第3話 専属サポート候補、天使をさらに目立たせる
明後日、十六時。第一ゲート集合。
マリーから届いたメッセージは、短かった。
短かったが、その下に添付されていた荷物リストは短くなかった。
『予備バッテリー』
『小型回復薬』
『中型回復薬』
『魔力回復ゼリー』
『素材回収袋』
『耐熱手袋』
『配信ドローン予備プロペラ』
『簡易照明』
『冷却シート』
『タオル』
『水』
『非常食』
『予備マイク』
『魔石反応計』
『マリー用ののど飴』
「最後なんだよ」
放課後の教室で、稲垣徹は思わず呟いた。
ホームルームは終わり、周囲では部活へ行く生徒や、ダンジョンへ向かう生徒がばらばらと席を立っている。
三枝が後ろからスマホを覗き込んできた。
「うわ、ガチじゃん」
「ガチだな」
「のど飴まである」
「そこが一番気になる」
「配信者だから喉大事なんだろ」
「まあ、そうか」
徹はリストを見ながら、頭の中で荷物を分類していく。
重いもの。
すぐ使うもの。
割れやすいもの。
温度管理が必要なもの。
戦闘中に要求される可能性があるもの。
配信トラブル時に使うもの。
マリーは強い。
浅層なら一人で全部どうにかできるだろう。
だが、それとサポートが不要かどうかは別の話だ。
強い人間ほど、細かいところで余計な手間をかけるべきではない。
前に出る人間が前だけ見られるようにする。
それが後ろの仕事だ。
「稲垣、今日もマリーと配信?」
「ああ。試験配信」
「うわ、本当に専属候補じゃん」
「候補な」
「でもマリーに選ばれたんだろ? やばくね?」
「やばいのは分かってる」
別のクラスメイトが話しかけてくる。
ここ数日、徹に声をかける人間は明らかに増えた。
もともと友人が少ない方ではない。
だが、今はそれとは別の意味で注目されている。
《天使》マリーにスカウトされた無能力サポート。
この肩書きは、学校内ではなかなか強かった。
「トオルくんって呼んだ方がいい?」
「学校では稲垣でいい」
「サインちょうだい」
「誰が欲しいんだよ」
「将来高く売れるかもしれない」
「転売前提やめろ」
徹が軽く返していると、隣の席で小さく椅子が鳴った。
綾瀬茉莉が、帰り支度をしていた。
ぼさぼさの黒い長髪。
長い前髪。
小柄で、少し猫背。
いつも通り、目立たない。
今日も彼女は、ホームルームが終わるとすぐに帰るようだった。
「綾瀬も帰り?」
「……うん」
「気をつけて」
「……稲垣くんも」
それだけ言って、綾瀬は教室を出ていった。
三枝が首を傾げる。
「綾瀬さん、最近ちょっと喋るようになったな」
「そうか?」
「前はほぼ無言だったじゃん」
「言われてみれば」
徹は廊下へ消えていく綾瀬の背中を見た。
あまり話すタイプではない。
でも、最近たまに視線を感じる。
昨日の配信を見ていたからだろうか。
それなら別に不思議ではない。
マリーの話題は、学校でも強い。
徹は鞄を持ち上げた。
「俺も行くわ」
「頑張れよ、ダンジョン内のさしすせそ」
「そのあだ名、固定するのやめろ」
「もう無理じゃね? 切り抜きタイトルになってたし」
「人間として扱われたい」
◇
第一ゲート近くの探索者向けロッカー前。
徹が到着したのは、集合の十五分前だった。
バイトで身についた習慣である。
初回の仕事に遅れる人間は信用されない。
早すぎても邪魔になる。
十五分前くらいがちょうどいい。
ロッカー前には、すでに白いコートの少女が立っていた。
マリーだ。
白いコート。
整えられた髪。
腰の神剣ヴァリアント。
自信満々の立ち姿。
学校にいた綾瀬茉莉とは、まったく違う種類の存在感だった。
「早いわね」
「十五分前行動はバイトの基本なので」
「いい心がけね」
マリーは満足そうに頷いた。
「荷物は?」
「リスト通り。配置はこっちで変えた」
「変えた?」
「使う順番と壊れやすさで分けた。回復薬は右外ポケット。魔力ゼリーは左。バッテリーは背中側だけど、熱を持たないように布を挟んでる。のど飴はすぐ出るところ」
「……のど飴、ちゃんと持ってきたのね」
「リストにあったから」
「そう」
マリーはなぜか少し嬉しそうだった。
