第五話 二人目の傀儡
大手新聞社やテレビ局が連日発表する世論調査の数字は、もはや統計データとしての意味を成さないほどに冷徹な急降下を記録していた。スキャンダル報道が火を噴いて以降、洗井内閣の支持率、そして政友党の政党支持率は、底なし沼のように下落の一途を辿っていた。一度嵌まれば自力では這い上がれない泥濘のなかで、政権の命脈は確実に尽きかけようとしている。
世論の怒りは頂点に達し、永田町を囲むデモ隊のシュプレヒコールは連日、官邸の厚い防弾ガラスを震わせていた。何重もの遮音構造を透過して響くその地鳴りのような怒声は、執務室にこもる者の精神を確実に削り取っていく。それでもなお、洗井は自身の保身だけを目的とし、総理の椅子にしがみつく続投姿勢を崩しようとしなかった。
一九八九年に通産省に入省し、貿易経済協力局貿易管理課調査官を最後に退官、政界へ転じた洗井にとって、この地位こそがエリートとしての自尊心の拠り所だった。筑西市の旧協和町出身で、茨城一区から出馬しながらも、毎回対立候補に比例復活を許すという選挙基盤の弱さゆえに、一度この座を手放せば二度と戻れない、それどころか次の選挙でさえ危ういという恐怖が、彼を盲目にさせていたのだ。
だが、権力という城の石垣は、内側から音を立てて崩れ去ろうとしていた。組織の崩壊は、常に中央ではなく末端の蜂起から始まる。
まず動いたのは地方だ。党本部に対し、洗井の地元・茨城県を除く四十六都道府県連から、異例の「総裁選前倒し」を求める要求書が叩きつけられた。
そして、洗井にとって最後の頼みの綱であった地元の茨城県連、その幹事長までもが、テレビカメラの前で冷酷なトドメを刺した。無数のマイクを向けられた地元の重鎮は、視線を泳がせることもなく、淡々と、しかし決定的な言葉を口にした。
「……何とか支えたい気持ちもあるが、党員の声をしっかりと受け止めたい。県連としては特に、洗井さんを支える、出直し総裁選になったとしても、洗井さんを頼むという運動をするつもりは一切ない」
事実上、全国すべての地方県連から「NO」を突きつけられた瞬間だった。
結果的に洗井内閣として最後となる閣議の直前。
部屋の空気は、死にゆく者の病室のように淀み、重かった。差し込む光さえも、この部屋の陰惨な気配を払うことはできない。洗井の顔にはもはや生気がなく、極度のストレスで頬は痩せこけ、目の下にはどす黒い隈が張り付いているりかつて阿田の中高、大学の同期としてエリート街道を歩んでいた男のプライドは、見る影もなく粉砕されていた。
官邸の駐車場に、いつものように『品川 934 あ ・・68』のナンバーをつけたアルファード Executive Loungeを滑り込ませ、執務室に足を踏み入れた石橋は、洗井と向き合っていた。
「出処進退は、ご自身で決断された方がいい。これ以上醜聞が出ても、あなたのためにならない」
石橋は、いつものように穏やかな、しかし絶対零度の冷たさを孕んだ声で静かに告げた。
その言葉は引導だった。だが、洗井は血走った目で石橋を睨み返し、すがるように吠えた。
「石橋さん! あなたは独立した党内組織——参議院政友党の幹事長でもあるが、同時に私の内閣の官房長官でもあるはずだ! 内閣のために汗をかかれるおつもりはないのですか!」
沈黙が落ちた。高級な絨毯が室内のすべての音を吸い込み、時計の針の音さえ聞こえない。
石橋がゆっくりと目を細める。平素の温和な好々爺の仮面が剥がれ落ち、その眼光に、これまで決して見せることのなかった明確な『怒り』が滲んだ。群馬県宝女子村の村議から県議を経て、参議院群馬選挙区で当選三回を数えるまでに這い上がってきた「参議院のドン」の本性が、鎌首をもたげた瞬間だった。
「俺はアンタに相談じゃなくて、通達をしてるんだ」
