第二章 許可
電話が来たのは、その年の十一月だった。
清明院の和倉と申します、と相手は言った。麓の寺だった。名前は知っていたが、行ったことはなかった。
霧生台の土地のことで、というので、買取の話かと思った。そう言うと、和倉さんは少し黙って、買うのではありませんと言った。
「お借りしたいんです」
会ったのは次の日曜だった。
和倉さんは軽自動車で来た。作務衣ではなく、普通の上着を着ていた。六十ぐらいに見えた。玄関先でと言ったが、妻が上げてしまったので、居間で話すことになった。
和倉さんは鞄から紙を出して、畳の上に広げた。
霧生台の図面だった。入口の看板にあったのと同じ形のものが、きれいに印刷されている。四角が並んでいて、番号が入っている。そのうちの何十かが、鉛筆で薄く囲んであった。
「このあたりを、お借りできないかと思っています」
わたしの五の四と五の五は、囲みの中に入っていた。
「墓地にします」
そう言われて、すぐには何も浮かばなかった。浮かばないまま、はあ、と言った。
「石は立てません。木を植えて、その下に埋める形です。樹木葬といいます」
和倉さんは図面の端を指でおさえた。紙が畳の目で滑るからだった。
「石を立てないんですか」
「立てないものが、増えてきまして」
それから和倉さんは金額を言った。
一区画あたり月いくらで借りたい、そのかわり期間は長くしてほしい、と言った。長くというのは何年ですかと聞いたら、三十年でと言われた。
わたしは天井を見た。妻は台所にいて、こちらを見ていなかった。
「三十年」
「短くはできます。ただ、短いと、こちらが許可をいただけません」
その言い方が引っかかった。
「許可というのは」
「市の許可です。墓地は、勝手には作れませんので」
和倉さんは鞄からもう一枚出そうとして、やめた。
「そのあたりは、市に聞いていただいたほうがいいと思います。わたしが言うと、こちらの都合のいいようにしか聞こえませんから」
金曜に市役所へ行った。
生活衛生課という札の出ている窓口で、霧生台のことでと言うと、奥から若い男の人が出てきた。戸畑と名乗った。三十そこそこに見えた。
用件を言うと、戸畑さんは一度席に戻って、紙を持って来た。ホチキスで留めたコピーだった。
「これが審査基準です。差し上げます」
わたしは受け取って、めくった。字が小さかった。
「わたしが読みますね」
戸畑さんは自分の分をめくって、指で行を押さえた。
一 経営主体
(1)経営主体は、原則として市町村等の地方公共団体でなければならない。
(2)これによりがたい事情がある場合であっても、宗教法人又は公益法人等に限るものとする。
「ここまでで、いいですか」
はい、と答えた。
「つまり、墓地を経営できるのは、市町村か、宗教法人か、公益法人です」
「個人は」
「原則として、できません」
戸畑さんは紙をめくった。
「例外はあります。山の中で、人里から遠く離れていて、近くに墓地がまったくなくて、新しく作る必要がある場合。そういうときには、個人でも認められることがあります」
わたしは霧生台のことを考えた。山の中ではある。人里から遠いかというと、車で二十分だった。近くに墓地はある。久世さんの家から見えるところに、麓の共同墓地がある。
「うちは、だめですね」
「だめだと思います」
戸畑さんは言い方を変えなかった。気の毒そうにもしなかった。
「なぜだめなんですか」
聞いてから、意地の悪い聞き方になったかと思った。戸畑さんは気にしたふうがなかった。
「理由は、書いてあります」
またページをめくった。今度は後ろのほうだった。
「墓地等の経営については、その永続性と非営利性が確保されなければならない。——こう書いてあります」
「永続性」
「はい」
「ずっと続く、ということですか」
「そうです」
戸畑さんはコピーを閉じた。
「墓地は、いちど作ると、やめられないんです。やめられないものを、いつなくなるかわからない人に持たせるわけにはいかない、ということだと思います」
いつなくなるかわからない人、というのは、わたしのことだった。
そう言われて、腹は立たなかった。そのとおりだと思った。わたしは四十で、父は六十八で死んでいた。
「宗教法人なら、なくならないんですか」
「なくならないことになっています」
戸畑さんはそう言って、少し口を結んだ。それから、窓口の外のほうを見た。
「なくならないことに、なっています」
同じことを二度言ったのが、そのときはよくわからなかった。
帰りに麓を通ったので、共同墓地の前で車を停めた。
石が並んでいた。古いものと新しいものが混ざっていて、花が挿してあるものと、挿していないものがあった。挿していないほうの筒には、枯れたものが立ったままになっていた。
墓地は、いちど作るとやめられない。
そう言われてから見ると、そういうふうに見えた。
年が明けて、和倉さんから電話が来た。
市への書類を出すので、土地の貸し借りの証をつけたい、ということだった。わたしは印鑑を持って清明院へ行った。
判を押したあと、和倉さんがお茶を出してくれた。
「お願いがもうひとつあります」
「はい」
「あの山を、見ていただけませんか」
草を刈って、道の草を払って、人が来たら案内する。そういう仕事だという。寺からは遠いので、近くに人がいないと困る、と和倉さんは言った。
給料の額を、和倉さんはその場で言った。安くはなかったし、高くもなかった。額を先に言う人だった。
「わたしの土地なのに、わたしが雇われるんですね」
言ってから、言わなければよかったと思った。
和倉さんは湯呑みを置いた。
「そうなります」
そう言っただけだった。
引き受けます、と答えた。
家に帰って、妻に話した。妻は洗い物をしていて、水を止めてから振り返った。
「山の番人」
「番人てことはない。草刈りだ」
「お給料が出るんでしょう」
「出る」
「じゃあ、番人じゃない」
何が違うのかわからなかったが、妻はそれで機嫌がよくなった。
夜、市でもらったコピーをもう一度読んだ。行を目で追ったが、戸畑さんに読んでもらったところしか頭に入らなかった。
わたしはその紙を、権利証と納税通知書の入っている引き出しに入れた。
引き出しは、また少しふくらんだ。
春に、山へ行った。
測量の人が入っていて、赤と白の棒が何本も立っていた。杭のところに新しいテープが結んである。道の草は、業者が刈ったらしく、根元から刈られていた。刈ったあとの匂いがしていた。
久世さんが道に出ていた。
「なんだね、あれは」
わたしは説明した。寺が借りること。木を植えて、その下に埋めること。石は立てないこと。
久世さんは棒のほうを見ていた。長いあいだ見ていた。
「墓か」
「墓です」
「ここが」
「ここがです」
久世さんはタオルで首を拭いた。それから、鼻から息を出した。
「駅より、いいんじゃないの」
わたしは返事をしなかった。久世さんは怒っていなかったし、笑ってもいなかった。
「増えるかい」
「何がですか」
「人が」
そのとき、どう答えるのが正しいのかわからなかった。
「増えると思います」
「そうかい」
久世さんはうなずいて、自分の家のほうへ戻りかけた。途中で止まって、振り返った。
「なんで寺なんだ。あんたの土地だろう」
わたしは市でもらった紙のことを思い出した。字は覚えていなかったが、戸畑さんの声は覚えていた。
「わたしでは、できないそうです」
「なんで」
わたしは少し考えた。
「永続性、というのがいちばん大事なんだそうです」