「何味?」
「はちみつレモン」
「分かってるじゃない」
「指定なかったから無難なのにした」
「とてもいい判断よ」
のど飴で褒められた。
サポート業務は奥が深い。
「今日は浅層って言ってたな」
「ええ。第五層まで」
「昨日の事故もあったし、妥当だな」
「私一人ならもっと行けるけど、今日はあなたの試験だから」
「了解。俺の仕事は?」
「私の後ろを見ること。荷物管理。素材回収。コメント欄の異常確認。危険兆候があれば報告。あと、私が格好よく映るようにすること」
「最後が一番難しそうだな」
「私が格好いいのは当然だから、難しくないわ」
「自信がすごい」
「事実よ」
マリーは胸を張った。
徹は少し笑った。
こういうところは、いかにもマリーだった。
「配信は十六時十分から始めるわ」
「十分遅らせるのか?」
「待機時間で視聴者を集めるの。告知は出してあるし、昨日の続きだから初動は伸びるはず」
「なるほど」
「あなたも映るから、変なこと言わないで」
「変なことって?」
「私を普通の高校生扱いするようなこと」
「高校生だろ」
「マリーはマリーなの」
「分かった。触れない」
「物分かりがよくて助かるわ」
そのとき、マリーの配信用端末に通知が流れた。
待機画面の人数が表示されている。
すでに、とんでもない数だった。
「……多いな」
「当然でしょ。私の配信よ」
「強い」
「でも」
マリーは一瞬だけ声を落とした。
「今日、あなたも見られるから」
「分かってる」
「緊張しないの?」
「するけど、荷物が軽くなるわけじゃないからな」
「何それ」
「緊張しても仕事は減らないってこと」
「変なの」
マリーは小さく笑った。
その笑い方は、配信中の勝ち気な笑みとは少し違っていた。
◇
十六時十分。
マリーの配信が始まった。
『きたあああああ!』
『マリー様!』
『待ってた!』
『トオルくんいる!?』
『専属候補配信!』
『今日は浅層?』
『ダンジョン内のさしすせそ確認』
開始直後からコメント欄は高速で流れている。
マリーはドローンカメラの前に立ち、いつもの笑みを浮かべた。
「待たせたわね。今日は予告通り、私の専属サポート候補を試す配信よ」
声が張る。
空気が変わる。
彼女はやはり、カメラの前に立つと別人のように輝いた。
「紹介するわ。トオル」
徹はカメラの前に出た。
「どうも。稲垣徹です。ユーザーネームはトオル。戦闘はできません。荷物は持ちます」
『また荷物w』
『安定の自己紹介』
『トオルくんきた』
『無能力サポート』
『今日は逃げるなよ』
『いや逃げ判断は大事』
徹は軽く頭を下げて、すぐに画面の端へ下がった。
主役は自分ではない。
マリーだ。
その位置を間違えないことが、たぶん大事だ。
「今日は第五層まで。浅層だからといって退屈にはしないわ。私の配信だもの」
『さすマリ』
『自信満々かわいい』
『浅層でも見る』
『トオルくんのサポートも見たい』
『今日も天使』
マリーは満足そうに頷く。
「それじゃあ、行くわよ」
第一層。
そこは相変わらず明るく、安全だった。
魔石灯。
案内板。
整備された通路。
低レベルの魔物がぽつぽつ出る程度。
マリーが剣を抜くまでもなく、通路を歩くだけで周囲の探索者が振り返る。
「あ、マリーだ」
「本物?」
「配信中だ」
「トオルくんもいる」
「昨日のサポート?」
周囲の声を、マリーは当然のように受け流す。
徹は逆に少し居心地が悪い。
「すごいな」
「何が?」
「歩いてるだけで人が見る」
「慣れたわ」
「強い」
「強いもの」
そういう意味ではなかったが、まあいい。
最初に現れた魔物は、小型の角ウサギだった。
初心者向けの相手らしい。
マリーは剣を抜く。
「トオル、素材回収の準備」
「了解」
次の瞬間、角ウサギは光の粒になって消えた。
徹は落ちた小さな角と魔石を拾い、袋を分ける。
「早い」
「敵が?」
「あなたが」
「これくらいなら」
『素材回収はっや』
『マリーの討伐速度についていけてる』
『地味だけど大事』
『トオルくん、手元が慣れてる』
『荷物持ちガチ勢』
コメント欄の反応を横目で確認する。
悪くない。
