表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と彼女の猟奇的な日常 ――怪物が現れるようになった日常で、歪んだ俺の性格が武器になる? なぜか海外からも依頼が来るようになった――  作者: nnnkkk
第一章 僕と彼女の猟奇的な日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/43

第33話 成立条件

規制線を離れて、しばらく歩いた。靴底がアスファルトを叩く。


胃の奥が鳴った。空腹じゃない。身体が肉を催促している。

角を曲がると、牛丼屋の看板が見えた。


――ここか。


好きな店じゃない。

前に記事で不義理な話を見てしまった。


でも今日は、目に入った。

それだけで十分だった。


茂は戸を押した。


甘い汁の匂い。

昼を外した時間なのに、カウンターに客はいる。


空いている席に腰を下ろす。

ケースは足元。

側にある安心。


「ご注文どうぞ」


呼びかけに顔を上げた。


「牛丼、大―――――」


言いかけて、止まった。


大盛。

――足りるか。


胃の奥が、もう一度鳴る。

さっきより強い。

圧が突き上げてくる。


「………超特盛で」


一瞬置いて、続ける。


「あと卵二つと、とん汁」


店員が機械みたいに復唱する。


茂は頷いた。


先に出てきた水を飲む。

冷たい物が喉を通る感覚。


超特盛。

どんぶりが重い。白と茶色の量が、目に見えて多い。


卵。

とん汁。

牛丼。一式が並ぶ。


紅しょうがを取った。躊躇なく多めに乗せる。

色が混ざる。


箸で崩し卵を割る。

どんぶりに黄身が広がり、紅しょうがを一緒に混ぜる。


ぐちゃぐちゃになる。

それでいい。


一口目。


噛まない。

噛む前に、飲み込む。


二口目。

三口目。


味は分かっている。昔から変わらない。

好きでも嫌いでもない。


ただ入ってくる。


口を止めない箸を止めない、呼吸だけが間に入る。


紅しょうがの酸味と卵のぬるさ――脂の重み。


全部が混ざって、腹に落ちる。


とん汁を一口のんだ。そしてまた牛丼に戻る。


周りの音が消え視界が狭くなる。

丼と手元だけになる。


掻き込む、止まらない止める理由がない。


皿の底が見えたとき、そこで箸が遅くなった。


――足りたのか?







チェーンのコーヒーショップだった。

緑じゃないほう。

人が多すぎず、少なすぎもしない。


ブレンドをブラック。


窓際の席に座り、蓋を外した。

湯気が立つ。

匂いだけで、口はまだつけない。


外を見ているようで、見ていない。

視線はガラスの向こうに置いたまま、頭の中だけがさっきの現場に戻る。


——中型。


区分はそうだ、だが体感は違った。


前の大型。

特大型。

本当はあれより、厄介だったはずだ。


理由は分かっている、単体性能じゃない。


動線。

間の詰め方。

判断の切り替え。


圧が、一直線じゃなかった。


二本足。


その事実だけが、静かに残る。

驚きはない。

嫌悪もない。


——知能を感じた。


そうラベルを貼る、感想じゃない。

分類だ。


あれは、獣の延長じゃなかった。


コーヒーを一口飲んだ。

苦く熱い。


喉を通る間に、考えを続ける。


勝てた理由。


自分が強かった?

違う。


槍?

条件の一つ。


囮。

雷光。


そこだ。


囮がいなければ、正面からしかなかった。

たぶん。


雷光がなければ、判断の速度で負けていた。


あれは、一対一じゃなかった。


処理できた。

勝ったんじゃない。


位置取りがたまたま良かっただけ?


茂はカップを持ったまま、動かない。


囮。


人間だった。

たまたま。——じゃない。


コーヒーを口に含み飲み込んだ。

熱さも苦さも、いまは情報にならない。必要なのは、さっきの現場の形だけだ。


中型。

なのに、厄介だった。


理由は筋力じゃない。

速度でもない。

向きだ。


あいつは、獲物を壊しながら、周囲を切り替えていた。

目線の移動が速い。

怒りじゃない。

作業みたいに、対象を選ぶ。


——つまり、正面から勝負する相手じゃない。


指先で紙コップの縁をなぞった。

癖みたいに。


勝因は?


槍が強くても、成立しない?

雷光があっても、成立しない?

囮があると、成立する?

そうかも。


囮は人間だった。

もっと正確に言うなら、人間の動きだった。


動く。

逃げる。

叫ぶ。

硬直する。

助けを求める。


それが、相手の判断を引っ張る。

相手の判断が引っ張られた瞬間だけ隙が出来る。

その瞬間、槍が意味を持つ。


茂は視線を上げずに、頭の中で分類した。


一般市民。警察。駆除屋。


役割が違うだけで、中身は同じだ。

動く人間。

恐怖で動く人間。

義務で動く人間。

金で動く人間。


全員、囮になれる。


向こうが囮になるかどうかは、意思じゃない。

構造だ。


一般人は勝手に逃げる。逃げる方向も、止まる場所もばらばらだ。

それだけで判断が遅れる。


警察は、線を引く。

線が引かれると、人の流れが固定される。

流れが固定されると、逃げ場が一定になる。

逃げ場が一定になると、獲物の向きも一定になる。


登録の駆除屋は、逃げない。

逃げると、評価が下がる。

だから残る。

残るから、前にでる可能性がある。

前に出ると、相手の最初の選択肢になる。


カップの中身を見た。

黒い液体。

底が透けてきている。


——囮は作れる?


囮役を募集する必要はない。

説得もいらない。

善意もいらない。


人間がそこにいて、自分を守ろうとして動く。

それだけで、囮が発生する。


必要なのは、囮の発生じゃない。

囮の配置だ。


どこに集まるか、どこに逃げるか、どこで止まるか、どこで叫ぶか。


それを、先に決める。


決めれば、相手の向きが決まる。

向きが決まれば、背中が見える。

後ろから安全に槍を通せる。


茂はそこで、一呼吸だけ止めた。


自分以外は全部囮にできる。

その発想が、喉の奥に冷たく残った。


倫理じゃない。

嫌悪でもない。

ただの現実。


自分が生き残る順番を最大化すると、こうなる。


最後の一口を飲み干した。

紙コップを置く。


結論は出さない。

今は、気づいただけで十分だ。


囮は、世界にいくらでもある。

問題は——


自分が、それを使う側に立つことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