第47話 不純物
※本話はR15に調整しています。R18版はミッドナイトノベルズに掲載しています。
【R18】僕と彼女の猟奇的な日常 R18
https://novel18.syosetu.com/n6453lw/
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
休憩中だった。
駅前雑居ビルの2階、買取店のバックヤード。
客からは見えない位置に置かれた椅子に茂は座っている。
テレビはついている。音は気にならない程度。
室内は静かだった。
エアコンの風が紙の端をわずかに揺らす。
壁際に積まれた段ボール箱は、先週と同じ並びのまま動いていない。
茂は缶コーヒーを片手に画面を見る。
見ているだけで追ってはいない。
――新銃規制法の施行から三日が経過しました。
街には「自分の身を守るための許可証」を手にした市民が溢れ、銃砲店にはこれまでにない異様な光景が広がっています――
【番組 昼下がりの論点】
出演 加藤 山本
加藤:
新銃規制法の施行から今日で三日目となります。全国各地の指定銃砲店では、朝から「一般市民向け販売枠」を巡る長い列が途切れることなく続いています。小泉さん、この光景はまさに異常事態とも言えますね。
山本:
はい。都内の店舗では、開店前から百人以上の行列ができ、整理券が配布される事態となっています。並んでいる方々の多くは、一日の講習で「仮免」を取得したばかりの一般市民です。
加藤:
皆さん、手元には発行されたばかりの許可証と、スマートフォンの認証アプリが見えますね。一発しか撃てず、警察の許可がなければロックも解除されない「一発銃」ですが、これほどまでの需要があるというのは……。
山本:
並んでいる男性にお話を伺ったところ、「ゲート現象以来、夜道が怖くて仕方がなかった。性能がどうこうよりも、家に銃があるという事実だけで安心が買える」と仰っていました。いわば「お守り」としての需要が、実用性を上回っているようです。
加藤:
一方で、現場の事務処理はパンク寸前のようですね。
山本:
ええ。銃を購入しても、その個体IDと使用者IDを本部のサーバーに紐付ける「アクティベーション」に数時間を要するケースが相次いでいます。せっかく手に入れても、サーバーが混雑して「まだ撃てない鉄の棒」を抱えたまま帰宅する人も少なくありません。
加藤:
「安心」を買うための行列が、皮肉にもシステムの脆弱性を露呈させている形です。小泉さん、購入者の層に変化はありますか?
山本:
これまでの猟友会のような年配層だけでなく、二十代から三十代の若い世代、中には主婦層の姿も目立ちます。護身という名目で広がるこの「武装の日常化」が、今後どのような摩擦を生むのか……。
加藤:
サーバー承認を待つ行列。その隙を突くような事態が起きないことを祈るばかりです。続いてのニュースです……。
ドアが開いた。
「茂くん」
中野だった。
茂の正面ではなく、横に回る。テレビと椅子の間の狭い所。
距離が妙に近い。
「ご飯、食べた?」
答えを待たずに覗き込む。心配してる風な口調。
理由は添えない。
「さっきから顔、ずっと一緒だよ」
笑いながら柔らかさを残した、どこか世話焼きじみた顔。
「休憩、短かったでしょ。大丈夫?」
袖が肘に触れる。
わざとじゃないふりをした距離。
茂を見た。
反応を見る目。
「無理してない?」
問いかけは優しい。
だが踏み込む深さが少し過剰だ。
「なんかさ、最近ちゃんと食べてなさそう」
そう言って軽く触れ拒まれないことを確かめると、距離が一段詰まった。
視線は自然に腰のあたりへ滑っていく。
女の視線には分かりやすい熱が混じっていた。
欲情か退屈かその区別に意味はない。
中野は周囲を確認すると、茂の座るパイプ椅子の間に踏み込んだ。
「……ねえ、ここ、カメラの死角なの知ってる?」
茂は缶コーヒーを口元で止めたが、顔を下げなかった。
その手が、慣れた手つきで茂のジッパーに掛かる。
28歳の女としての経験値あるいは退屈な結婚生活が生んだ手際。
中野の動きは確かだった。本能を刺激する速度と圧力。
茂の身体に熱がじわりと広がる。
視界の端で整えられた髪が揺れ、喉が小さく鳴るのが見えた。
茂は無表情でそれを眺めた。
身体は反応している。だが、それは別問題だった。
この安っぽいバックヤードで、バイト仲間の女に慰められる。
今の自分にはひどく不純物に見えた。
その手つきは、確かに彼女に近い。
だが茂の中で重なる場所が最後まで見つからなかった。
「……中野さん」
呼ばれた瞬間女の中で確信が生まれる。
茂は女の頭を片手で掴んだ。髪を掴む指先に無意識に力がこもる。
「……なに? もっと強いのがいい?」
期待に満ちた瞳が、下から向けられる。
だが茂はその手を緩めず距離を作って引き離した。
「……いいです。もう」
「えっ……? でも、茂くんの、こんなに……」
茂は立ち上がりジッパーを上げてベルトを締めた。
床に膝をついたまま、呆然と見上げてくる視線が残る。
「……仕事に戻ります」
背中越しに小さく屈辱に震える気配が伝わってきた。
でも今の茂にはどうでもいいことだった。
身体は反応していた。
それでも求めている物がそれではないことだけは、はっきりしていた。




