第7章:送ってくれた夜道
朝、目が覚めた瞬間、由良はまず昨夜のやり取りを思い出す。いつもは景吾からのメッセージを待つだけだったのに、昨夜に限っては自分から送ったのだ。
「明日、少し早く会えないかな。話したいことがあって」
送信ボタンを押した直後、指先がわずかに震えていたことを由良はまだ覚えている。返信はすぐに届いた。短いけれど迷いのない「うん」という一言だった。
既読の表示がつくまでの数分間がやけに長く感じられたことも、由良は布団の中で思い返す。断られたらどうしようという不安が思っていたより大きかったことに由良自身が驚いた記憶だ。
朝、由良は普段より丁寧に身支度を整えた。景吾との距離を戻したい、その気持ちを由良は今日初めて言葉にできた気がした。
鏡の前で、由良はいつもより時間をかけて髪を整えた。特別な格好をするつもりはなかったが、細部への意識は変わっていた。
玄関を出る前、由良はもう一度深呼吸をした。今日という一日にこれほど気合いを入れたのは久しぶりのことだった。
御茶ノ水の駅を出ると、先週とは違い、空には澄んだ青が広がっていた。坂道を吹き抜ける風にも、湿った重さがない。
坂の途中、由良はふと立ち止まり、聖橋のほうを見下ろした。神田川の水面が朝日を受けて細かく揺れている。
その揺れを見つめながら、由良は今日という一日にかけている自分の期待の大きさをあらためて自覚した。
待ち合わせ場所に着くと、景吾はすでに来ており、今日の鞄はいつもの小さなものに戻っていた。
「おはよう」
声をかけると、景吾はまっすぐこちらを見てうなずいた。その視線の強さに、由良は少しだけ気圧された。
景吾の表情には、いつもの穏やかさに加えてどこか安堵したような色が浮かんでいた。由良からの誘いを待っていたのかもしれない。
その可能性に、由良は自分の勇気が無駄ではなかったことを静かに実感した。
「今日は、話したいことって?」
先に切り出されて、由良は一瞬言葉を探す。準備していたはずの言葉が、いざとなると出てこない。
「……歩きながら、話してもいい?」
由良の提案に景吾は頷き、坂を下り始めた。並ぶ足取りはいつもより少しだけ慎重だ。
「この前、なんか様子がおかしかったから」
言葉を選びながら由良は続けた。責めるつもりはない。ただ、確かめたかっただけだ。
「心配、させたよね」
景吾はしばらく黙って、それから小さく息を吐いた。
「うん。ごめん」
謝罪の言葉に、由良は首を横に振った。謝ってほしいわけではない。
「仕事のこと、まだ大変?」
「少し落ち着いた。もう大丈夫」
短いやりとりだったが、由良はその中に以前よりも正直な響きを感じ取った。取りつくろう余裕さえなかったのかもしれない。
坂を下りきると、いつもの街並みが広がっていた。看板の色、紙の匂い、行き交う人々の速度。何もかもが見慣れたもののはずなのに、由良にはどこか新鮮に感じられた。
「今日は、いつもと違うことしてみない?」
由良が提案すると、景吾は興味深そうに眉を上げた。
「違うこと?」
「本屋巡りじゃなくて、どこかでゆっくり座って話す時間を作りたくて」
その提案に、景吾は少し驚いた顔をした後、柔らかく笑った。
「いいね、それ」
賛成を得て、由良は密かに安堵した。準備していた場所へ、由良は景吾を案内し始めた。
公園に向かう道すがら、由良は昨夜作ったサンドイッチのことを考えていた。具材の組み合わせを何度も見直し、結局一番単純な卵とハムに落ち着いた経緯がある。
凝りすぎないほうが良い、と由良は自分に言い聞かせながら、それでも仕上がりが気になって仕方なかった。
向かった先は、神保町の外れにある小さな公園で、以前景吾と一度だけ通り過ぎたことのある場所だった。
公園の入り口には大きな銀杏の木が立っており、まだ緑の葉が風にさらさらと音を立てていた。
その木陰を選んでベンチに座ると、由良はようやく肩の力が抜けるのを感じた。
ベンチに並んで座ると、由良は鞄から小さな包みを取り出した。手作りのサンドイッチがラップに包まれていた。
由良は包みを開きながら少し緊張した面持ちで景吾の反応をうかがった。手作りのものを誰かに渡すのは思っていたより勇気のいることだった。
景吾は包みをのぞき込み、目を輝かせた。その素直な反応に、由良の緊張がすっと解けていった。
「作ってきたの?」
景吾が目を丸くした。由良は少し照れながらうなずく。
「うん。前に、景吾がここのパン屋好きって言ってたの、覚えてて」
景吾は一瞬言葉を失ったように見えたが、しばらくしてから絞り出すように答えた。
「覚えててくれたんだ」
「覚えてること、こっちにもあるよ。景吾ばっかりじゃない」
景吾は静かに笑った。その笑い方には、これまでのどこかぎこちなさとは違う、素直な温かさがあった。
サンドイッチを頬張りながら、しばらく他愛のない話を続ける。天気のこと、最近読んだ本のこと、店主の噂話。
食べ終えた景吾は満足そうに指先についたパンくずを払い、その何気ない仕草に、由良は今日という日の穏やかさを実感した。
「美味しかった。ありがとう」
改めて礼を言われ、由良は照れくささを隠すように視線をそらした。
会話が途切れても、今日はその沈黙が心地よい。以前のような名前を避けることへの緊張とは、違う質の静けさだ。
由良はそのお礼に小さく首を振った。作った甲斐があったと思う気持ちのほうが由良の中では大きかった。
しばらくの沈黙の後、景吾がふと空を見上げて言った。
「今日、風が気持ちいいね」
その何気ない一言にさえ、由良はやわらかな安心感を覚えていた。
「そういえば」
景吾が口を開き、由良は視線を向けた。
「あの日、実は父が体調を崩して。病院に行ったり、いろいろ重なってて」
由良は思わず箸を止めた。想像していた理由とはまるで違っていた。
「そうだったんだ。全然知らなかった」
「言わなくてごめん。心配かけたくなくて」
由良の胸が静かに締めつけられた。景吾が抱えていたものの重さを、由良は今更ながら知った。
「今度から、ちゃんと言ってね。心配するのは私の勝手だから」
景吾は少し驚いたように目を見開いた後、ゆっくりと頷いた。
「うん、そうする」
その約束に由良は胸の奥が温かくなるのを感じ、取り戻したかったものが少しずつ形になっていく気がした。
由良はその約束を心の中でそっと繰り返した。次からは、と口にした景吾の言葉を由良は簡単には忘れないつもりでいる。
銀杏の葉がまた風に揺れて小さな音を立て、その音が今しがた交わした約束を静かに祝福しているように由良には感じられた。
食べ終えたラップを片付けながら、由良はふと空を見上げた。雲一つない青空がどこまでも広がっていた。
「せっかくだから、少し歩こうか?」
景吾の提案に、由良は頷いた。目的地を決めない散歩は久しぶりのことだ。
公園を出て、由良は少し名残惜しさを感じていた。この場所で過ごした時間が今日一日の中でも特に大切なものになりそうな予感がする。
その予感を胸に、由良は景吾と並んで歩き始めた。目的地はまだ決めていない。
公園を出て、神保町の路地を気ままに進む。看板建築の古い建物が並ぶ通りに午前の光が斜めに差し込んでいる。
歩幅はいつのまにか揃っている。
通り過ぎる古書店の店先には、掘り出し物らしい値札のついた本が積まれていた。由良は、その値札の数字に思わず目を留めた。
こうした値付けの妙もこの街の魅力の一つなのだと、由良は今更ながら思った。無理に合わせて歩いているわけではないのに、隣を歩く速さが自然と重なっている。
