第十二章 あて所に尋ねあたりません
八月に、和倉さんが台帳の写しを持ってきた。
「十月に、期間が満了する区画があります」
わたしは番号を見た。
B区の四番だった。上の段の、いちばん西の端である。木が一本立っているところだった。
使用者 加瀬 ふみ
使用許可年月日 平成十七年十月十九日
埋蔵年月日 令和五年七月十五日
「二年前の、あのかたですか」
「そうです」
わたしは、紙の上の二つの日付を見た。二年前に、自分で書き入れたものである。
「お知らせを出します」
和倉さんは、下書きを持ってきていた。個別埋蔵の期間が満了するので、規則に従って共同埋蔵施設へ移すという内容である。日にちの候補が三つ書いてあった。
いちばん下に、回答の欄があった。
立ち会われますか、という問いに、はい、いいえ、と印刷してある。どちらかに丸をつけて、名前を書いて、判を押して、返信用の封筒で返してくださいとある。
「立ち会われるかたは、多いんですか」
「半分ぐらいです」
「あとの半分は」
「お返事だけいただきます」
和倉さんは下書きを畳んだ。
「返事もないかたも、たまにあります」
八月の終わりに、封書を出した。
宛先は、二年前に佐知子さんが書いていった住所である。市内ではなかった。隣の市の、マンションらしい住所だった。
九月の頭に、戻ってきた。
寺に戻ったものを、和倉さんが山まで持ってきた。封筒は、出したときのままの形をしていた。ただ、表に赤いものが押してあった。
あて所に尋ねあたりません
字は、そういう字だった。四角い枠の中に入っている。
枠の下に、郵便局の日付の印が押してあった。八月三十日である。
「転送は」
「されませんでした。転送の届けは、一年で切れますので」
和倉さんは封筒を裏返した。糊がついたまま、開いていなかった。
「二年前は、届いていたんですね」
「届いていました。管理料も、その年の分はいただいています」
「去年は」
和倉さんは綴りをめくった。
「去年から、止まっています」
わたしは、二年前の夏のことを思った。
佐知子さんは事務所の椅子に座って、湯呑みを両手で持っていた。子どもが二人、外の水道で水を出したり止めたりしていた。振込のやつは封筒に入っていました、と言っていた。
「電話は」
「かけました」
和倉さんは、そこで少し口を結んだ。
「使われていない番号だと言われました」
わたしは、台帳の紙をもう一度見た。電話の欄には、携帯の番号が書いてある。二年前の字である。
「かけてみても、いいですか」
「どうぞ」
事務所の電話でかけた。
呼び出し音は鳴らなかった。女の人の声で、お客様のおかけになった電話番号は現在使われておりません、と言った。もう一度言った。
わたしは受話器を置いた。
「携帯は、番号が変わりますから」
和倉さんは、そう言った。責めるふうでも、かばうふうでもなかった。
「お子さんが、二人いました」
「そうでしたか」
「上が中学生ぐらいで、下が小学生でした。二年前です」
和倉さんは、うなずいた。それだけだった。
九月の三連休に、隣の市まで行った。
用事があったわけではない。ホームセンターがそちらにあって、杭の釘を買うつもりだった。ついでに、と思った。
住所は、台帳の写しを控えてきた。
マンションは、駅から歩いて十五分ほどのところにあった。五階建てで、外の階段が見えている古いものである。前に自転車が並んでいて、半分ほどは埃をかぶっていた。
集合ポストを見た。
四十いくつの口が並んでいる。名前の入っているものと、入っていないものがあった。入っているもののほうが少なかった。
加瀬、という名前は、なかった。
部屋番号は控えてきていた。三階の、いちばん端である。
階段を上がった。上がりながら、上がってどうするのかと思った。
三階の廊下は外に面していて、風が通った。いちばん端の部屋の前まで行った。
表札は出ていなかった。
ドアの横に、小さい窓がある。すりガラスで、中は見えない。電気がついているかどうかも、わからなかった。
新聞受けには、何も入っていなかった。
チラシもない。ということは、誰かが取っているということかもしれないし、そもそも入れられていないということかもしれない。わたしには、判断がつかなかった。
呼び鈴は、押さなかった。
押して、出てきた人が知らない人だったとして、何を聞くのかがわからなかった。出てきたのが佐知子さんだったとしても、同じである。
わたしは霊園の人間ではあるが、封書を出したのは寺である。
三分ほど立って、降りた。
降りる途中で、二階の人とすれ違った。買い物袋を提げた若い男の人で、こちらを見なかった。
ホームセンターで釘を買った。
帰りの車の中で、あの廊下の風のことを思い出した。よく通る廊下だった。
九月の半ばに、寺でもう一度話した。
わたしは、去年のことを思い出しながら聞いた。
「立札は、いつ立てますか」
和倉さんは、顔を上げた。
「立てません」
「立てない」
「今度は、立てません」
わたしは、意味がわからなかった。
「連絡がつかないのは、同じですよね」
「同じです」
「去年は、一年立てました」
「立てました」
和倉さんは、規則の綴りを出した。八条のところを開いた。
第八条 個別埋蔵の期間は、使用許可の日から二十年とする。
2 前項の期間を経過したときは、焼骨を共同埋蔵施設に移して埋蔵する。
「去年のは、縁故のかたがわからなくなった区画でした。あれは、無縁の手続きです。官報に出して、立札を一年立てて、それから市の許可をもらいます」
「はい」
「今度のは、違います」
和倉さんは、指で二項を押さえた。
「期間が満了したので、規則のとおりに移すだけです」
「許可は」
「要りません」
「公告も」
「要りません」
わたしは、八条を読んだ。読んでも、書いてあることは変わらなかった。
「待たなくていいんですか」
「待ちません」
和倉さんは、綴りを閉じた。
「書いてありますから」
十月十九日は、日曜だった。
和倉さんは、十月二十六日にしましょうと言った。前の週は寺の行事があるからだという。
わたしは、その一週間のことを考えた。
十九日から二十六日までのあいだ、B区四番は、期間の過ぎた区画である。書いてあることからいえば、もう共同にいるはずの人が、まだ木の下にいる。
そのことに意味があるのかどうか、わたしにはわからなかった。
十九日の日曜は、山へ行った。
休みだったが、行った。草はもう伸びない季節である。上の段まで上がって、B区四番の前に立った。
木は、二十年で太くなっていた。加瀬さんが選んだときには、細かった。あのとき加瀬さんは、坂を上がるのが速くて、わたしが息を整えているあいだに先に行ってしまった。
川ですか、と聞かれた。橋が見えると言われた。
その日は曇っていて、川は光っていなかった。
わたしは十分ほどいて、降りた。
誰も上がってこなかった。
事務所に入って、B区四番の綴りを出した。
戻ってきた封筒は、綴りに挟んである。赤い枠と、郵便局の日付の印。開けていないので、中の紙は入ったままである。
わたしは封を切った。
切ってはいけないものではない。こちらが出して、こちらに戻ってきたものである。
中から、出した紙を出した。
自分で刷って、自分で折って、自分で入れたものだった。折り目も、入れたときのままだった。
いちばん下に、回答の欄がある。
立ち会われますか。はい。いいえ。
どちらにも、丸はついていなかった。
名前の欄は、白かった。
その右に、小さい四角がある。印、と書いてある。
判は、押されていなかった。