徹はドローンの角度を微調整した。
マリーの横顔がよく映る位置。
剣の光が画面に入る角度。
素材回収中は、マリーが次の敵を見据えている姿を映す。
ただ倒すだけなら、誰でも撮れる。
でも、どうせなら格好よく見えた方がいい。
「マリー、次の通路は右から光が入る。剣を左に構えた方が映える」
「……分かったわ」
マリーは素直に構えを変えた。
現れた狼型の魔物を、一閃。
白い光が画面の中心を走り、魔物が消える。
『今のカメラ良すぎ』
『剣筋きれい』
『切り抜き確定』
『トオルくん、もしかして有能?』
『マリー様がいつもより見やすい』
マリーがちらりと徹を見る。
「悪くないわね」
「どうも」
「もっと褒めてもいいのよ」
「今のマリー、かなり格好よかった」
「……そういう意味じゃないわよ」
「違うのか?」
「違わないけど」
マリーは少しだけ口元を緩めた。
ちょろい、とは言わないでおく。
◇
第三層に入るころには、視聴者数がさらに増えていた。
理由は分かりやすい。
今日の配信は、いつものマリー配信とは少し違っていた。
マリーが強いのは当然。
だが、その強さがいつもより見やすい。
戦闘前に必要な道具が渡される。
素材回収で流れが止まらない。
ドローンの画角が安定している。
コメントで指摘された音声の乱れにも、徹がすぐ対応する。
マリーは前だけ見ていればいい。
その結果、彼女のスター性がより際立っていた。
『今日テンポいいな』
『サポートいるとこんな違うのか』
『マリー様がずっと格好いい』
『トオルくん、裏方として優秀』
『これ正式採用でいいだろ』
徹はコメントを読みながら、必要なものだけマリーへ伝える。
「マリー、音声少し割れてる。声量一段落として」
「私の声が強すぎるのね」
「マイクの限界だな」
「なら仕方ないわ」
『マイクの限界w』
『声が強すぎる女』
『トオルくん淡々としてて草』
次の広間では、毒を持つ小型スライムが複数出た。
マリーは面倒くさそうに眉をひそめる。
「地味ね」
「毒持ち。近づくと装備が汚れる」
「嫌ね」
「右から風が流れてる。左に誘導すれば毒霧が流れない」
「分かったわ」
マリーは一歩踏み込み、徹の言った方向へ敵を寄せる。
毒霧が通路の奥へ流れ、視界が確保された。
「今」
「遅いわ」
白い光が走り、スライムがまとめて消える。
『うまっ』
『今の連携よくない?』
『マリー様が指示聞いてるの新鮮』
『トオルくん、環境見てる』
『正式採用しろ』
マリーは少し不満そうにコメント欄を見た。
「私がすごいのよ?」
『もちろん』
『マリー様は世界一』
『でもトオルくんも有能』
『二人合わせて見やすい』
『これは良いコンビ』
「……ふうん」
マリーは何でもないふりをした。
でも口元は少し緩んでいた。
「褒められてるぞ」
「あなたもね」
「俺は裏方だから」
「裏方でも、見ている人は見ているみたいよ」
「ありがたい話だな」
徹は素直に言った。
褒められるのは、悪くない。
ただ、それを目的にしているわけではない。
自分ができることをした。
それを必要としてもらえた。
それで十分だった。
◇
第五層に入る前、徹は一度足を止めた。
「マリー」
「何?」
「五分休憩」
「私はまだ動けるわ」
「俺が荷物整理したい。あと、のど飴」
「……必要ね」
マリーは素直に休憩を受け入れた。
徹は荷物を下ろし、回復薬の本数、バッテリー残量、素材袋の重量を確認する。
マリーには水とのど飴を渡した。
「はちみつレモン」
「指定してないのに優秀ね」
「二回目だぞ、それ」
「何度でも言うわ。優秀なものは優秀」
マリーはのど飴を口に入れ、満足そうに目を細めた。
その表情は、配信中の堂々とした姿よりも少し幼い。
コメント欄が反応する。
『のど飴タイムかわいい』
『マリー様、餌付けされてる?』
『トオルくん有能すぎ』
『ちゃんと休憩入れるの偉い』
『こういうサポート大事』
マリーがむっとする。
「餌付けじゃないわ」
「違うのか?」
「違うわよ」
「じゃあ補給」
「そう。補給よ」
『補給w』
『かわいい』
『餌付けじゃなくて補給』
『トオルくん、マリー様の扱い分かってきたな』
