第十三章 区画
十月二十六日は、晴れた。
風はなかった。上の段の木は、葉が半分ほど落ちていて、下が明るくなっていた。
九時に上がった。道具は前の日に洗ってある。
和倉さんが来て、二人で始めた。ほかに誰もいなかった。
B区四番は、西の端である。木の根が張っていて、掘りにくい。二年前も、根を避けて東へずらした。ずらしたところを、また掘った。
土は乾いていた。スコップがよく入らないので、途中から鍬に替えた。
三十センチほどで、色が変わった。
そこからは手でやった。軍手の上から指で分けると、蓋が出た。白かったものが茶色くなっている。箆で落とした。溝のところには残った。
壺を上げた。
二年しか入っていないので、まだ新しかった。橋詰さんの奥さんのときとは、手ざわりが違った。
シートの上に置いて、和倉さんが短くお経をあげた。
読み終えて、蓋を開けた。
わたしは袋の口を広げて、持った。和倉さんが壺を傾けた。
音がした。
乾いた音である。今度は、途中で途切れなかった。ひと続きに鳴って、終わった。
和倉さんが底をさらって、もう一度、短く鳴った。
「閉めてください」
紐を引いた。布が寄って、口が閉じた。
持ち上げると、片手で持ち上がった。
下ろして、共同のところを開けた。
蓋を二人でずらすと、中が見えた。白い袋が、奥から詰めて並んでいる。十月に六つ入れたので、手前の列が埋まりかけていた。
和倉さんが上半身を入れて、左から数えて、置いた。置いてから、少し直した。
蓋を戻した。石が石に当たる音がして、それきりになった。
事務所で台帳をつけた。
十 令和七年十月二十六日 B区 四番
もとの墓所の欄には、書くことがあった。四番と書いた。
名前を書くところは、ない。
翌日、B区四番を埋め戻した。
土を戻して、踏んで、落ち葉を散らした。木はそのままにした。根を切っていないので、枯れない。
札を抜いた。
加瀬ふみと入っている小さい板である。抜いて、事務所の裏へ持っていった。
去年抜いた立札が、壁に立てかけてある。字の書いてあるほうを壁に向けてある。その隣に、札を並べて置いた。
十一月に、和倉さんから電話があった。
「B区の四番ですが」
「はい」
「募集に戻します」
わたしは、事務所の窓から上の段のほうを見た。窓からは木の下しか見えない。
「あの木は、残すんですね」
「残します。いい木です」
そのとおりだった。上の段でいちばん太い木である。
「札は、新しくしますか」
「新しくします」
そう言って、和倉さんは電話を切った。
見に来た人があったのは、十一月の第三日曜だった。
夫婦だった。六十を少し越したぐらいで、二人とも背が高かった。車は白いワゴンだった。
「新聞に出ていたので」
折り込みのチラシを持っていた。
わたしは先に立って歩いた。木の並びのあいだを通って、上の段まで上がった。
上まで来て、二人が顔を上げた。
上げたところで、止まった。
葉が落ちているので、麓までよく見えた。畑と、家と、川と、道路。その手前に四角い林がある。
わたしは言った。
「ここなら、空が見えます」
奥さんのほうが、見えますねえ、と言った。
二人は札の並びを見ながら歩いた。空いているところは三つあった。東の端に一つと、真ん中に一つと、西の端に一つである。
夫婦は、西の端で止まった。
木が一本立っているところだった。
「ここは、空いてるんですか」
「空いています」
「大きい木ですね」
「いちばん太いです。開いたときに植えたものです」
ご主人のほうが、木の幹に手を当てた。当てて、上を見た。
「二十年」
「二十年です」
「ちょうどいいな」
そう言って、笑った。
わたしも笑った。
書類は、十二月にできた。
わたしが山で渡した。事務所の椅子に座って、ご主人が老眼鏡をかけて読んだ。
読んでいる途中で、顔を上げた。
「これ、土地を買うんじゃないんですね」
「買うのではありません」
「使わせてもらうんだ」
「そうです」
ご主人は、また下を見た。
「二十年って書いてある」
「はい。そのあとは、下の共同のところへ移します」
「みんなと一緒に」
「一緒になります」
ご主人は奥さんのほうを見た。奥さんは、いいじゃない、と言った。
「ひとりは長いもの」
わたしは、どこかで聞いた言葉だと思った。思ったが、いつ誰に聞いたかは、出てこなかった。
戸畑さんが上がってきたのは、十二月の半ばだった。
