表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/10

第6話 天使、専属サポートを初投入する


 翌日、午後3時50分。


 ダンジョン入口前。


 配信開始まで、あと10分。


「……増えてないか?」


 徹は思わず立ち止まった。


 入口前は、人、人、人。


 探索者。


 見学客。


 配信待機勢。


 スマホを構えた人までいる。


「今日は何かイベントでもあるんですか?」


 近くの初心者が尋ねる。


「あるわ。」


 マリーが即答した。


「私の配信。」


「自分で言うんだ。」


「事実だから。」


 初心者は「なるほど」と真顔で頷いた。


 徹は思わず吹き出す。


「納得するんだ。」


「有名ですから。」


「そんなに?」


「昨日も閉店まで装備選んでましたよね!」


「見られてたの!?」


「結構みんな見てました。」


 徹はマリーを見る。


「人気者って大変だな。」


「そうでもないわ。」


「昨日は事実だって言ってたよな。」


「両方。」


「便利な言葉だな。」


     ◇


 午後4時。


 配信開始。


『きたあああ!』


『待機成功!』


『天使!』


『今日はバックアップ回!』


『仕事休んで来ました』


『それは働け(笑)』


 コメント欄が一気に流れる。


 マリーは軽く一礼した。


「こんにちは。」


『助かる』


『今日もかわいい』


『配信始まっただけで満足』


 徹が小声で聞く。


「毎回こんな感じ?」


「今日は少ない方。」


「え?」


「平日だから。」


「休日は?」


「読めない。」


「コメントが?」


「全部。」


『それコメント欄じゃない(笑)』


『弾幕です』


 徹は思わず笑った。


「人気配信者ってすごいんだな。」


「普通よ。」


「いや普通じゃない。」


     ◇


 マリーは徹を手で示した。


「私の専属サポート、トオル。」


 一瞬だけコメント欄が止まる。


 そして。


『私の』


『来ました』


『今日はこれを聞きに来た』


『毎回言って』


『言わないと始まらない』


『バックアップ君そこ代われ』


『最後のやつ本音だろ(笑)』


 徹は苦笑しながら頭を下げた。


「よろしくお願いします。」


『礼儀いい』


『社会人感ある』


『今日も頑張れ!』


「今日は新装備バックアップの初運用も兼ねています。」


 周囲の探索者たちも装備へ視線を向ける。


「昨日選んでたやつか。」


「シンプルだけど格好いい。」


「天使が選ぶなら性能も期待できる。」


 徹は胸元を見下ろした。


「そんな期待されると緊張するな。」


「大丈夫。」


「どうして?」


「私が選んだから。」


 一拍。


「それ、昨日も聞いた。」


「今日も同じ。」


「ぶれないな。」


「ぶれない。」


『言い切った(笑)』


『好き』


 徹は肩をすくめる。


「いい上司だなあ。」


「…………。」


 マリーは答えない。


 代わりに通信イヤーカフの位置を、ほんの少しだけ直してやる。


「ずれてた。」


「あ、ありがとう。」


 それだけ言うと、


 さっと一歩前へ出た。


『照れ隠し(笑)』


『今の優しい』


『全部顔に出てる天使』


 本人だけが、平静を装っていた。


「トオル。」


「はい。」


「いつも通り。」


「了解。」


 ゲートがゆっくり開く。


 淡い光が2人を包む。


『始まるぞ!』


『バックアップ出撃!』


『今日は神回の予感!』


 マリーが一歩踏み出す。


 徹は迷わず、その半歩後ろへ続いた。


     ◇


 ダンジョンへ入って3分。


「ギィッ!」


 最初の魔物が飛びかかる。


 白銀の軌跡。


 ずばん。


 終了。


『はい終わり』


『いつもの天使』


『3秒』


 徹は苦笑した。


「毎回こんな感じ?」


「今日は遅い方。」


「……今ので?」


「まだ浅層だから。」


「基準がおかしい。」


『基準が天使(笑)』


『深層どうなるんだ』


     ◇


「トオル。」


「回収する。」


 徹は魔石を拾い上げる。


 収納袋。


 ぱっ。


 収納。


 ぱたん。


「……。」


「どうした?」


「これ。」


 徹は袋を見せた。


「昨日より取り出しやすい。」


「そう。」


「ホルダーの角度?」


「少し。」


「全然違うな。」


 マリーは歩きながら、小さく頷く。


『また嬉しそう』


『装備褒められるの好きすぎる』


 徹は当然気付かない。


「いい装備選んでもらったな。」


