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あと数センチの夜を越えて  作者: reika1021


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第6章:噴水のそばの沈黙

その日の空は朝から灰色がかっており、御茶ノ水の坂道に落ちる光にもいつものような輪郭がない。


自宅を出る前、由良は空模様を確かめようと窓の外を見たが、灰色の雲がいつもより低く垂れ込めていた。


傘を持つべきか迷いながら、由良は結局折りたたみ傘を鞄の底に忍ばせた。今日は朝から、どこか歯車が少しずれているような予感がしていた。


由良が待ち合わせ場所に着くと、すでに到着していた景吾の姿にわずかな違和感を覚えた。手にした鞄がいつもより大きいのだ。


「おはよう」


声をかけると、景吾は少し遅れて顔を上げたが、その一拍の遅れに由良は小さく引っかかりを覚えた。


景吾の鞄は、いつも肩にかける小さなものではなく、書類が入りそうな大きめのものに変わっていた。その違いだけで、由良は今日が特別な日であると察した。


「その鞄、いつもと違うね」


由良が言うと、景吾は一瞬、言葉を探すような間を置いた。


「ああ、うん。荷物が多くて」


短い答えに、由良はそれ以上は聞かなかった。聞かないことを選んだ自分に、由良はあとになって小さな後悔を覚える。


「今日、実はちょっと時間ないかもしれない」


歩き出す前に、景吾がそう切り出した。由良は驚きを顔に出さないよう努めて、平静に頷いた。


「急ぎの仕事?」


「うん、まあ。午後から打ち合わせが入って」


理由を聞いても、由良の中の違和感は消えない。急な仕事というより、もっと別の何かが景吾の中で起きている気がする。


並んで歩き出しても、いつもの歩調とは何かが違っている。景吾の足取りは心なしか急いでいる。


「今日は、どこか一軒だけ寄る?」


由良の提案に、景吾はほっとしたようにうなずいた。その安堵の速さが、かえって由良の胸に小さな影を落とす。


一軒だけ選んだお店は、いつも通っている道の途中にあった。景吾が慣れた様子で戸を開ける。


店内は静かで、他に客の姿はなく、店主も奥で何かの作業をしているらしい。


由良は棚の間を歩きながら、景吾の様子を横目でうかがった。


店の棚にはいつも話題にする作家の新刊が並んでいた。由良はそれを見つけて声を弾ませたが、景吾の反応は薄い。


「見て、新刊出てる」


「へえ」


素っ気ない相槌に、由良は思わず口をつぐんだ。いつもなら真っ先に食いついてくるはずの話題だったし、いつもならこちらの反応を待つように立ち止まる場面だったのに、今日は先へ先へと進んでいく。


「これ、面白そうじゃない?」


由良が声をかけても、景吾の反応は一拍遅れた。振り返る前に、視線が一瞬だけ別の方向に向いている。


「あ、ごめん。何?」


聞き返されて、由良は少し戸惑った。今日の景吾は、どこか上の空だ。


「ううん、なんでもない」


そう答えながら、由良は自分の声が思っていたよりも硬いことに気づいた。その硬さの理由を、由良はまだ言葉にできずにいた。


棚の奥へ進むと、景吾は携帯電話を取り出し、画面を確認している。仕事の連絡だろうか。由良には判断がつかない。


「大丈夫?」


由良が聞くと、景吾は慌てたように携帯電話をしまった。


「うん、平気。ごめんね」


謝る声の裏に、由良には見えない何かが隠れている気がする。見えない何かの輪郭を、由良は掴もうとして掴めずにいる。


店の奥で、由良は一冊の本を見つけた。


棚の隅に、以前から気になっていた画集があった。手に取り、ページをめくる指先がいつもより慎重になる。


普段なら景吾に感想を求めたくなるところだったが、今日はその声をかけることさえ由良には少し勇気がいるように感じられた。表紙のデザインが目を引き、しばらくそのページをめくった。


