第九話 接敵
視線が、暗がりの一点に止まる。
輪郭は見えない。でもそこに何かがいる。それだけは分かる。
確認はしない。
見えてからでは遅い。
手が円筒を掴み安全ピンを引き抜く。
投げる前に体はもう下がり始めていた。間を置かず投げる。
暗闇の中心へスタングレネードが吸い込まれた。
次の瞬間――――
柱の陰で閃光が弾けた。閉じた空間に破裂音が叩き込まれる。
白く潰れた視界の中で、黒い塊が跳ねた。光に反応し軌道がわずかにズレる。
止まらない。
そのまま突っ込んでくる。
速い。
思考がその距離の縮まり方についていかない。狸型の塊が、異常な速さで飛び込んできた。
丸い輪郭。異様に太い前肢。
低い重心。
床を滑るように、破裂音の中を突っ込んでくる。
来る。
そう思った時には自然に槍が動いていた。
振ってはない。そこに刃を置いた。
ここだ。
黒い塊が突っ込んでくる。柱の角を掠め、壁に体を擦りながら。
それでも速度を落とさない。
白く焼けた視界の中で、それが槍の先へ迫る
近い。
思う前に、もう来ていた。
重い。
速い。
そのままぶつかってくる。
避けれない?
指がリモートスイッチに沈む。
雷光。
次の瞬間視界が白く潰れた。
至近距離の光が、黒い塊の輪郭ごと奪っていく。
狸型の前肢が一瞬揺れた。
雷光に反応して、踏み込む位置がずれる。
わずかに流れた。
そのズレだけで十分だった。
身体を横へ滑らす。ぶつかる位置からわずかに外した。
意識より先に身体が反応していた。
槍先が黒い毛皮に入った。
柔らかい抵抗。
肉が裂け、刃先が深く沈む。感触が柄を通して手に返った。
刺した。
迷いはない。
トリガ。
槍先からV-Gelが放出される。
流れ込む、とは違った。
刺さった奥で、圧が一気に広がる。少し遅れて、狸型の身体が崩れた。
破裂音はない。肉と筋が、内側で裂ける音。
外側はほとんど裂けない。
血も飛ばない。
それでも支えだけが壊れた。
黒い塊は軌道を失い、慣性のまま廊下を滑る。
壁にぶつかった瞬間、低い音が床を震わせた。
振り返らない。視線は次の区画を見ている。
呼吸は乱れない。
暗がりの奥に小さい影があった。逃げる動きはない。
威嚇もない。丸い体が床に低く沈んでいる。
幼体。
視線が揺れていた。
身体は固まったまま動かない。呼吸が異様に速い。
逃げる気配も、襲ってくる気配もない。
傷はない。外傷も見えない。
でも動けていない。怪我ではなく、ショックだ。
身体が、まだ状況に追いついていない。
フォアエンドを引いた。
チャンバー内のカートリッジが排莢され、金属が短く乾いた音を立てた。
次のジェルカートリッジを入れる。
視線は外さずフォアエンドを押し戻した。
再装填。
視線は暗がりの小さな影に固定されたまま。近づかない。距離を見る。
幼体。
だが、害獣だ。
歩調をわずかに落とす。
減速じゃない。間合いに入るための調整。
距離だけが縮まっていく。
動かない。
視線が揺れている。身体は固まったまま。襲ってくる気配はない。逃げる気配もない。
ただ、その場で縮こまっていた。
足先が槍を刺せる距離に入った。
躊躇なく槍を放つ。
首に最短で入れる。抵抗は軽い。刃先が入りすぐ抜ける。
捻り抜く。すぐに二度目を入れた。
同じ場所。
深く刺す。
それで終わった。
幼体の身体が揺れた。反応はない。力だけが抜け、黒い塊が床へ落ちた。
すぐに腹の奥がわずかに動いた。
何かが内側に入ってくる。
いつもと同じ感覚。少しだけ少ない
ただ、それだけが残った。