「…………。」


 返事はない。


 代わりに。


「トオル。」


「はい。」


「収納袋。」


「ん?」


 マリーは腰の位置を指差す。


「そこ。」


「あ。」


 少しだけずれていた。


「ほんとだ。」


 徹が直す。


「ありがとう。」


「……。」


 少しだけ歩く速度が速くなる。


『照れ隠し(笑)』


     ◇


「きゃっ!」


 初心者探索者が転んだ。


 徹は迷わず駆け寄る。


「大丈夫です。」


「え?」


「じゃなくて。」


 徹は笑った。


「大丈夫ですか。」


「あ……はい。大丈夫です」


 初心者もつられて笑う。


『言い直した(笑)』


『ちょっと天然』


 膝を確認。


「擦り傷ですね。」


「少し染みます。」


「はい。」


 消毒。


 ガーゼ。


 包帯。


 30秒。


「終わりました。」


「ありがとうございます!」


 初心者は何度も頭を下げた。


「昔、プール監視員をやってたんです。」


「なるほど、どおりで。」


 初心者が納得する。


 マリーが横から一言。


「……覚えておくわ。」


「え?」


「何でもない。」


『また覚えた(笑)』


『どんどん採用される』


     ◇


「トオル。」


 イヤーカフが鳴る。


「左。」


「了解。」


 徹は周囲を一瞥する。


「初心者3名。」


「退路確保。」


「負傷者1名。」


「歩行可能。」


「了解。」


 マリーが向きを変える。


 一閃。


 終了。


『報告聞きやすい』


『無駄がない』


 徹は照れ笑いした。


「警備員のバイトで。」


「無線だけは慣れてます。」


『全部バイト経験なの好き』


     ◇


 戦闘が終わる。


 徹はバッグを開いた。


「救急パック残り1。」


「バッテリー2。」


「今日は初心者多いから。」


「次は増やした方がいい。」


 マリーが足を止めた。


「……よく見てる。」


「コンビニの癖かな。」


「足りなくなる前に補充したくなる。」


「あと。」


 徹はバッグを見る。


「包帯も1サイズ小さいのあると便利かも。」


「子どもだと巻きやすい。」


 マリーは少し驚いた顔をする。


「それも。」


「反映する。」


『メモ増えた(笑)』


『採用された』


 徹は笑う。


「いい上司だなあ。」


「…………。」


 マリーは何も言わない。


 通信イヤーカフへ手を伸ばす。


 少しだけ位置を直した。


「またずれてた。」


「あれ?」


 徹が首をかしげる。


「さっき直したよな。」


「動いたから。」


「そういうものか。」


「そういうもの。」


『違う(笑)』


『触りたかっただけでは?』


 前方で魔物が現れる。


 マリーは剣へ手をかけた。


「トオル。」


「はい。」


「次。」


「了解。」


 2人は同時に駆け出した。


『このコンビ、ずっと見てられる』


     ◇


「右、3体。」


 イヤーカフからマリーの声が届く。


「了解。」


 徹は一歩前へ出る。


「初心者2組。」


「左側へ誘導できます。」


「お願い。」


 返事より先に、マリーが駆けた。


 白銀の軌跡が走る。


 ずばん。


 ずばん。


 最後の1体も、一瞬だった。


『仕事早っ』


『いつもの天使』


 その頃には、徹が初心者たちを誘導している。


「こちら通れます。」


「足元だけ気を付けてください。」


「ありがとうございます!」


 徹は床へ視線を落とした。


 砕けた魔石の破片。


 踏めば滑る。


 手で集め、通路の端へ寄せる。


「そこまでやるんですか?」


 初心者が驚く。


「後ろの人が転ぶと危ないので。」


「あ……。」


 初心者は通路を見直した。


『細かい』


『こういう人いると助かる』


『現場慣れしてるな』


     ◇


「トオル。」


 マリーが戻ってくる。


「終わった?」


「こっちは。」


 最後の破片を拾う。


「終わった。」


「……こっちも。」


 それだけ。


 それだけで、また歩き始める。


『この会話だけで通じるの好き』


『息ぴったり』


     ◇


「すみません!」


 少し先から慌てた声が上がる。


 初心者パーティーだった。


 リュックの中身を床へぶちまけている。


「回復薬!」


「ライトどこ!?」


「落ち着いてください。」


 徹はしゃがみ込む。


「薬品はこっち。」


「食料は別。」


「ライトは割れてません。」


 手際よく並べていく。


「回復薬だけ1本割れてます。」


「えぇ!?」


