↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
区画  作者: 真核生物
PR
9/13

第九章 掘る

一年が過ぎたのは、五月二十六日だった。


その日は月曜で、雨だった。わたしは事務所で桶を数えていた。数えてから、上の段へ行った。


板は立っていた。


字は残っていた。裏から書いたので、雨には強かった。ただ、板そのものが灰色になっていて、白いとは言えなくなっていた。下のほうに、泥が跳ねた跡が点々とついている。


  この掲示の日から一年以内に


読んで、降りた。


事務所で和倉さんに電話をした。


「きょうで一年です」


「はい」


「誰も、来ませんでした」


和倉さんは、少し黙っていた。


「申請します」


立札を五枚立てて、申し出があったのは一枚だけだった。


下の段の区画で、二月に娘さんから寺に電話があったという。市外に嫁いでいて、母親が施設に入ってからのことを知らなかった。未納分を払って、これからは自分が続けますと言ったそうである。


和倉さんは、そのことを嬉しそうに言った。嬉しそうという言い方が合っているかわからないが、声が少し高かった。


「見たんですか、立札を」


「いえ。役所の掲示を、たまたま」


官報ではなく、市の掲示場のほうだった。


「見る人は、いるんですね」


「いました」


一枚だけである。


残りの四枚は、そのまま立っていた。


六月に入る前の週に、わたしは電話帳を出した。


橋詰の名字を探した。市内に七軒あった。頭から順に番号を見て、そこでやめた。かけて、何を言うつもりなのかがわからなかったからである。


息子さんの顔は覚えている。二十年前に、肘を支えていた人である。名前は聞かなかった。聞く機会がなかった。


電話帳は棚に戻した。


六月に、市から書類が来た。


和倉さんが山まで持ってきた。封筒から出して、机に置いた。


         改葬許可証


                  第    号


  死亡者の本籍        

  死亡者の住所        

  死亡者の氏名  橋詰    

  死亡年月日   平成十七年五月 日


  現に埋葬又は埋蔵されている場所

    霧生台やすらぎの杜 A区 一二番


  改葬の場所

    霧生台やすらぎの杜 共同埋蔵施設


  上記のとおり改葬することを許可する。


   令和七年六月十日             市長


わたしは、上から下まで読んだ。


「橋詰さんは」


「わかりません」


和倉さんは書類を封筒に戻した。


「一年のあいだに、お申し出はありませんでした。それだけです」


「亡くなったかどうかも」


「わかりません」


わたしはうなずいた。


和倉さんは、そこでもう一枚出した。台帳の写しだった。A区一二番のところに、線を引いてある。


「使用許可の日が、平成十六年の九月です」


「はい」


「二十年も、もう過ぎているんです」


わたしは、その数字をしばらく見た。


「じゃあ、どっちにしても」


「どちらにしても、こうなります」


和倉さんは、そう言った。責める口調でも、慰める口調でもなかった。


日取りの話になった。


和倉さんは、来週でも、と言った。


わたしは、少し待てませんか、と言った。


「なにか」


「第二日曜が、来週の日曜です」


和倉さんは、すぐにはわからないという顔をした。


「あのかたは、第二日曜に来ていたので」


来なくなって、二年になる。それは自分でもわかっていた。わかっていて言った。


和倉さんは、手帳を見た。


「では、そのあとにしましょう」


第二日曜は、晴れた。


わたしはその日、休みだったが、山へ行った。草を刈るふりをして、転回場が見えるところにいた。


車は三台上がってきた。下の段の人が二組と、上の段の人が一組だった。上の段の人は東の端の区画で、A区一二番の前は通るが、立ち止まらなかった。


三時までいて、降りた。


日は、六月十五日に決まった。


前の日に、道具を洗った。


スコップの柄がささくれていたので、紙やすりをかけた。かけながら、二十年前のことを思い出した。


あのときも、わたしが掘った。和倉さんが紙に寸法を書いてくれて、そのとおりに掘った。上の段は石が多くて、何度もつかえた。


橋詰さんは、はじめのひとすくいだけ土をかけた。膝がうまく曲がらなくて、息子さんが肘を支えていた。


日が、当たるんだよ、と言っていた。


わたしはその日の朝、東の尾根を見た。木が伸びたので、日の出る場所は、二十年前とは少し違って見えた。当たるのは当たる。ただ、前より遅い。


紙やすりをかけ終わって、柄を手で触った。まだ少しざらついていた。


もう一度かけた。


朝のうちに道具を出した。スコップと、シートと、軍手と、竹の箆。箆は和倉さんが持ってきたもので、土を落とすのに使うのだという。


袋も持ってきた。


白い布の袋だった。口をしぼる紐がついている。思ったより小さかった。


「これに入れるんですか」


「入れます」


「壺のままでは」


「壺のままだと、場所を取りますので」


和倉さんは袋の口を開いて、中を見せた。何も入っていなかった。


「名前は、書かないんですか」


「書きません」


「書いても」


「書いても、同じです」


和倉さんは袋を閉じた。


「入れてしまえば、分けられませんから」


九時に、上の段へ上がった。


雨は前の日にやんでいた。土は湿っていて、スコップがよく入った。


木の根を切らないように、東側から掘った。二十年前に、わたしがずらして掘ったところである。ずらした分だけ、いまも東にある。


三十センチほどで、土の色が変わった。


そこから先は、手でやった。軍手の上から、指で土を分けた。


蓋が出た。


白かったものが、茶色くなっていた。上に土が乗っている。箆で少しずつ落とした。落とすと、また出てくる。溝のところには、どうやっても残った。


和倉さんが上から見ていた。


「そのくらいで」


そう言われたので、やめた。


壺を両手で持って、上げた。


思ったより重かった。土が中に入っているのかもしれないと思ったが、そうではなかった。壺そのものの重さである。


シートの上に置いた。


和倉さんが短くお経をあげた。ほかには誰もいなかった。下の段に参りの人が一組いたが、上までは来なかった。


読み終わって、和倉さんが蓋を開けた。


わたしは袋の口を広げて、持っていた。


和倉さんは、壺を少し傾けた。


音がした。


乾いた音だった。砂利を袋に入れるときの音に似ていたが、それよりは軽かった。音が一度途切れて、また少し鳴って、終わった。


和倉さんが壺を立てて、底のほうを箆でさらった。もう一度、短い音がした。


「閉めてください」


わたしは紐を引いた。


布が寄って、口が閉じた。


袋を持ち上げるとき、両手でやるつもりだったが、片手で持ち上がった。


袋に移すと、思ったより軽かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。