第四章 二十年
二年目になると、区画がぽつぽつ埋まりはじめた。
埋まる、というのは、人が入るという意味ではない。使用の許可が出て、札に名前が入るという意味である。名前が入っても、骨はまだ来ない。生きているうちに決めていく人のほうが多かった。
和倉さんは、そういう人のことを、お元気なうちに、と言った。
春に、規則が刷り直された。
それまではパンフレットの裏に小さく印刷してあったのだが、別の紙に起こして、A4で四枚になった。和倉さんがそれを事務所に持ってきて、机に置いた。
「読んでおいてください」
「はい」
「聞かれることがあります」
わたしは昼に読んだ。字は大きくなっていたが、中身はよくわからなかった。わからないところに鉛筆で線を引いておいた。
次に和倉さんが来たとき、線を引いたところを見せた。
八条だった。
(個別埋蔵の期間)
第八条 個別埋蔵の期間は、使用許可の日から二十年とする。
2 前項の期間を経過したときは、焼骨を共同埋蔵施設に移して埋蔵する。
3 第一項の期間は、焼骨を埋蔵した日からではなく、使用許可の日から起算する。
「ここ、二十年で終わるってことですか」
「個別のところは、終わります」
和倉さんは自分の分の紙を出した。同じところを開いた。
「木の下に、ひとりずつ埋めてありますね。あれが二十年です。二十年たったら、掘り上げて、共同のほうへ移します」
「共同」
「下の段に、大きいのを作ります。そこへ入れます」
「みんな一緒にですか」
「一緒になります」
わたしは三項を指した。
「これは、どういう意味ですか」
和倉さんは眼鏡を上げた。
「数えはじめる日のことです」
「はい」
「骨を入れた日からではなくて、許可を出した日から数えます」
わたしは言われたことを、もう一度自分の頭の中で並べ直した。
「じゃあ、先に決めておいた人は」
「早く始まります」
「早く終わる」
「そうなります」
和倉さんは紙を置いた。
「不公平に見えますか」
わたしは答えられなかった。見えます、とも、見えません、とも言えなかった。
「わたしも、最初はそう思いました」
和倉さんはそう言って、少し笑った。笑ったといっても、口の端が動いただけだった。
「ただ、入れた日から数えることにすると、いつまでたっても始まらないんです」
「始まらない」
「ええ。決めたまま、入らないかたもいます。ご家族が遠いとか、いろいろありまして。そうすると、その区画は、いつまでも空いたまま押さえられていることになります」
わたしは上の段を思った。札が立っていて、名前が入っていて、下に何も入っていない四角がいくつもあった。
「だから、許可の日から数えます。そう書いてあります」
「書いてありますね」
「書いてあることが、いちばん公平なんです」
和倉さんは紙を四つに折って、鞄に入れた。
「不親切ではあります」
そう言って、帰っていった。
最初の骨が入ったのは、六月だった。
橋詰さんの奥さんだった。
前の年の夏に一度来たきりで、そのあと入院したのだと、橋詰さんが電話で言った。電話の声は、ふつうだった。
穴はわたしが掘った。
和倉さんに、どのくらいですかと聞いたら、寸法を紙に書いてくれた。深さと、幅と、木の根から離す距離が書いてあった。そのとおりに掘った。上の段の土は、下の段より石が多い。スコップが何度もつかえた。
当日は晴れた。
集まったのは五人だった。橋詰さんと、息子さんらしい人と、その奥さんと、小さい子がひとり。あとはわたしである。和倉さんが麓から上がってきて、六人になった。
読経のあいだ、わたしは少し離れて立っていた。子どもが途中で退屈して、木のあいだを走った。誰も止めなかった。
骨壺は、白い布に包んであった。橋詰さんが両手で持って、穴のところまで運んだ。
しゃがむときに、膝がうまく曲がらないようだった。息子さんが肘を支えた。
穴に入れて、橋詰さんは手を離した。離してから、しばらくそのままでいた。
「日が、当たるんだよ」
誰に言うともなく、そう言った。
「ここは、いちばん先に当たるんだ」
わたしは土をかけた。
はじめのひとすくいだけ、橋詰さんがやった。あとはわたしがやった。スコップの音が、思ったより大きく響いた。
平らにならして、上に落ち葉を少し戻した。和倉さんが、そうしておくと馴染みます、と言ったからだった。
帰りぎわ、橋詰さんが事務所に寄った。
「あんた、掘ってくれたんだね」
「はい」
「ありがとう」
そう言われて、わたしは、いいえ、と言った。ほかに言うことが思いつかなかった。
橋詰さんは、そのあと毎月来るようになった。第二日曜と決めていたらしく、いつも同じ曜日だった。手桶を借りて、水をやって、十分ほどいて帰る。
加瀬さんが来たのは、その年の秋だった。
軽のワゴンで来た。運転していたのは本人で、六十八だと、あとで書類を見て知った。背は低くて、髪をうしろで結っていた。
「ひとりで決めに来たんです」
そう言って笑った。
「娘に言うと、そんな話はやめてって言うから」
わたしは上の段へ案内した。坂を上がるのが速い人だった。途中でわたしが息を整えているあいだに、先に行ってしまった。
上まで来て、加瀬さんは首をめぐらせた。
「ああ」
そのあとに何か続けるかと思ったが、続けなかった。
わたしはいつものように言った。
「ここなら、空が見えます」
「見えますねえ」
加瀬さんは麓のほうを指した。
「あそこ、川ですか」
「川です」
「橋が見える」
「見えます」
「へえ」
加瀬さんは、そのまましばらく麓を見ていた。それから振り返って、札の並びを見た。
「これ、みんなもう決まってるんですか」
「決まっているのもあります」
「まだ、誰も入ってないんでしょう」
「入っているかたも、少しいます」
加瀬さんは、そうなの、と言った。
それから、いちばん西の端の区画のところへ行った。木が一本立っていて、そのそばだった。
「ここは」
「まだです」
「ここにします」
早かった。わたしは一度、事務所でお茶をどうぞと言った。加瀬さんは飲んで、それからパンフレットと規則を持って帰った。
書類は、十月にできた。
わたしが山で渡した。加瀬さんは老眼鏡をかけずに読んだ。目はいい人らしかった。
読んでいる途中で、顔を上げた。
「二十年って書いてある」
「はい」
「二十年たったら、どうなるんですか」
わたしは八条を思い出しながら言った。
「下に共同のところを作ります。そちらへ移します」
「移す」
「はい」
「みんなと一緒に」
「一緒になります」
加瀬さんは、ふうん、と言った。嫌そうではなかった。
「そのほうがいいかもしれないね」
「そうですか」
「ひとりは長いもの」
加瀬さんは紙をめくった。三項のところで、指が止まった。止まったように見えたが、読んだかどうかはわからなかった。
紙を封筒に戻して、加瀬さんは膝の上に置いた。
外で、木の葉が鳴っていた。その年に植えた木は、まだ細かった。
「二十年」
加瀬さんはもう一度言った。
それから、窓の外を見た。
二十年は、長いですね、とその人は言った。