「ここ、来たことある?」
歩道の脇で、街路樹の葉が一枚、由良の肩にひらりと落ちた。由良は、その葉を指先でつまんで振り払おうとし、しばらく眺めた。
「何、それ?」
景吾が覗き込んできたので、由良は葉を差し出しながら小さく笑った。
「なんとなく、綺麗だなって」
景吾が指差した先には小さな喫茶店があり、色あせた手書きの文字が看板に並んでいた。
「ない、初めて」
「じゃあ、入ってみよう」
誘われるまま、由良は店に足を踏み入れた。
喫茶店の壁には古い映画のポスターが何枚も貼られ、色あせた俳優の表情が由良の目を引いた。
「ここに来ると、いつも時間の感覚がなくなる」
景吾がそう言いながら椅子に腰を下ろすと、由良も深く頷いた。中は薄暗く、レコードの音がかすかに流れている。
奥の席に座ると、店主が水を運んできた。
由良はメニューの端に書かれた店の歴史を眺めた。創業から数十年、変わらぬ場所で営業を続けているという一文がある。
変わらないことの強さを、由良はその短い文章から静かに感じ取った。景吾は慣れた様子でメニューを開き、由良に見せた。
「これ、おいしいらしいよ」
指差されたのは、季節限定のパフェだ。
パフェが運ばれてくるまでの間、由良は窓の外を眺めていた。通りを歩く人々の速度が店の中とは違う時間の流れを感じさせる。
その速度の違いに、由良はふとこの店の中だけが特別な時間の中にあるような錯覚を覚え、思わず笑ってしまう。
パフェの生クリームが景吾の口の端に少しだけついているのに気づき、由良は思わず笑ってしまう。
「ついてる、ここ」
指摘すると、景吾は慌てて口元を拭った。その慌てぶりに、由良はさらに笑いをこらえられなくなる。
「景吾がパフェ好きなの、初めて知った」
「甘いもの、実は結構好きなんだよね」
新しい発見がまた一つ増え、由良はその発見を大切に胸へしまい込む。
パフェが運ばれてくると、景吾は嬉しそうにスプーンを手に取り、その表情の子供っぽさに由良は思わず見入った。
「そんなに見られると、恥ずかしいんだけど」
視線に気づいた景吾が少し照れたように言うと、由良は慌てて目をそらす。
「ごめん、つい」
「別に、いいけど」
そのやり取りの中に、以前とは違う軽やかさがある。名前を避ける緊張感が、今日は薄れている。
喫茶店を出ると、午後の光が通りを明るく照らしていた。由良は伸びをしながら、今日一日の充実を噛みしめた。
喫茶店を出ると、日差しはすっかり高い位置に移っており、石畳の照り返しが由良の目を一瞬だけ眩ませる。
「次、どうしようか?」
景吾が伸びをしながら言うと、由良は少し考えてから答えた。
「まだ時間ある?」
景吾の問いに、由良は頷いた。今日はいつもより長く一緒にいたい気がする。
再び歩き出しながら、目的のない散歩がこれほど心地よいものだとは由良は知らなかった。
再び歩き出すと、日差しの強さが由良の首筋を軽くあぶった。汗ばむほどではないが、今日という日の暖かさを肌が覚えている。
古い建物の軒下に入るたび、影の涼しさがふっと肌を撫でていくその温度差の繰り返しが、由良には心地よかった。
途中、小さな古書店の前を通りかかると、景吾が足を止めてショーウィンドウを覗き込んだ。
「せっかくだし、一軒だけ寄る?」
頷いた景吾が、慣れた仕草で戸を開ける。
会計を待つ間、由良は店主が本を丁寧にカバーで包む様子を眺めていた。その手つきは慣れたもので、長年の仕事の積み重ねが感じられた。
包まれた本を受け取ると、由良はそれを丁寧に鞄にしまった。今日という日の記念のように、その重みが手のひらに残る。
店内はいつも通り、紙とインクの匂いに満ちている。
