第31話 揃った
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刃先の奥で、圧が生き物みたいに跳ね返った。
茂の掌に、返ってくる。
押し返される感触。
刺したものが、内側から膨らむ。
次の瞬間――
腹の内側が鳴った。
音じゃない。
破ける感触だ。
硬直していた巨体の胴がひとつ痙攣し、皮膚の下の形が崩れた。
表面はまだ、持っている。
だが中身が致命的に壊れている。
巨体の片足が、ふっと浮いた。踏ん張りが消える。
茂は槍を抜かなかった。
抜けば、その瞬間に距離が消える。距離が消えれば、拳が来る。
巨体は拳を振り上げた。むき出しの怒りと殺意。
だが拳は落ちない。
腹の内側が、もう一度鳴った。
小さく、湿った破裂。
筋膜が耐えきれずに裂け、血が行き場を失って、内側で噴き上がった。
身体が傾き前に落ちる。怒りの勢いのまま、崩れた。
動かない。
槍を引くと同時に、半歩下がる。
離れた。
巨体が地面に拳をつき支えようとする。
倒れないようにしているのに、倒れる形に身体が勝手に向かっていく。
交差点の向こうで、クロスボウの男が構え直した。
さっきまで迷っていた指がトリガに触れる。
一瞬の迷い。
その間に、巨体はもう崩れていた。
身体が横倒しになり、
最後に、頭がアスファルトへ落ちた。
鈍い音。
それで終わった――はずだった。
――来た。
茂の喉が、一度だけ詰まった。
息を吸っていないのに、肺が膨らむ。
背中の奥が熱い。熱じゃない。力が、内側から押してくる。
指に力が入る。入れた感覚より、強く握れた。
槍の柄が、掌の中で軽くなる。
重さが消えたんじゃない。
滑りが消えただけ――はずだ。
茂はそれを言葉にしなかった。
確認もしない。
ただ、逃がさないように呼吸だけ整えた。
体の奥で、何かが揃う。
音はない。
だが確かに、流れ込んでくる。
槍を構えたまま、近づかなかった。
確かめない。
近づく理由がない。
車内から、ようやく声が漏れた。
泣き声に近い。
喉が壊れた音。
茂は振り向かなかった。
生きていようが死んでいようがどうでもいい。
警察が来て規制線が張られる。
回収が来て割合が決まる。
交差点に、遅れてサイレンが刺さった。
近づく音が角を曲がる。
赤色灯がコンビニの窓に反射して、色だけ浮き上がった。
茂は槍を下げた。
パトカーが二台。
警官が降りるより先に、車内から短い指示が飛んだ。
「交差点、止めます!」
次の瞬間、動きが分かれた。
一人は倒れた巨体へ。
二人は四方向へ走る。
黄色と黒のテープが交差点を囲い、交通も歩行者も止めた。
その内側に取り残された。倒れたものと同じ側。
警官が巨体を見て、すぐ無線を入れた。
声が低い。
「車内に負傷者、います」
茂はそれを聞いて、理解した。こういう現場は、警察が握る。
被害者がいる駆除のあとに残るのは事件だ。
警官が茂に気づき、駆け寄った。
目線はまず装備に行って、すぐ顔に戻る。
「大丈夫ですか。ケガないですか」
茂は首を振った。
「すみません、その槍、先端をこちらに向けないでください」
言われた通り、槍の向きを変えた。
「ありがとうございます」
警官はすぐ、横に目をやった。
血に濡れた車内で、影だけがまだ動いていた。
「中に人いますよね」
「こちらで確認します」
「すみません、安全確保のため、規制線のところまで下がってください」
「はい」
いま前にいる意味はない。
槍の先端をさらに下げ、規制線の端へ、走らず、逃げず、距離を取る。
遅れて、回収のトラックが来た。
クレーン付きの平ボディ。
回転灯はない。
回収業者。
業者は巨体の周りをまず撮った。
損傷部。道路の血痕。車体の破損。
撮る順番に迷いがない。
慣れている。
死体はもう生き物じゃない。
書類だ。数字だ。金だ。
クロスボウの男が、規制線の内側で立ち尽くしていた。
腕章が光る登録駆除従事者。
逃げる理由が消えた顔で、そこに残っている。
別の警官が男に声をかけた。
「すみません、駆除に入ってました?」
男が頷く。
「登録の方ですか」
「ID、見せてもらえます?」
男は胸元からカードを出した。
その動きだけが、情けないほど速い。
生き残りの速度だ。
さらに遅れて、もう一台。
黒っぽい車が滑り込んだ。
降りてきたのは、現場用の上着を着た男だった。
首からID。
視線が左右に動く。
アジャスターが来た。
――配分だ。
車内に被害者、その外側に登録と茂
アジャスターは巨体の周りを歩いた。
踏まない。
触らない。
目だけで拾う。
業者の端末を覗き、警官と短く言葉を交わす。
その会話の中に、感情はない。
ここから先は、処理。
アジャスターの視線が、茂に来た。
一秒。
それだけで測られている感じだった。
茂は何も言わなかった。
最初に声をかけた警官が戻ってきた。
「すみません、確認だけさせてください」
「駆除に入ってた方ですよね」
茂は頷いた。
「登録の方ですか。未登録ですか?」
「……未登録です」
警官はほんの少し止まり、それから頷いた。
驚いてはいない。
「わかりました」
「身分証、あります?」
短く頷き、ポケットに手を入れた。
戦いは終わっていない。形が変わっただけだ。
次は、制度が相手だ。




