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僕と彼女の猟奇的な日常 ――怪物が現れるようになった日常で、歪んだ俺の性格が武器になる? なぜか海外からも依頼が来るようになった――  作者: nnnkkk
第一章 僕と彼女の猟奇的な日常

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第53話 静寂の終端

ショッピングモールの中で、最初に戻ったのは音だった。


無線の短い雑音と重なる声。押し殺されていた通信が、一気に流れ込んでくる。


「……動くな!」

「まだ寄るな!」

「視界確保!」


盾が擦れ靴底が床を踏む。

硬い音が途切れず続く。

さっきまで存在していなかった人間の動きが、遅れて空間を埋め直していく。


誰かが長く息を吐いた。

崩れるみたいな呼吸。


次に聞こえたのは声だった。泣き声ではない。悲鳴でもない。喉の奥で引っかかった、壊れた空気。


「あ……」


意味にならない音。


別の場所で何かが倒れる。

膝をついた時に手から離れた買い物袋が床に落ちた。


止まっていた時間が、噛み合い直していく。


誰もまだ近寄らない。

白い床の上。動かなくなった二つの塊を全員が見ていた。


「……止まった」


確認ではない。報告でもない。ただ漏れた声。


「確保!」


盾を構えた隊員たちが、半円に広がりながら前へ出た。


「まだ触るな!」


警部補の声が飛ぶ。誰も反論しない。足が止まる。

白い床の中央で無力化された塊。距離だけが維持される。


フォームに覆われた顔面。

掻きむしった跡が残り、床には白い線が擦り付けられていた。


呼吸は聞こえない。


「……反応なし」


小さな声。そこに感情はない。安堵もない。確認が済んだ。それだけだった。


「周囲警戒維持!」


その声で盾列がわずかに広がった。


「救急、入って!」


遅れて白い制服が動く。駆け寄らず、一定の歩幅のまま距離を詰めた。倒れている人間。腕のない身体。床に広がった赤い血。目を逸らさない。


「……反応なし」


短い報告が飛び交う。


それから周囲が動いた。

固まっていた市民の一部が力を失ったようにその場へ座り込んだ。


泣き声は出ない。

妙に荒い呼吸があちこちで漏れた。


石井は振り返らず、茂へ一瞬だけ顔を向けた。


無線が鳴る。

戦闘が終わり、現場は次の段階へと進んでいた。


盾列の隙間を抜けて、石井が歩いてくる。

一直線に茂の前で止まり、視線だけが短く交差する。


「……助かった」


大袈裟な感情は見えない。


「こっちに」


振り返らずに歩き出す。茂は何も言わずその背を追った。

張り詰めていた視線の束縛が、移動とともに途切れていく。


無線の声、盾の擦れる音、救急の足音。

市民のざわめき。


すべてが背後へ流れていった。


混乱を抜けると照明の質が変わる。そこは現場の空気を切り取った空間だった。

簡易照明。無線卓。広げられた図面。


茂はしばらく動かなかった。視界はある。だが世界はまだ遠い。

音も温度も、匂いも膜一枚越しのままだった。


やがてゆっくりと手が上がり首元へ。

指先が布を掴み、バラクラバを引き上げる。


こもっていた空気が剥がれた。

その瞬間、遮断されていた現実がまとめて流れ込んでくる。


無線の声、靴底の硬い音、遠くで崩れ始めたざわめき、空間の温度、空気の重さ。

すべてが遅れて戻った。


額から落ちた汗が頬を伝い顎先で途切れた。

袖で拭う。


細く息を吐く。

身体が戦闘の終わりを処理している。


無線の声と、紙をめくる音が重なる。

空間は静かだった。だが緊張だけはまだ抜けていない。


茂はまだ立ったままだった。槍の重さが腕に残っている。


石井の視線が茂へ向く。


「……危険な役目をお願いしましたね」


茂は視線を外した。


「うまく噛み合っただけです。後の事はそっちでお願いします」


声の温度は変わらない。


「怪我は」


「ありません」


短いやり取りのあと、小さく頷いた。


「……そうですか」


わずかな間。


「……ありがとう」


声の温度は変わらない。

でも手続きの言葉ではなかった。同じ現場を見た人間の声。


茂は視線を切るとそのまま手を動かした。

槍を分割して何もなかったみたいに収納ケースへ戻す。


石井はそれを見ていた。


「……ご協力、ありがとうございました」


茂は短く頷いた。

言葉は返さない。


そのまま規制線の外へ歩き出すと、また空気の質がわずかに変わった。







ショッピングモールの玄関。


「しげる!!」


場の温度を無視した声だった。

ユイが一直線に駆け寄り、減速もせず勢いのまま抱きつく。


「ちょっと待って待って待って……何あれ……」


興奮を隠さない呼吸。

顔を上げたまま茂を見る。


「やばいんだけど」


間を置かない。腕に力が入る。

離れない。


「いやもうマジで……」


言葉が追いつかない。


「めちゃくちゃカッコよかったんだけど!」


周囲の警官が一瞬だけ視線を向ける。


すぐに逸らす。


ユイは止まらない。


「ねえ見た!?あの最後のやつ!」


茂の腕を掴んだまま揺する。


「何あの動き!」


「ちょっと意味分かんないんだけど!」


半分笑っている。


半分本気で興奮している。


「いやほんと……」


小さく息を吸う。


「ちょっと惚れ直したんだけど」


少し離れた位置。

石井はその光景を静かに眺めていた。


表情は変わらない。


やがて巡査へ短く指示を出す。数分後、移動交番車が静かに滑り込んだ。


「ご自宅までお送りします」


事務的な声だった。

拒否理由はない。茂は無言で乗り込む。ユイも当然の顔で続いた。


ドアが閉まり、サイレンを鳴らさないまま車は静かに走り出した。


ユイの声だけが、途切れず続いていた。



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