「予備あります。」


 バッグから1本取り出す。


「今日はこれ使ってください。」


「ほ、本当にいいんですか?」


「帰ったら補充してください。」


「はい!」


 初心者たちは何度も頭を下げた。


『仕事できる』


『安心感えぐい』


『戦ってないのに主人公感ある』


 そこへマリーが戻ってくる。


「終わった?」


「あと1つ。」


 徹はリュックの横に落ちていた小さな笛を拾う。


「これ。」


「あっ!」


「大事そうだったので。」


「ありがとうございます!」


 マリーはそのやり取りを見つめ、


 小さく頷いた。


     ◇


 歩き出す。


「……助かった。」


 ぽつり、とマリー。


「ん?」


「今の。」


「ああ。」


 徹は笑う。


「コンビニでも、落とした商品を拾ったりしてたし。」


「癖なんだよ。」


「便利な癖。」


「褒めてる?」


「ええ。」


 一拍。


「装備も。」


 さらに一拍。


「あなたも。」


『言った!』


『今ちゃんと言った!』


 徹は照れ笑いした。


「やっぱり装備が優秀なんだな。」


 マリーは立ち止まりかける。


「…………。」


 小さく息を吐いて、


 徹のベストの肩を軽く払った。


「糸くず。」


「え?」


「取れた。」


「ありがとう。」


 また歩き出す。


『違う(笑)』


『世話焼いてるだけでは?』


『バックアップ君気付いて(笑)』


     ◇


 前方に魔物の群れが現れる。


「トオル。」


「はい。」


「いつも通り。」


「了解。」


 もう説明はいらない。


 マリーは前へ。


 徹は半歩後ろへ。


 役割は、自然に決まっていた。


『専属ってこういうことか』


『このコンビ、ずっと見ていたい』


     ◇


 翌日。


 教室へ入った瞬間だった。


「おい、バックアップ君!」


 三枝が大きく手を振る。


「昨日見たぞ!」


「荷物出すの速かった!」


「報告めっちゃ聞きやすかった!」


「天使が選んだ装備、当たりだったな!」


「いや、装備だけじゃないだろ。」


 別の男子が笑う。


「バックアップ君、仕事しすぎ。」


「戦ってないのに、ずっと動いてたよな。」


「安心して見てられた。」


「専属って、ああいうことなんだな。」


 女子たちも話に入ってくる。


「私も見た。」


「包帯巻くの早かったよね。」


「優しかった。」


「普通にかっこよかった。」


 徹は両手を振った。


「いやいや。」


「装備が良かったんだよ。」


「またそれ!」


 三枝が笑う。


「どこまで装備に感謝するんだ。」


「だって本当に使いやすいし。」


 教室中が笑いに包まれた。


     ◇


 少し後ろの席。


 綾瀬茉莉は静かにノートを開いていた。


《バックアップ 改善点》


・包帯位置 右へ2cm


・予備バッテリー 1本追加


・小型ライト追加


・ホルダー角度 微調整


・包帯 小サイズ追加


 さらさら。


 ペンが走る。


「綾瀬さん。」


 ぴたり。


 止まる。


「はい。」


 徹がノートを見る。


「また改善案?」


 ぱたん。


 反射的に閉じる。


「……違います。」


「いや、閉じたよね?」


「…………。」


「ごめん。」


 徹は笑う。


「でも昨日、本当に助かった。」


「包帯も。」


「ライトも。」


「ホルダーも。」


「全部使いやすかった。」


 少しだけ間。


 茉莉は何も言わない。


「それに。」


 徹はノートを指さした。


「こうやって現場見ながら改善してくれる人。」


「前のバイト先にもいた。」


「店長の右腕みたいな人。」


「困る前に気付くんだ。」


「俺、そういう人すごいと思う。」


 茉莉の指先が止まる。


「優秀なバイトリーダーって感じ。」


「…………。」


 沈黙。


 徹は照れ笑いした。


「俺には向いてないからさ。」


「助かる。」


「じゃ。」


 席へ戻る。


     ◇


 教室が少し静かになる。


 茉莉は閉じたノートを見つめた。


 数秒。


 ぱたん。


 もう一度開く。


 改善点の最後へ、一行。


『次回反映』


 その少し下へ。


 少し迷って、


 もう一行だけ。


『包帯 小サイズ採用』


 こくり。


 ひとり、小さく頷く。


 その様子を見た女子が首をかしげる。


「綾瀬さん?」


 茉莉は顔を上げる。


「何でもない。」


 ノートを閉じる。


 今日は、それで十分だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