石橋の声色が、低く、ドス黒く響いた。二人称が『あなた』から『アンタ』へと変わったその瞬間、洗井は自身の心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥った。
「アンタはもう、用済みなんだよ」
吐き捨てるようにそう言い残し、石橋は踵を返して執務室を出て行った。「参議院を笑う者は参議院に泣く」——それが石橋の口癖であり、彼が永田町で絶対的な権力を握るに至った鉄則だった。参議院の力を軽視し、内閣の体裁だけに拘泥した洗井の敗因は、その一言に集約されていた。重厚なドアが閉まる音が虚しく響いた後も、洗井は革張りの椅子に深く身を沈めたまま、微動だにできなかった。まるで、自分が座っている椅子の床が消え去り、底なしの暗闇へと真っ逆さまに落ちていくような強烈な目眩に、彼はただただ耐えるしかなかった。
直後の閣議。
円卓についた自身以外の全閣僚から、次々と死刑宣告が読み上げられた。
「総裁選前倒しに賛成する」
「署名を党本部に提出する」
誰一人として、洗井と目を合わせようとはしない。全員が既にすでに洗井を見限っていた。
あくまで憲法上は、総理大臣がすべての閣僚を罷免し、一人で全閣僚を兼任する『一人内閣』を組織することは可能だ。その状態で衆議院を解散するという強硬手段もある。しかし、それはあくまで机上の空論。現実の政治でそれができるのか。解散を強行して、完全に孤立無援となった自分が選挙に勝てるのか——答えは明白だった。
その日、洗井理人は行政府の長たる内閣総理大臣の職を辞した。
最高権力者からの転落——世間はそう騒ぎ立てるだろうが、実態はひどく事務的で、無機質なものだった。そもそも、巨大な国家機関の歯車を回していたのは洗井ではない。彼は、石橋裕雄という妖怪が操縦するシステムの、一番目立つ場所に貼り付けられたただの「表紙」に過ぎなかったのだ。
スキャンダルの泥で汚れ、防波堤としての役割すら果たせなくなった表紙は、もはや用済みだ。本の中身である強固な支配構造は一切変えぬまま、古い表紙だけが冷徹に剥ぎ取られ、真新しいものへとすげ替えられる。
そこには権力闘争の熱も、悲劇的なドラマすら存在しない。血の一滴も流れない、極めて合理的で残酷な「不用品の廃棄」が完了した瞬間だった。
「予算委員会、流会……!?」
国会議事堂、第一委員会室。これからまさに質問に立とうと身構えていた天馬は、信じられない思いで手元のスマートフォンを睨みつけた。画面には『洗井首相、辞任の意向』という速報が冷酷に光っている。ひな壇に並ぶはずの閣僚たちの席は空のままで、議場は、不意打ちを食らって言葉を失った者たちが漏らす、意味を成さない重い吐息の連鎖に包まれていた。
「やられたな」
隣の席に座る野党議員が、忌々しげに吐き捨てた。「総理の辞任劇という特大のカードを切られてしまえば、国会は完全にストップする。天馬君、君が戸頃秘書官の件で党の暗部を抉るはずだった舞台は、たった今、根こそぎ吹き飛ばされたというわけだ」
石橋の緻密で冷徹なシナリオによって、洗井というトカゲの尻尾は切られ、戸頃の死という最も黒い闇は、政局の巨大なうねりの中に完璧に埋没させられたのだ。天馬は、今やただの空箱となった総理の椅子を鋭く睨みつけながら、周到に準備してきた質問原稿がクシャクシャになるほど、強く拳を握り締めた。
数日後。
洗井の後任として、新たな内閣総理大臣が誕生した。永田町の力学、否、“参議院のドン”は、傷ついた組織を修復するために、最も無害な細胞をトップに選んだ。
山屋太郎。東京都文京区出身、東京十区選出、当選五回。閣僚経験は環境大臣のみ。
長身でひょろりとした体格、甲高い声。永田町における彼の存在感は限りなく薄かった。彼が総理の座に担ぎ出された理由は、ただ一つ。「金銭スキャンダルと完全に無縁であること」。