「これ、見て」


呼びかけても、景吾はすぐには近づいてこず、棚の反対側で何か考え込むように立ち止まっていた。


「ああ、うん」


生返事のまま、景吾はようやくこちらへやって来た。本をのぞき込むしぐさにも、いつもの丁寧さがない。


会計を待つ間、店主が世間話を振ってきたが、景吾はいつもより言葉少なに相槌を打つだけで会話を広げようとはしなかった。


由良はその横で会計が終わるのを静かに見守っていたが、普段なら軽口を挟むはずの場面が今日は妙にあっさりと終わった。


これまで、こんなふうに気もそぞろな景吾を見たことはなく、由良はその変化に静かな不安を覚え始めた。


曇天の下、店を出た通りには人影も少なかった。普段ならにぎわっているはずの時間帯なのに、今日はやけに静まり返っている。


その静けさが、由良の胸のざわつきをかえって際立たせていた。


店を出ると、通りには昼前の光が薄く差し込んでおり、雲の切れ間から漏れる光が石畳をまだらに照らしていた。


「もう一軒くらい、平気?」


由良が聞くと、景吾は少し考えるような間を置いた。


「ごめん、今日はこれくらいにしとこうか」


その返事に、由良は思っていた以上に落胆し、その落胆の大きさに由良自身が驚いた。


「そっか。わかった」


平静を装って答えたつもりだったが、声のわずかな揺れまでは隠しきれなかったかもしれない。景吾はそれに気づいたのか、少し申し訳なさそうな顔をした。


近くの小さな広場のベンチに並んで座る。


広場の隅には小さな噴水があり、水の落ちる音だけが規則正しくその場に響いている。


由良はその音に耳を傾けながら、景吾の横顔をそっとうかがった。いつもより頬のあたりに疲れの色がにじんでいる気がした。いつもより一人分ほど、距離が開いている気がする。


