
放課後。
ダンジョン入口。
配信開始まで、あと数分。
『待機!』
『今日も来た!』
『バックアップ君!』
『天使!』
徹は苦笑した。
「学校でも言われたけど、もうバックアップ君で定着しそうだな。」
「別にいいんじゃない。」
マリーは淡々と装備を確認する。
「今日も仕事。」
「了解。」
そのときだった。
「あっ!」
小走りで駆け寄ってくる女の子がいた。
「トオルさん!」
「あ、この前の。」
第6話で助けた初心者探索者だった。
「傷、大丈夫?」
「はい! おかげさまで!」
女の子は嬉しそうに笑う。
「あの、私……」
「すごく感動しました!」
「え?」
「トオルさん、ダンジョン始めてまだ一週間も経ってないって聞いて!」
「なのにあんなに動けるなんて、本当にすごいです!」
「いや、そんな……。」
徹は照れ笑いする。
「たまたまバイト経験が役に立っただけだよ。」
「それでもすごいです!」
「私、帰ってから配信を三回見返しました!」
『三周勢(笑)』
『ファン増えてる』
『バックアップ君人気』
少し離れた場所。
マリーの耳が、ぴくりと動く。
装備を確認していた手が止まる。
視線だけが、二人へ向いた。
「それで……」
女の子は少し照れながら言う。
「私、トオルさんのファンになっちゃいました!」
一拍。
「これからも応援します!」
コメント欄が一気に流れる。
『ファン宣言きた』
『バックアップ君モテる』
『天使、反応』
徹は慌てて手を振る。
「お、おう。」
「ありがとう。」
「頑張るよ。」
女の子は紙袋を差し出した。
「あの、これ。」
「助けてもらったお礼です。」
「よかったら受け取ってください。」
徹が受け取ろうとした、その瞬間。
一歩。
マリーが前へ出た。
「初心者さん。」
「あっ!」
「マ、マリー様!」
「こんにちは。」
ぺこり、と頭を下げる女の子。
マリーは真っすぐ見つめる。
「トオルは。」
一拍。
「私のサポートなんだけど。」
「え?」
「私の、サポート。」
「……え、ええと。」
「私の、なんだけど。」
「……あ、はい。」
初心者は困ったように笑い、気付けば紙袋をマリーへ差し出していた。
「ど、どうぞ。」
「ありがとう。」
自然な笑顔で受け取るマリー。
『圧(笑)』
『三回言った(笑)』
『所有権確認』
『初心者ちゃん負けた(笑)』
マリーは紙袋を徹へ渡さない。
そのまま話を続けた。
「それと。」
「はい。」
「昨日は浅層。」
「だから助かった。」
「……はい。」
「深層なら。」
「同じ判断をしたら帰れない。」
女の子の表情が引き締まる。
「予備装備。」
「はい。」
「予備回復薬。」
「はい。」
「包帯。」
「はい。」
「判断。」
「……はい!」
「そこから。」
「改善。」
「はい!」
『天使先生(笑)』
『講習会始まった』
『初心者教育』
徹は腕を組み、感心したように頷く。
「初心者相手に、ちゃんと教えるんだな。」
「後輩思いなんだなあ。」
『違う(笑)』
『そこじゃない(笑)』
『本人だけ気付いてない(笑)』
マリーは小さく頷く。
「行く。」
「了解。」
徹も頷き、二人は並んでゲートへ向かった。
初心者の女の子は、その背中を見送りながら、小さくつぶやく。
「……やっぱり、息ぴったり。」
白いゲートを抜ける。
「探索開始。遅れないで。」
「了解。」
『きた!』
『専属コンビ出撃!』
『今日も夫婦漫才……じゃなかった』
『専属です(笑)』
探索は順調だった。
ゴブリンが現れる。
「右。」
「了解。」
徹は一歩下がり、荷物を持ち替える。
次の瞬間。
マリーの剣が一閃。
ゴブリンは光となって消えた。
『はやっ』
『返事だけで終わる(笑)』
『もう阿吽』
「前。」
「了解。」
徹はすでに回復薬を取り出している。
「水。」
「はい。」
マリーは受け取り、一口だけ飲む。
「予備。」
「補充済み。」
「いい。」
『会話が業務連絡だけ(笑)』
『短いのに全部通じる』
『これで一週間未満』
徹は苦笑した。
「まだ一週間も経ってないけど。」
『その情報毎回バグる(笑)』
『もう半年組んでる動き』
そのとき。
「マリー様!」
先ほどの初心者探索者が、小走りでやって来た。
「さっき教えていただいた通り、予備の回復薬も持ちました!」
バッグを開けて見せる。
「包帯も二つ!」
「いいわね。」
マリーは満足そうに頷く。
「判断も急がないようにします!」
「いいわ。頑張りなさい。」
「はい!」
初心者は笑顔で頭を下げた。