一軒だけ寄った古書店で、由良が以前から探していた作家の絶版本が見つかった。表紙を見た瞬間、由良は思わず声を上げそうになった。
「これ、ずっと探してたやつ」
興奮気味に伝えると、景吾も一緒になって喜んでくれた。その喜び方の素直さに由良の胸がまた温かくなり、その匂いを吸い込みながら安心感に似た感覚を覚えた。
棚を眺めながら、今日のこと、明日のこと、近い未来のことと、自然と会話を交わす。話題は途切れず、由良の心も軽やかだった。
由良は道端の自動販売機で冷たい飲み物を二本買った。一本を差し出すと、景吾は意外そうな表情を浮かべた。
「今日は、由良が奢ってくれる日?」
冗談めかした問いに、由良は肩をすくめて笑った。
「たまには、いいでしょ」
「今度、あのパン屋にも一緒に行こうよ」
由良が提案すると、景吾はうれしそうにうなずいた。
「うん、行こう。次の約束、もう決まったね」
「次の約束」という言葉に、由良の胸が小さく跳ねる。
夕方の光が差し込む道を、由良は景吾の半歩後ろを歩いている。この距離感は以前のような遠慮からではなく、自然な選択だと由良は感じている。
半歩の距離を由良はいつのまにか気に入り始めていた。近すぎず、遠すぎない、ちょうどいい間合いだった。当たり前のように続いていくはずのものが今日は改めて確かなものに思えた。
店を出ると、空はすでに夕方の色に染まり始めている。
いつのまにか空は橙色から紫がかった色へと変わり始め、街の輪郭が少しずつ夜の気配を帯びていく。
その色の移り変わりを、由良は隣の景吾と一緒に眺める。並んで空を見上げるという、これまでにない過ごし方だ。橙色の光が通りの隅々まで柔らかく差し込んでいる。
「今日、来てよかった」
由良が言うと、景吾は隣で静かにうなずいた。
「俺も。誘ってくれて、ありがとう」
その一言に、由良は今日一日の努力が報われた気がした。取り戻したかった空気が、確かにここにある。
橋のたもとまで来ると、いつものように足が止まりかけたが、今日、景吾は止まらなかった。
「送るよ。ここまで来たし」
思いがけない申し出に、由良は驚いた。これまで、景吾がここから先へ来ることはなかった。
「いいの?」
「うん。今日はもう少し一緒にいたい」
その言葉に、由良の心臓が大きく跳ねた。橋を渡るというこれまでにない一歩を、一緒に踏み出していく。
橋の上で由良はふと足を止め、川面を見下ろした。夕暮れの光が水面で細かく砕けて揺れている。
「どうしたの?」
景吾が振り返って聞いた。由良は首を振って、また歩き出した。
「ううん、綺麗だなって」
橋を渡りながら、由良は景吾の横顔をそっと盗み見た。夕暮れの光がその輪郭を柔らかく縁取っていた。
通りの先に、由良の住む町の入り口を示す小さな看板が見えてきた。見慣れたその文字が、今日はどこか誇らしげに感じられた。
自分の生活圏に誰かを迎え入れる感覚を、由良はこれまで意識したことがなかった。
商店街の明かりが一軒また一軒と灯り始め、夕餉の支度を知らせるような匂いが路地の奥から漂ってくる。
その匂いに、由良は今日一日の充実とともに、ふとした空腹を覚えた。
家の近くまで来ると、見慣れた通りが今日はいつもと違って見える。誰かと一緒に歩くことのない道に景吾がいる。
「この辺に住んでるんだ」
「うん、この先」
ここまで話しながら、由良は自分の生活圏に景吾を招き入れることへの静かな緊張を覚えた。
由良のアパートの前には小さな植木鉢がいくつか並んでおり、管理人が世話をしているものらしい。
景吾はその植木鉢に目を留め、感心したように言った。
「こういうの、いいよね。生活の匂いがして」
由良はその言葉に、こんな些細なものにも景吾は目を向けるのだとあらためて気づかされる。