徹は笑いをこらえた。
マリーは強い。
間違いなく強い。
だが、こういうところは年相応だった。
「何笑ってるの」
「いや、マリーも普通に休憩するんだなと思って」
「当たり前でしょ」
「配信だとずっと無敵に見えるから」
「無敵よ」
「のど飴必要な無敵」
「細かいことは気にしないの」
マリーは視線をそらした。
徹は荷物を背負い直した。
「休憩終わり。行けるか?」
「誰に言ってるの?」
「マリーに」
「当然行けるわ」
マリーは立ち上がり、神剣を抜いた。
「私に不可能はないもの」
コメント欄が湧く。
やはり、この言葉が似合う。
◇
第五層は、浅層の中では難易度が高い。
通路は入り組み、魔物の数も増える。
低レベルとはいえ、複数体に囲まれれば初心者パーティーなら危険だ。
だが、マリーにとっては違った。
前方から狼型。
右の壁際からスライム。
天井から小型コウモリ。
徹が声を出す前に、マリーはすでに動いていた。
一撃目で狼を斬り、返す剣でスライムを払い、身をひねってコウモリを落とす。
速い。
強い。
そして、絵になる。
徹はドローンを動かし、マリーの背中越しに通路を映した。
白いコートが揺れ、剣の光が画面を斜めに裂く。
『神画角』
『今のやばい』
『切り抜き班頼む』
『トオルくんカメラうまい』
『マリー様が三割増しで格好いい』
『いや元から格好いいけどさらに』
マリーは戦いながら笑った。
「聞いた? 三割増しですって」
「元が高いから伸びしろも大きいんだろ」
「分かってるじゃない」
機嫌がいい。
その後も攻略は順調だった。
徹は地図を取り、素材を拾い、コメント欄を見る。
マリーは前に出て、魔物を倒す。
役割がはっきりすると、流れがいい。
マリーの手が止まらない。
徹の作業も止まらない。
配信のテンポも落ちない。
視聴者は増え続けた。
しかし、第五層の奥へ進んだとき、徹は違和感を覚えた。
壁の魔石灯が、少し暗い。
足元に落ちている素材片が新しい。
誰かが戦闘した痕跡。
だが、人影はない。
そして、通路の奥から小さな音が聞こえた。
金属が床を擦るような音。
「マリー、止まって」
「何?」
「奥に何かいる。たぶん一体じゃない」
「魔物?」
「それもいる。でも、その前に人がいるかもしれない」
「人?」
マリーの表情が変わった。
徹はドローンを低く飛ばす。
通路の先。
曲がり角の向こう。
そこに、倒れている探索者がいた。
若い男子。
足元には壊れた盾。
その周囲を、小型の鎧虫が数体うろついている。
『遭難者?』
『やばい』
『救助案件』
『マリー様!』
『トオルくんよく気づいた』
マリーは即座に剣を構えた。
「助けるわ」
「待って」
「待たない」
「その人の近くに罠っぽい亀裂がある。正面から行くと床が抜ける」
「……見えるの?」
「床の線が変だ。あと鎧虫が一定以上近づいてない。たぶん踏むと落ちる」
「なら?」
「俺がドローンで注意を引く。マリーは壁沿いから回って、虫だけ落として。人は俺が引っ張る」
「危険よ」
「俺が戦うわけじゃない」
「でも前に出る」
「サポートだからな」
マリーは一瞬、徹を見た。
その目は、いつもの自信満々なものではなかった。
心配。
たぶん、そういう色だった。
「無理はしないで」
「できないことはしない」
「……分かったわ」
徹はドローンを操作し、鎧虫の注意を引く。
虫たちが反応した瞬間、マリーが動いた。
白い影が壁際を走る。
「こっちよ、雑魚ども」
神剣が閃く。
一体。
二体。
三体。
鎧虫が次々に光の粒へ変わった。
徹は倒れている探索者へ駆け寄る。
床の亀裂を避け、腕をつかむ。
「聞こえるか?」
「う……」
「動かすぞ。痛かったら悪い」
「……たす、け」
「助ける。だから寝るな」
徹は探索者を引っ張った。
重い。
装備が引っかかる。
床が軋む。
そのとき、亀裂の奥から新たな鎧虫が這い出てきた。
徹の背筋が冷える。
『後ろ!』
『トオルくん!』
『虫いる!』
『危ない!』
マリーが振り返る。
だが距離がある。
間に合うか。
「トオル!」
マリーの声。
徹は考えるより先に、腰の素材袋を投げた。