それ以外に何の取り柄もない、神輿としては最高に軽く、石橋にとって都合のいい完璧な操り人形だった。
官邸の車寄せに、内閣総理大臣専用車のセンチュリーが滑り込む。ナンバープレートは『品川 931 か ・・12』。漆黒のボディが光を反射し、新しい主人の到来を告げる。
後部座席から降り立った山屋は、無数のフラッシュを浴びながら、ぎこちなく、しかしひどく嬉しそうに手を振った。
そのすぐ後ろを、山屋・新内閣でも当然のように続投を決めた内閣官房長官・石橋裕雄が歩いていた。満面の笑みを浮かべる新総理の背中に向けられた石橋の視線には、臣下としての恭順など微塵もない。それは、自らが作り上げた最高の人形を、背後から冷徹にコントロールする支配者の余裕だった。新しい表紙は、期待通りに軽薄で、扱いやすそうだった。
組閣当日。天馬は再び、海攻会館にある石橋の個人事務所へと呼び出されていた。
石橋は、湯気の立つ最高級の玉露を天馬の前に差し出し、まるで愛孫の成長を喜ぶ好々爺のような、慈愛に満ちた目で微笑みかけた。
「天馬ちゃん。今回の組閣でね、君を内閣府特命担当大臣として迎え入れたいと考えているんだ」
天馬の背筋に、冷たいものが走る。しかし、石橋の口から紡がれる言葉は、どこまでも温かく、美しかった。
「若いうちから閣内に入って勉強することは、君の将来にとって必ずいい経験になるはずだ。我が党の未来を担う君にこそ、政府のど真ん中で汗をかいてほしい。国民もきっと、それを望んでいるはずだ」
それは、息を呑むほど完璧な「綺麗事」だった。国家のため、そして何より天馬薫子という若手政治家の未来を思っての、親心に満ちた熱い打診。
だが、そのオブラートの中で蠢いているのは、ヘドロのようにドス黒い支配欲だ。「閣内に入る」ということは「閣内不一致の禁止」という鉄の足枷を嵌められることを意味する。大臣になれば、政府の不正を国会で追及することも、法案に造反して反対することもできなくなる。
天馬の牙を合法的にすべて抜き去り、自らの懐に閉じ込めて飼い殺す。相手を社会的に去勢する最悪の罠を、さも「君のための最高のプレゼント」であるかのように、満面の笑みで差し出してくる。
——ドス黒い本音を、美しい大義名分で幾重にも包み込む。これこそが永田町で頂点に君臨し続ける政治家・石橋裕雄の、背筋の凍るような「業」であった。
天馬は石橋の目をまっすぐに見つめ返し、一秒の躊躇もなく首を横に振った。
「お断りします。私は、あなたの人形にはならない」
石橋は一瞬だけ目を細めたが、すぐにまた好々爺の笑みに戻った。
「……そうか。若いのに、もったいないね。まあ、気が変わったら言ってくれ」
深追いはしない。その余裕すらも不気味だった。手駒の一つが思い通りに動かなくとも、盤面全体を支配しているという絶対的な自信が、石橋にはあった。
数日後、午後二時。日本の最高権力が集う場所、首相官邸四階の総理執務室。
主のいなくなった部屋に新たな住人が収まってから数日が経過していたが、部屋の空気は、洗井がいた頃の刺すような殺気とは異なり、まるでホルマリンに浸された標本室のような、無菌質の静寂に包まれていた。
重厚なデスクの後ろで、山屋は浅い息を繰り返していた。長身で細身の体躯は、特注の総理大臣専用の椅子に対してどこか収まりが悪く、彼自身が自分の居場所に気圧されているのが一目で分かった。
デスクから数メートル離れた位置にある、来客用の革張りソファ。そこに、石橋が腰掛けていた。
「総理、明日のぶら下がり取材の想定問答です。官房長官室のメンバーに作らせました。我々が全力でサポートいたしますので、ご安心を」
石橋は穏やかな、しかし一切の感情を排した声で、薄いクリアファイルをデスクの上に置いた。山屋はびくりと肩を揺らし、差し出された書類に目を落とした。