玄関の前まで来ると、自然と足が止まった。街灯の光が由良の家の前を柔らかく照らしている。
由良は小さく頷き、生活の匂いという表現が胸に静かに残った。
街灯の光が足元を柔らかく照らしている。
「今日、本当にありがとう」
由良が言うと、景吾は少し照れたように笑った。
「こちらこそ。すごく楽しかった」
由良の胸に今日という一日の重みが静かに積もっていく。距離を戻したいという願いから始まった一日が思っていた以上のものを運んできた。
その重みを噛みしめながら、由良は景吾の次の言葉を待った。
その笑顔を見ながら、由良は今なら言えるかもしれないと思った。ずっと呼べずにいた名前を、今この瞬間なら。
「あの、」
由良が口を開きかけると、景吾もほぼ同時に声を発した。
「じゃあ、」
言葉が重なり、どちらも同時に黙った。数秒の沈黙の後、どちらからともなく小さく笑った。
「由良から、どうぞ」
促されて、由良は喉の奥に力を込めた。今度こそ、と思うが、いざとなるとその先の言葉が出てこない。
「……今日は、ゆっくりできて嬉しかった」
結局、由良が口にしたのは当たり障りのない言葉で、名前はまた喉の奥に留まったままだ。
景吾は少し残念そうな、それでいて優しい表情でうなずいた。
「うん、俺も。じゃあ、また」
「うん、また」
いつもと同じ別れの言葉だが、今日という日の重さはこれまでのどの別れとも違っている。
景吾が去っていく背中を、由良は玄関先で見送り、角を曲がるまでその姿から目を離さなかった。
角を曲がる寸前、景吾が一瞬だけ振り返り、その一瞬の視線が由良の胸に長く残ることになった。
由良はその場から動けず、しばらく角の先を見つめ続けた。
姿が見えなくなると、由良はしばらくその場に立ち尽くした。取り戻せたものとまだ取り戻せていないものが胸の中で入り混じっていた。
部屋に入り、由良は明かりをつける。
買ってきた本を鞄から取り出し、そっと机に置く。カバーの手触りが今日の記憶をそのまま留めているように感じられる。
その本を開かないまま、由良は表紙をゆっくりと指でなぞる。今日一日の記憶がまだ鮮やかに残っている。
由良は椅子に腰を下ろし、今日一日の出来事を順を追って思い返してみた。メッセージを送った瞬間から玄関前での沈黙まで、そのすべてがまだ鮮明だった。
その鮮明さの中で、由良は自分の勇気が確かに何かを動かしたことを実感する。
サンドイッチを喜んでくれた顔、パフェを頬張る子どもっぽい表情、橋を渡ってくれた勇気。そのどれもが由良の中で確かな温もりを持っている。
由良は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。今日という一日を振り返るほどに、取り戻せたものの確かさが胸に染みてくる。
それでも、由良の意識はどうしてもあの玄関前の沈黙へと引き戻されてしまう。
最後の最後で名前を呼べなかった事実は消えずに残っている。由良は、この一日をいくつもの小さな成功と一つだけの心残りに静かに分けて数え直した。前者のほうが確かに多いはずなのに、心はどうしても後者に引かれてしまう。
由良はその事実を静かに受け止める。
窓辺に立ち、今日歩いた道のりを思い返す。取り戻せた距離は確かにあるが、越えられなかった距離もまたはっきりとある。
その越えられなかった距離こそが、由良にとって最後に残された、一番大きな一歩なのかもしれなかった。
カーテンを閉じる前、由良は最後にもう一度夜空に目を凝らした。星はほとんど見えなかったが、街の灯りだけが変わらずそこにある。
いつかこの距離も越えられる日が来るのだろうか。由良はその問いを胸に抱えたまま、静かに夜の帳を見つめ続けた。