寒い日で、事務所のストーブをつけていた。戸畑さんはコートを着たまま入ってきて、手をこすった。
「またお願いに」
「何柱ですか」
「今回は、お一人です」
戸畑さんは鞄を開けて、書類を出した。市の様式である。いちばん上の枠が白い。
それと、コピーをもう一枚出した。
「これが、告示です」
机に置いて、こちらへ向けた。
行旅死亡人の告示
本籍・住所・氏名 不詳
性別 女性
推定年齢 四十歳から五十歳位
身長 約一五五センチメートル
体格 やせ型
着衣 黒色上着、黒色ズボン、白色運動靴
所持品 布製手提袋、茶色封筒一通、鍵一本、
小銭入れ(現金千二百四十円)
発見場所 本市〇〇地内
発見日時 令和六年十一月 日
死亡推定日時 同日
死亡原因 不詳
右の者について、心当たりのある方は、当市までお申し出ください。
わたしは、上から順に読んだ。
途中で、目が止まった。
白色運動靴、と書いてある。
「運動靴ですか」
「はい」
「歩く人だったんですかね」
戸畑さんは、紙のほうを見た。
「そこまでは、わかりません」
わたしは、山の坂のことを考えた。ここへ上がってくる人は、たいてい革靴かサンダルである。運動靴で来る人は、少ない。
そういうことを考えても、意味はなかった。
もう一度、上から読んだ。
「封筒は」
「はい」
「中に、何か入っていたんですか」
戸畑さんは、コピーを指でたどった。上から下まで一度たどって、止めた。
「そこまでは、書いていません」
「書いてないんですか」
「書いてあるのは、その人を知るのに必要なことだけです」
前にも聞いた言い方だった。
「必要なことだけ、ですか」
「そうです」
わたしは、紙を戸畑さんのほうへ返した。
戸畑さんは受け取って、鞄に戻した。
「一年、待たれるんですか」
「待ちました」
「待ったんですか」
「去年の十一月です。一年経ちました」
わたしは、数え違いをしていた。発見の日付を見ていたつもりで、年を見ていなかった。
読み返さなかった。
入れたのは、その週の土曜だった。
袋は市から来た。白い布で、うちで使っているものと同じ形だった。同じところが作っているのかもしれない。
和倉さんが短くお経をあげた。ほかには誰もいなかった。
蓋をずらして、和倉さんが置いた。
戻して、台帳をつけた。
十一 令和七年十二月二十日 ——
もとの墓所の欄は、線を引いた。
市の様式のほうも書いた。火葬の年月日と、引受の年月日を入れた。
いちばん上の枠は、白いままにした。
その日は、日が落ちてからも事務所にいた。
ストーブを消すと寒いので、つけたままにして、机の引き出しを開けた。
いちばん下に、方眼紙が一枚入っている。
仕事を始めた年に、入口の古い看板を写したものである。色が抜けて読めないところは、飛ばしてある。四角が並んでいて、番号が入っている。四百七十二ある。
写したあと、しばらく使っていなかった。
使うようになったのは、十年ほど前からである。上の段や下の段の区画が、もとの分譲地のどこに当たるのかを、赤い鉛筆で書き込むようになった。数える必要があったわけではない。仕事の合間に、なんとなく始めた。
わたしは赤鉛筆を出して、書き足した。
B区の四番は、もとの十一番地の六に当たる。
A区の一二番は、もとの八番地の二である。
書き足して、紙を明かりのほうへ寄せた。
赤で囲ってある四角が、上のほうにかたまっている。かたまりは、年々下へ広がっていた。白い四角は、下のほうと、西の外れに残っている。
数えなかった。
数えるものではないと思った。
紙のいちばん上の、右から二つ目と三つ目に、五の四、五の五と入っている。
父が昭和四十九年に買った二つである。
五の四は、赤で囲ってある。A区の二一番になっていて、札には別の人の名前が入っている。入ったのは、三年前だったと思う。
五の五には、まだ何も書いていない。
囲ってはある。貸してあるからである。ただ、番号が振られていない。区画にはなっていない。
わたしは赤鉛筆を置いた。
引き出しに戻して、閉めた。引き出しは、いつのころからか、力を入れなくても閉まるようになっていた。中のものが減ったわけではない。木が乾いたのだと思う。
ストーブを消した。
外は暗かった。転回場から下は、街灯が二本しか点かない。あとは切れたままである。上の段のほうは、何も見えなかった。
車に乗る前に、一度だけ上を見た。
木のあいだに、空が出ていた。
二番目の区画は、まだ空いている。