袋の中の魔石が床に散らばる。
鎧虫の注意が一瞬そちらへ向いた。
その一瞬で、マリーが間に入る。
「私のサポートに、触るんじゃないわよ」
神剣ヴァリアントが白く輝いた。
鎧虫は跡形もなく消し飛んだ。
コメント欄が爆発する。
『今のやばい!』
『マリー様かっこよすぎ』
『私のサポート!?』
『言った!』
『トオルくんも判断早い』
『これは正式採用だろ』
徹は探索者を安全な場所まで引きずり、息を吐いた。
「助かった」
「こっちの台詞よ」
マリーは少し怒った顔で近づいてきた。
「危ないって言ったでしょ」
「無理はしてない」
「今のは無理の範囲に入るわ」
「そうか?」
「そうよ」
マリーはむっとしたまま、回復薬を差し出した。
「飲ませて」
「了解」
徹は探索者に回復薬を飲ませる。
マリーは救護班へ連絡を入れた。
数分後、救護班の到着予定が表示される。
ひとまず命に別状はなさそうだった。
『救助成功』
『よかった』
『トオルくん気づかなかったら危なかった』
『マリー様の火力とトオルくんの判断、相性いい』
『専属サポート、もう決まりでは?』
徹は散らばった魔石を拾い直す。
「素材袋、破れた」
「そんなの後でいいわよ」
「回収できるものは回収する」
「真面目ね」
「収益になるからな」
「本当にぶれないわね」
マリーは呆れたように言った。
だが、その声は少し柔らかかった。
◇
救護班に探索者を引き渡したところで、マリーは配信を一度区切ることにした。
「今日はここまでにするわ」
『えー』
『でも救助あったし仕方ない』
『お疲れ様』
『神回だった』
『トオルくん正式採用して』
『マリー様、決めて!』
マリーはコメント欄を見た。
そして、徹を見た。
「トオル」
「何?」
「今日の仕事、自分ではどうだった?」
「反省点はある。素材袋はもう一枚外ポケットに入れた方がいい。あと、救助時は装備を外す手順を先に確認しておくべきだった。ドローンも一機じゃ足りない」
「そうじゃなくて」
「じゃあ何だ?」
「私のサポート、できそう?」
徹は少し考えた。
「浅層なら」
「正直ね」
「深部は分からない。俺は能力がないし、戦えない。今日みたいな救助があるなら危険もある。だから、できるって言い切るのはまだ早い」
「……そう」
「でも」
徹は続けた。
「今日の感じなら、マリーが前を見て、俺が後ろを見る形は悪くないと思う」
マリーは目を細めた。
「そう」
マリーはカメラの方へ向き直った。
そして、いつもの勝ち気な笑みを浮かべる。
「決めたわ」
『お?』
『くる?』
『正式採用?』
『ざわ……』
『マリー様!』
「トオルを、私の専属サポートとして採用する」
コメント欄が爆発した。
『うおおおおおお!』
『正式採用きたああああ!』
『おめでとう!』
『無能力サポート、天使の専属になる』
『推せる』
『最高のコンビ誕生』
徹は目を瞬かせた。
「今決めるのか?」
「今決めたわ」
「契約書とか」
「後で作る」
「大事だぞ」
「分かってるわよ」
マリーは徹を見た。
その目は、配信中のスターのものだった。
けれど、その奥に少しだけ、素の感情が混ざっていた。
「あなたは私の後ろにいなさい」
「……命令形なんだな」
「嫌?」
「いや」
徹は少し笑った。
「仕事なら受ける」
マリーは満足そうに頷いた。
「なら決まりね」
そして、カメラに向かって言う。
「次回から、私の攻略はもっと速く、もっと安全に、もっと面白くなるわ」
白いコートが揺れる。
神剣が淡く輝く。
コメント欄が歓声で埋まる。
「だって、私には専属サポートがいるんだから」
その一言で、配信はまた大きく盛り上がった。
徹は画面の端で、少しだけ肩をすくめた。
荷物持ち。
素材回収。
地図記録。
撤退補助。
コメント確認。
のど飴係。
やることは増えそうだ。
けれど、不思議と悪い気はしなかった。
自分にできることは、それくらいだ。
でも、その“それくらい”を必要としてくれる人がいる。
なら、やる理由としては十分だった。
この日。
無能力サポート・トオルは、正式に《天使》マリーの専属サポートになった。




