第7話 十五分の審査
店長は何も言わずに短く頷いた。
茂はレジの横を抜け、バックヤードへ足を踏み入れた。
空気が変わる。
店舗の匂いとは違う。
段ボールの紙臭と、古着のこもった匂い。ビニールとガムテープの匂いも混ざっている。
バックヤードは広くない。
でも、人が腰を落ち着けるだけの余白はある。
壁際に薄いロッカーが並び、反対側に昼飯用のテーブルが置かれていた。
角に古いPC。テーブル上の小さなテレビが、音もなく映っている。
自分のロッカーの前に立ち、鍵を差した。扉がわずかに浮く。
中は空に近い。
潰れた紙袋の上に、斜めに差し込まれたケースがあった。
黒いキャリングケース。
ロッカーに当てないよう取り出した。
照明の真下。
テーブルの上にケースを寝かせる。
一つ目。
二つ目。
留め具が外れ蓋を開けた。
Vespa Systems Interdiction-04
先端に鎮座する、長さ約25センチの440C強化ステンレス鋼。
テフロンコーティングされた刃体は、炭のように鈍い黒を湛えている。
中心を走る血抜き溝は、基部まで一本の影となって貫かれていた。
根元のチタニウム合金クロスバーは厚さ10ミリ。
視線が、刃先へと移る。
鋭く研ぎ澄まされた切っ先のすぐ後ろ。
テフロンの皮膜を穿つように、四つの細孔――インジェクション・ポートが開いていた。
深く刺す必要はない。
刃先が筋膜の下に入るだけで、そこが死の起点になる。トリガ1つで、高圧ガスに押し出されたV-Gelがここから噴射され、肉体を内側から破裂させる。
刺殺ではない。
茂は息を止めた。歓喜が呼吸を忘れさせた。
代わりにスマホを取り出し、カメラを起動した。
槍を登録する対象として測る。
欲しい物をシステムの中に通すために。
作業台の上で角度を変え、光が飛ばないように写す。
全体像、シリアル刻印、刃先、そして四つのポート。
オートでピントを合わせシャッターを切った。
短く乾いた電子音が鳴る。
もう一枚。
もう一枚。
必要な情報をスマホの中に収めていく。
最後にケースの中に収まった携行状態を撮る。
撮り終えるとスマホをポケットに戻し、ケースの蓋を閉じた。
留め具が噛み合うたび、金属音が室内に響いた。
ケースをロッカーに戻すと、バックヤードを抜け、レジ横の事務机へ向かった。
椅子を引き、端末の前に座った。
画面が起動する。
店舗管理用の管理者アカウント。
横に貼られたメモをなぞり、パスワードを入力した。
英数字の短い羅列。
セキュリティよりも効率を優先したそれ。
ログイン。
画面が切り替わり、寂しいフォントのタイトルが出た。
『特定害獣駆除用具 登録フォーム』
項目は簡潔だ。
申請者。
登録物。
添付書類。
迷いはない。
この画面は何度も見ている。
客に売った駆除用具の登録を、何度も代わりに通してきた。
まず『登録物情報』のタブを開いた。
アップロード欄に、スマホから転送したばかりの写真を並べる。
全体、シリアル刻印、刃先、そして四つのインジェクション・ポート。
槍の情報を伝える写真。
進捗バーが走り、数秒でサムネイルが並ぶ。
次に「申請者情報」
茂は手入力欄を無視し、『本人確認書類スキャン』を選択した。
財布からマイナンバーカードを取り出し、机の上のカードリーダーに差し込む。
認証を終えると、最後に『申請者顔写真』の項目が残った。
インカメラが起動し、画面に自分の顔が映し出された。
表情を作らず、枠に合わせてシャッターを切った。
『審査所要時間:15分』
画面下部のその一文に視線が止まった。
十五分。十九歳のフリーターが、害獣を破裂させる兵器の所持を認められるまでの時間だ。
遅いと困る。
早くしないと、手続きよりも先に警報が来る。それがゲート後の日本だった。
チェックボックスを淡々と埋めていく。
盗難品ではない。
違法改造ではない。
登録情報に虚偽はない。
最後に、送信ボタンにカーソルを合わせた。
――送信。
画面が切り替わり、『審査中』の文字が点滅を始める。
十五分。
通れば、ケースの中の槍は凶器から、持ち歩ける道具に変わる。
通らなければ、ただの飾りだ。
まあ、最悪それでもいい。
茂は背もたれに体を預け、乾いた音を立てる換気扇を見上げた。