由良は膝の上で両手を組み、指先を軽く動かした。何か言葉を探しているようで、実際には何も探せていない。


「今日、こういう時間の使い方もたまにはいいね」


無理に明るく言ってみると、景吾は少し驚いたようにこちらを見たが、その驚きの理由を由良はうまく想像できなかった。


「最近、忙しいの?」


由良が尋ねると、景吾はしばらく黙った後、小さくうなずいた。


「まあ、少し。会社のほうでいろいろあって」


具体的な話はそれ以上続かず、由良はそれ以上踏み込むことをためらう。


沈黙が流れる間、由良は自分の中で膨らんでいく不安の正体を探っていた。忙しさだけが理由なら、こんなにも胸がざわつくはずがない。


噴水の水しぶきが時折風に流されて由良の頬にかかる。冷たさに一瞬肩をすくめながら、由良はその感触をどこか歓迎している自分に気づく。


何でもない刺激さえ、今は気を紛らわせる材料になっている。


「無理しないでね」


由良が言うと、景吾は少し驚いたように顔を上げた。


「うん、ありがとう」


短い返事だったが、そこに込められた重さを由良は敏感に感じ取っていた。


広場を出るころには空の灰色がさらに濃くなり、今にも雨が降り出しそうな気配が通りに漂っていた。


「今日は、ここで」


橋にも寄らず、いつもより早い場所で景吾がそう切り出した。


由良は、これまで数えたことのない事実にふと思い当たった。景吾がこんな風に予定を切り上げたことは一度もなかった、ということに。


これまでずっと、時間はいくらでもあるかのように過ごしてきたが、今日という一日がその前提を静かに崩している。由良は思わず足を止めた。


「もう帰るの?」


「うん、ごめん。また今度、ゆっくり」


その言葉に、由良はうなずくことしかできなかった。うなずきながら、由良の中では見たことのない感情が静かに芽生えていた。


景吾が去っていく背中を、由良はしばらく見送った。いつもより早足で、その背中が人混みの中に紛れて見えなくなった。


一人残された由良は、来た道を戻ることにした。予定より早く終わった一日を、どう過ごせばいいのかわからない。


やがて由良は立ち上がり、コートの襟を立てた。空はいよいよ本降りになりそうな重さを帯び始めている。


一人残された由良は来た道を戻ることにした。予定より早く終わった一日をどう過ごせばいいのかわからない。


帰り道の途中、由良は普段は通らない路地を選んだ。理由はなかった。ただ、いつもと同じ道を歩く気になれなかっただけだ。


見慣れない看板や初めて目にする店構えが、かえって由良の気を紛らわせてくれる。


駅前の商店街に差し掛かると、揚げ物の匂いが漂ってくる。普段なら食欲をそそられるはずなのに、今日はその匂いすら遠く感じられる。


シャッターの半分が下りた店の前で店員が声を張り上げているが、その活気ある声は由良の耳をただ通り過ぎていく。


帰り道、由良は今日一日の景吾を思い返す。上の空な返事、途切れがちな会話、早すぎる別れ。


そのどれもが、これまでにはなかったもの。


路地の途中で由良は小さな金物屋を見つけ、店先に並ぶ古びた鍵や道具にしばらく目を留める。


使い道のわからない道具を眺めることが今の由良には奇妙な安らぎを与えているが、積み重なった小さな違和感が由良の胸の中で確かな重さに変わっていく。


これまで由良は、この関係がずっと続くものだとどこかで疑わずにいた。月に何度か会う日が来ることを当たり前のように待っていた。


しかし、今日初めてその前提が揺らいだ。景吾の一歩引いた距離が、由良にこれまで見えていなかったものを見せている。


もしこのまま景吾との時間が減っていったら、もしいつか会う理由そのものがなくなってしまったら。


考え始めると止まらなくなり、由良は自分がこの関係をどれほど大切にしていたかを今になって思い知らされる。


名前を呼べないことに、由良はこれまで恋愛感情の証拠を見出そうとしていたが、今日、由良はそこに別の意味を見つける。


名前を呼べないということは、失うことへの予感でもあるのかもしれない。呼んでしまえば、確かめてしまえば、失ったときの痛みも大きくなる。


そう考えると、由良は自分の中の臆病さに気づかされた。恋を認めることを怖がっていたのではなく、失うことを怖がっていたのかもしれない。


駅への道を歩きながら、由良は携帯電話を取り出したが、景吾へのメッセージを打とうとして指が止まった。


何を書けばいいのか、由良にはわからない。心配していると伝えることさえ、今日はためらわれる。


結局、由良は何も送らずに携帯をしまった。伝えられなかった言葉がそのまま胸の奥に沈んでいく。


改札を抜けたところで、由良は一度足を止めた。ホームへ向かう人の流れにしばらく身を任せられずにいる。


電車が来るまでの数分間、由良はベンチに腰を下ろし、携帯電話の画面を何度も点けては消した。


乗り込んだ車両は思ったより空いており、由良は端の席に腰を下ろして鞄を膝の上で抱え直した。


窓ガラスに映る自分の顔を由良はぼんやりと眺めた。表情の乏しさに自分でも少し驚く。


電車に揺られながら、由良は窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。灰色の空の下、街の輪郭がいつもより曖昧に見えた。