……が、帰ろうとして一歩踏み出したところで止まる。
「あっ。」
「トオルさんも!」
「ありがとうございました!」
徹は笑って手を振る。
「気を付けてね。」
初心者はぺこりと頭を下げる。
その横でマリーも、こくり。
『確認しに来た(笑)』
『先生と副担任』
『教育係とサポート係』
徹は初心者の背中を見送りながら笑う。
「ちゃんと話を聞いて実践してる。」
「優秀だな。」
「うん。」
「いい後輩じゃないか。」
「うん。」
「ちゃんと育ちそうだな。」
「育つわ。」
一拍。
「私が教えたんだもの。」
『満足そう(笑)』
『先生うれしそう』
『そこ自慢する(笑)』
さらに少し進む。
「トオル。」
「ん?」
「左肩。」
「え?」
肩ひもが少し緩んでいた。
マリーは無言で締め直す。
「戦闘中よ。」
「まったく、自分のことにはなかなか気づかないんだから。」
「あ……ありがとう。」
『今度はサポートされてる(笑)』
『世話焼き天使』
少し歩く。
「段差。」
「あ、危ない。」
徹は足元を見て踏み直す。
「助かった。」
「当然。」
『先回り(笑)』
『面倒見良すぎ』
奥から物音。
新しい魔物。
マリーが剣を構える。
「二体。」
「左。」
「了解。」
徹はすでに素材牽引用ロープを手に取っていた。
『もう説明いらない』
『指示が短い』
『完全に以心伝心』
「行くわよ。遅れないで。」
「了解。」
二人は同時に踏み込んだ。
『ほんとに息ぴったり』
『これで一週間未満は反則』
『応援したくなるコンビ』
◇
探索を終え、地上へ戻る。
『今日も最高!』
『専属コンビおつ!』
『また次回!』
配信終了。
画面が消え、周囲も少し静かになった。
◇
管理棟を出て、駅へ向かう帰り道。
徹が大きく伸びをする。
「今日も無事終了。」
「うん。」
「さっきの初心者探索者。」
「うん。」
「ちゃんと改善してたな。」
「ああいう素直な子は育つわ。」
マリーは迷いなく答える。
「私が教えたんだもの。」
徹は思わず笑う。
「自信満々だな。」
「当然。」
少し歩いて、徹が続ける。
「でも、見直した。」
「?」
「教えるの、上手いんだな。」
「ちゃんと成長させようとしてた。」
「すごいと思う。」
マリーは足を止める。
「……。」
視線が紙袋へ落ちる。
初心者探索者から受け取ったクッキー。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
ばつが悪そうな顔になる。
「トオル。」
「ん?」
紙袋を差し出す。
「これ。」
「え?」
「もともと。」
少し視線を逸らす。
「トオルに渡そうとしていたものだから。」
「受け取って。」
徹は紙袋を見る。
そして、小さく笑った。
「ありがとう。」
受け取る。
……が。
そのまま袋を開けると、半分ほど取り出し、残りをマリーへ差し出した。
「はい、半分。」
「え?」
「俺だけもらうのは違うよ。」
「これ、助けたお礼なんだから。」
「俺一人でもらうものじゃない。」
照れくさそうに笑う。
「俺は、マリーの専属なんだから。」
「一緒にもらわないと。」
マリーが立ち止まる。
「……。」
袋を見る。
徹を見る。
もう一度、袋を見る。
そっと受け取る。
「……ありがとう。」
その声は、少しだけ柔らかかった。
◇
夜。
綾瀬茉莉は部屋着に着替え、自室の机へ紙袋を置いた。
中をのぞく。
きれいに並んだクッキー。
「……。」
一枚だけ取り出す。
さくっ。
甘い香りが口いっぱいに広がった。
「おいしい。」
思わず、小さく笑う。
その瞬間だった。
『俺は、マリーの専属なんだから。』
徹の声が、不意によみがえる。
手が止まる。
「……。」
専属。
私の。
専属。
かあっと頬が熱くなった。
「~~~っ。」
思わず顔を両手で隠す。
違う。
そういう意味じゃない。
分かってる。
分かってるのに。
もう一口食べようとして、
手元のクッキーが、
ぽろっ。
「あっ。」
ころころころ。
「あ、待って。」
慌てて追いかける。
拾おうとすると、
ころっ。
また逃げる。
「も、もう……。」
ようやく拾い上げる。
両手で大事そうに包む。
しばらく見つめる。
『俺は、マリーの専属なんだから。』
「~~~~っ!!」
今度は抱えていたクッキーまで落としかけ、
慌てて胸元で受け止めた。
「……。」
ベッドへ腰を下ろす。
真っ赤なまま、
クッキーをもう一口。
「……甘い。」
ぽつり。
その一言だけつぶやいて、
もう一度、小さく頬を押さえた。




