第5話 柊ユイ
クラウンが出口へ消えると、駐車場の端だけが急に広くなった。
ケースを持ち替え、ビルの出入り口へ向かった。
慌てない。ゆっくり歩く。
ドアが開き、店内の白い光が肌に当たる。レジの奥で店長が顔を上げた。
「いらっしゃ――……茂か」
軽く手を上げる。
「すぐ出ます」
店長の視線が茂の手元に落ちた。ケースを見て眉がわずかに動く。
「――それ、買ったのか」
「はい」
食い気味で返事をした。抑えているつもりでも興奮が漏れる。
店長はそれ以上追求せず、鼻で短く息を吐いた。
「ロッカー入れとけ。もう店閉めるぞ」
バックヤードへ入り自分のロッカーを開けた。中は空に近い。
予備のエプロンと潰れた紙袋。
ケースをロッカーに入れ鍵を回す。
これでよし。
ドアを開けるとリビングから灯りが溢れた。
「おかえり」
ソファにいた女が言った。
部屋着姿なのに、だらしなさはない。
細い。けど弱そうじゃない。長い脚がソファの端から伸びて、腰のくびれが布越しにも分かる。胸の線だけは、細さの中でちゃんと丸い。
ダークブラウンの髪。ゆるく巻いたロングが肩に落ちている。
濡れたように、艶がある。
化粧は薄いのに、目だけが強い。
二重の黒い目が、眠そうなまま茂を射抜く。
仕事帰りの顔だ。
それと、匂い。
柔らかく男を引き付けるそれ。
茂は歩きながら上着を脱ぐ。視線は合わせない。
「……ただいま」
ユイは茂を見たまま動かない。声の温度が少しだけ落ちる。
「今日、なんかあった?」
「別に」
茂はそれ以上言わせないように、ユイに寄ってその肩を抱いた。
強引な抱き方。
ユイは一瞬だけ固まり、それから深い溜息をついた。
「……急」
呆れた声だが、拒否ではない。彼女は茂の首に腕を回し、布越しに爪を立てた。
「ねえ。また、そういう日?」
短く頷く。
ユイは目を細めて、勝ち誇ったように笑った。
「変な男の子」
「……なにが聞きたいの」
喉が鳴った。
「今日の客」
「ほんと歪んでる」
ユイは腕を解かないまま、茂の目を覗き込む。
「聞くと興奮するの?」
頷く。
ユイは茂の頬を指で押し、軽く、刺すように言った。
「きも。―――今日は皆普通。優しいやつ」
それが熱を持つ。
大事な物が汚されてる事に反応して。
「空気を読むタイプ。こっちの顔見て、勝手に合わせてくるの。恋人プレイって感じかな」
何かわからない欲が跳ねる。茂は何も言わない。
ユイは残酷に笑う。
「ねえ、茂。それ聞いて私抱くのそんなにいい?AVにも出ようか?」
嘘か本気かわからない。
茂は言葉を封じるように、ユイをベッドへ連れて行った。
シーツが擦れる音。
ユイの髪が頬に当たり、茂は反射的に目を閉じる。
呼吸の癖まで分かる距離。
「……顔、こわい」
ユイの軽い声が、茂の喉元に触れる。指で脈を探すように。
「ねえ。今日さ。ほんとに《《それ》》だけ?」
茂の瞳が迷い動いた。
ユイは逃がさない。
彼女はするりと体勢を変え、茂の上に跨った。
膝でシーツが沈み、眠そうな、だが鋭い視線が茂を見下ろす。
「焦りすぎ………」
主導権は完全に、ユイの手にあった。
彼女は逃げ道を塞ぐように体重を預け、仕事用ではない掠れた声で囁く。
「ラストの人ね。終わっても優しかったよ」
茂の中の屈辱と興奮が、熱を持ちはじめたそれを固くしていく。
ユイはそれを見逃さず、指先で茂の頬を撫でた。
「……そういうとこ、ほんと好き」
ユイは茂の腹の上に座ったまま、髪を耳にかけた。
彼女の呼吸はすでに整っている。
茂は目を彷徨わせていた。
「………はやっ」
短く刺すような一言。茂は目を反らした。
「こっち見て……それで落ち着いた?」
何も言わない。言えない。
「……黙ってると反省してるみたいに見えるからやめて」
「……してる」
「じゃあ言いなよ」
逃げ道はない。
「……ごめん」
ユイは《《何が》》とは聞かない。ただ顔を見て頷いた。
「次。次は我慢して。一分は無し」
息を吐いた。苦笑いして、口を閉じた。
バレてない。はず。
ユイの指が、茂の喉元をなぞる。
「…また、なんか買った?」
背中が一瞬、冷えた。
ユイはすぐに手を離す。深追いはしない。
「ま、いいや。どうせ言わないでしょ」
ユイは小さく息を吐き、額にキスを落とした。
「ご飯たべよ」
茂は頷いた。
ユイの背中に腕を回す。
槍のことは明日考える。どう使うか、どこで使うか。
それで、いくらになるか。