自宅の最寄駅に着くと、すでに雨が本降りになっていた。折りたたみ傘を開く手つきがいつもよりぎこちない。


濡れた傘の柄を強く握りしめたまま、由良は駅前の屋根の下でしばらく雨脚を見つめ続けた。


屋根の下、隣にいた見知らぬ女性が傘を差して雨の中へ出て行く。その後ろ姿を目で追ってから、由良はここに留まっている理由を考える。


留まっているのは雨のせいだけではなかった。景吾の背中を見送った場所から、由良の足はまだ完全には離れられずにいた。


家に着くと、由良は明かりをつけないまましばらく玄関先に立っていた。今日一日の重さが身体の奥にじっとりと沈んでいる。


やがて明かりをつけ、由良はコートを脱いだ。


濡れた靴のまま部屋に上がり、由良はタオルで足元を拭う。冷えた指先がなかなか温まらない。


キッチンで湯を沸かしながら、由良は今日一日の出来事をあらためて頭の中で整理し直そうとした。


湯が沸くまでの間、由良はキッチンの窓から外を眺めた。雨粒が窓ガラスを伝い落ち、街灯の光を細かく歪ませていた。


その歪みを見つめるうち、由良は、自分の気持ちもまた今日一日で少し形を変えたことに気づいた。今日買うはずだった本は、結局手元にない。


机に向かい、由良は仕事のノートを開いたが、集中しようとしても頭の中は今日の景吾のことでいっぱいだった。


ノートを開いたものの、由良のペンはしばらく紙の上で止まったままだった。書くべき仕事の項目よりも、頭の中を占めるものがあったからだ。


結局、由良はノートを閉じ、代わりに膝の上で両手を組んだ。


壁にかけたカレンダーを由良はふと見上げ、次に会う日の予定がまだ何も書き込まれていないことに気づいた。


空欄のままのマス目が、今日はやけに不安をあおるように見える。


由良はふと、これまで景吾に対して自分がどれだけ受け身だったかに気づいた。会う日を決めるのも店を選ぶのもいつも景吾のペースに委ねていた。


今日初めて、由良は自分から何かを差し出したいという気持ちを感じていたが、それが具体的に何なのかは、まだわからなかった。


由良は台所に戻り、冷めかけたお茶を一口飲んだ。渋みだけが舌に残り、香りはすでに薄れている。


淹れ直す気力もなく、由良はそのままカップを両手で包み、しばらく温もりを確かめた。


「無理しないでね」と言った自分の言葉を由良は何度も思い返す。あの一言だけでは足りなかったのかもしれない。


携帯電話を手に取り、由良は景吾とのやり取りの履歴をさかのぼってみる。いつもと変わらない、他愛のない文面が並んでいる。


その中のどこにも、今日の距離を説明する言葉は見つからない。


窓の外ではいつのまにか雨が降り始め、ガラスを叩く音が部屋の静けさに小さなリズムを刻んでいる。


ソファに座り込み、由良は膝を抱えるようにして丸くなり、こうしていると少しだけ気持ちが落ち着く気がした。


雨音に混じって、遠くで救急車のサイレンが一度だけ響き、やがて聞こえなくなった。


その音に耳を澄ませるうち、由良は初めて自分がこの関係に何の保証も持っていないことを実感した。約束された未来などどこにもない。


由良はもう一度今日の会話を頭の中で再生してみた。景吾の声のトーン、視線の逸らし方、間の取り方。


そのどれもがこれまでとは違う何かを語っていたはずだ。ただ、その意味を正確に読み取る手がかりを由良はまだ持っていない。


由良はふと、景吾が困っているときに自分は何をしてあげられるのだろうかと考えた。話を聞くこと以外には、思いつくものが何もない。


その無力感が由良の胸をいっそう重くさせている。


保証がないという事実は、これまで由良を安心させてきた気楽さと表裏一体だったのかもしれない。縛られない関係だからこそ、いつでも終わる可能性も抱えている。


その可能性に由良はこれまで目を向けずにいた。目を向けなくても関係は続くと信じていたからだ。


壁の隅にできた小さな染みを由良はぼんやりと見つめる。前から気になっていたのに直そうとせず、そのままにしてきた場所だった。


直さないままでいることと名前を呼ばずにいることが由良の中で不思議と重なって見える。


今日、その信頼が静かに揺らいだ。由良は仕事で扱う本のことをふと思い出した。装丁の強度を保つには、糊の量も紙の厚みも絶妙なバランスが重要だ。


関係というものも、同じような釣り合いの上に成り立っているのかもしれない。今日、由良はその釣り合いの危うさを初めて身をもって知った気がした。


揺らいだことで、由良は自分がどれほど景吾を必要としているかを初めて正確に測ることができた。


「必要としている」その言葉の重さを噛みしめながら、由良は雨音に耳を澄ませ続けた。


由良は目を閉じ、今日の朝の記憶を呼び起こしてみた。まだ何も知らなかったころの自分がそこにいる。


あの朝の自分に何か伝えられるとしたら、由良は何を言うだろうかと考えた。


由良は目を開けたまましばらく天井の暗がりを見つめた。今日という一日がこれほど長く感じられたのは久しぶりだった。


長く感じられた理由の大部分がたった数時間の距離の変化にあることを由良は自分でも意外に思った。答えはすぐには浮かんでこなかった。


もし次に会えたとき、由良は何を言うべきなのだろう。何も言わずに今まで通りを装うべきなのだろうか。


答えは出ないまま、夜は静かに更けていった。由良は携帯電話を握りしめたまま、しばらく画面を見つめ続けた。


玄関に置いたままの濡れた靴を思い出し、立ち上がって拭きに行こうかと考えるが、身体が重く、結局その場を動けなかった。


明日の朝、乾かないままの靴に足を入れることを想像すると、由良は小さくため息をつく。


由良は、膝の上に置いた携帯電話をもう一度手に取る。画面にはまだ何の通知も表示されていない。


通知がないことにさえ、由良は今夜、いつもより敏感になっている自分に気づく。


結局、その夜も由良は何も送らなかったが、次に会う日が来ることだけを祈るような気持ちで待ち始めていた。


雨脚が一段と強くなり、窓を打つ音が大きくなる。その音に紛れて由良は、ようやく少しだけ眠気を覚え始めた。


遠くから聞こえていた電車の音がいつのまにか途絶え、終電の時刻が近いのかもしれないと由良はふと思った。


一日の終わりを告げるその静けさに、由良はようやく肩の力を少しだけ抜いた。


由良は毛布を引き寄せ、身体の力を抜こうと努める。緊張していた肩のあたりが少しずつ重みを増していく。


その重みに身を委ねながら、由良は今日という日の終わりを静かに受け入れようとしていた。


仰向けのまま両手を胸の上で軽く組み、今日一日で覚えた不安の重さがそこに集まっているように感じる。


不安は消えないままだったが、それでも由良の意識は少しずつ眠りへと引き寄せられていった。


カーテンの隙間から街灯の光が細くこぼれ、その光の筋が天井にゆっくりと揺れていた。


揺れる光を目で追ううちに、由良のまぶたは少しずつ重くなっていく。


由良は最後にもう一度携帯電話の画面を確かめた。相変わらず何の通知もない静かな画面がそこにある。


その静けさを受け入れるように、由良は画面を枕元に伏せてそっと目を閉じた。


暗闇の中で由良は、一日の終わりを告げるように小さく息を吐いた。明日が来ればまた、違う一日が始まるはずだ。


外の雨音はいつのまにか小降りに変わり、規則正しかった音の粒が少しずつまばらになっていく。


その変化にさえ、由良は今夜いつもより敏感に反応している自分に気づいていた。


その違う一日が今日よりも穏やかであってほしいと、由良は眠りに落ちる直前まで願い続けていた。


眠りに落ちる直前、由良の頭の中に浮かんだのは今朝見た灰色の空だった。


雨音がやまないまま、由良はベッドに横たわった。名前を呼べない理由が今日また一つ増えたことを、由良は静かに受け止めていた。


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