「あ、ああ……ありがとう、ございます。石橋さん。いや、石橋長官」
「お気になさらず。ここでは二人きりですから」
石橋は微塵も表情を変えない。その瞳は、内閣総理大臣という最高権力者を見つめているのではなく、精密に作られた機械の動作チェックをしている技術者のそれだった。不具合が起きないよう、事前に設定されたプログラムを流し込んでいるだけに過ぎない。
山屋は震える指先でページをめくった。そこには、記者から飛んでくるであろう質問と、それに対する「模範解答」が、一言一句狂わずに書き込まれていた。
「……あの、石橋長官」
山屋は上目遣いで、石橋の顔色を窺った。その仕草自体が、すでに彼が操り人形であることを証明していた。「この、景気対策についての回答なんですがね。少し、私の言葉というか……独自の色を出した方が、国民へのアピールになるんじゃないかと思うんです。例えば、『私が先頭に立って、不退転の決意で臨む』といったような、強い表現を少しだけ……」
言い終えるか終えないかのうちに、山屋の声は小さくなっていった。石橋が何も言わず、ただじっと自分を見つめていたからだ。その視線には、一片の温かみもなかった。
石橋は怒るわけでも、呆れるわけでもなかった。ただ、冷徹な論理を淡々と組み立てるように、静かに口を開いた。
「総理。現在の国民があなたに求めているのは、強いリーダーシップでも、独自の経済政策でもありません。『洗井前総理のような金銭スキャンダルがないこと』。それだけです。今の時期に総理が『不退転の決意』などと言葉を荒らげれば、メディアは必ず『具体策なき精神論』と叩きます。それは内閣の支持率にとって、明確なリスクとなります」
「それは……そうかもしれないですけど……あまりに官僚の作文を読んでいるだけだと、また操り人形などと揶揄されるのでは……」
山屋の声は完全に萎縮していた。
「揶揄させておけばよろしいのです」
石橋は事も無げに言った。「総理はただ、そこに『クリーンな存在』として座っていただければ、それで十分なのです。それが、政友党がこの危機を乗り越えるための、最も合理的かつ唯一の選択肢ですから」
それは、山屋という人間の人格や思考を根底から否定する言葉だった。だが、石橋のトーンがあまりにも客観的で、正論であるがゆえに、山屋は反論の言葉を見つけられなかった。
「……分かりました。」
山屋は力なく呟いた。
「賢明なご判断です、総理」
石橋は立ち上がり、完璧な角度でお辞儀をした。「それから、明日の記者会見のネクタイですが、いつも付けておられる水玉模様ではなく、紺と白のレジメンタルになさってください。誠実さをアピールするためです。また本日の昼食ですが、予定されていた幕の内弁当はキャンセルし、うどんを用意させました。時間が節約でき、打ち合わせに余裕が持てます」
「あ、ああ、ありがとうございます……」
箸の上げ下げから、身につけるものに至るまで、すべては石橋の手によってコントロールされていた。石橋が部屋を出て行き、重厚な扉が静かに閉まった瞬間、山屋は堰を切ったように激しいため息をついた。背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。彼は総理大臣という名の、最も安全で、最も不自由な無菌室の囚人だった。
同日、午後八時。参議院議員会館。天馬の自室。
「完全に、蓋をされちゃったわね」
自席のパソコンモニターから目を離した秘書の桂東が、苦り切った表情で肩をすくめた。
「洗井の辞任劇は見事としか言いようがないわよ。戸頃くんの死も、それに伴う裏金疑惑も、すべて『前内閣の膿』として処理されちゃったんだから。メディアの関心は新総理の山屋がどれだけクリーンか、っていう一点に絞られてる。この状況で質問の場が回ってきても、終わったスキャンダルを蒸し返すだけだと、こっちが世論の反発を食らうわよ」
八村も手帳を見つめたまま、重い口調で同意した。彼が記者として集めてきた情報も、巨大な政局の波にかき消されていた。
「石橋の手際が良すぎます。山屋という、突っ込みどころが『何もないこと』だけが取り柄の男をトップに据えたことで、我々の追及の刃がすべて空振りに終わるよう設計されている。天馬さん、どうします? このまま新内閣のボロが出るのを待ちますか?」
天馬は、二人の言葉を聞きながらも、視線を自身のデスクのパソコン画面から外さなかった。彼女の指先は、国会の過去の議事録データベースを高速でスクロールさせていた。
「いいえ。石橋が作った完璧なシナリオなら、そのシナリオの登場人物を調べるしかないわ。どんなに優れた脚本家でも、役者の過去までは書き換えられない」
「役者の過去? 山屋のこと?」桂東が怪訝そうに眉をひそめた。「あの男の身辺調査なら党の情報調査局でもやったけど、本当に何もないわよ。実家は文京区の裕福な家庭で、本人も当選五回の中で目立った役職は環境大臣だけ。金銭トラブルもなければ、派手な女性スキャンダルもない。ただの『無害な男』よ」
「スキャンダルがないのは分かってるわ」
天馬はスクロールを止め、画面のある一点を指差した。「私が注目しているのは、彼の『思想』。いえ、思想と呼ぶほど高尚なものではないけど。彼がかつて抱いていた、唯一の『執着』と言ってもいい」
桂東と八村が、天馬の肩越しに画面を覗き込んだ。それは今から十年前、山屋がまだ当選二回目だった頃の、衆議院総務委員会の議事録だった。
「これを見て」天馬が言った。「当時、山屋は企業・団体献金の規制について、異様なほど熱心に持論を展開しているの。それも、単なるお題目じゃない。代表者の監督責任を明記し、会計責任者が処罰された場合は代表者である政治家本人も公民権停止にする。さらに、パーティ券購入者の公開基準を五万円超にまで引き下げるべきだという、極めて具体的で踏み込んだ内容よ」
八村が首を傾げた。「しかし、それは十年前の発言でしょう? それに、今の山屋は石橋の言いなりだ。そんな過去の持論なんて、とっくに忘れているか、封印してるでしょう」
「ええ。石橋なら、山屋を担ぎ出す前に過去の著書や主要な演説、メディアでの発言はすべてチェックしているはず」天馬の目が、鋭い光を帯びた。「でも、どんなに緻密な石橋でも、十年前の、当時無名だった若手議員の、たった一度の委員会議事録の隅々まで目を通すことはしていないはず。これは、石橋の完璧な計算の中に生じた、やっと見つけた、ほんのミリ単位の死角」
「人間ってのはね、八村くん」桂東が腕を組みながら、ニヤリと笑った。「自分が『無能だ』と周囲から思われてるって感じる時ほど、過去に自分が一度だけ輝いた、あるいは正しいと信じた記憶に縋りたくなるものなのよ。石橋に飼い殺しにされてる今の山屋なら、なおさらね」
「私もそう思う」天馬は頷いた。「次の予算委員会、質問に立つ専さんにこの議事録を渡して。彼なら、石橋の目が届かない角度から、山屋の心の奥底にある信条を引っ張り出すことができるわ。企業・団体献金の厳格化やパーティ券の公開基準引き下げなんて、政友党の集金システムを根本から破壊する、石橋が絶対に許さないタブー。彼が完璧にコントロールしているつもりの操り人形が、もし自分自身の意思で喋り出したら……その瞬間、完璧な時計の歯車は狂い始める」
だが、天馬たちは知る由もなかった。山屋の過去が永田町に波乱を呼ぶのは事実であっても、それがやがて石橋裕雄という“令和の妖怪”を完全に覚醒させ、自分たちを底なしの絶望へと引きずり込む、最悪の引き金に過ぎないということを。




