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僕と彼女の猟奇的な日常 ――怪物が現れるようになった日常で、歪んだ俺の性格が武器になる? なぜか海外からも依頼が来るようになった――  作者: nnnkkk
第一章 僕と彼女の猟奇的な日常

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第30話 間に合った

茂はケースを地面に落とし、留め具を弾く硬い音とともに蓋を開いた。


中の槍は二本に分かれている。


膝をついた。ケースから槍を引き抜き、分割された二本の継ぎ目へ静かに指をかける。


十秒あればいい。


その十秒の間に、音が変わった。


ガラスの割れた窓から、黒い腕が突っ込まれる。


窓枠が鳴いた。

薄い鉄が、悲鳴みたいに歪む。


中の人間が引っ張られる。

影が前に倒れ、体が持ち上がる。


出てくる――はずだった。


だが止まった。


シートベルトだ。


肩だけが先に抜ける。

腰は残る。

身体が半分、車内に噛み込んだままぶら下がる。


引きちぎる音はしない。ただ、抜ける。


腕だけが出てきた。肩口から、肉が裂けている。

血の線が一本、空に引かれた。


黒い腕がそれを握り、振った。

ためらいなく。それを棍棒のように振るった。


ゴン。

ゴン。

ゴン。


軽が跳ねる。

電柱に刺さったまま、車体だけが痙攣する。


そのたび、赤いものが飛ぶ。


血、骨、それと肉片。

それらが交差点のアスファルトに散る。

太陽の光の下で、それだけが妙に鮮やかだった。


茂は視線を逸らさなかった。

逸らす余裕もなかった。


ジョイントが噛み込む。

回す。

締まる。

固定される。


――終わった。


槍を持ち上げた。重心が前に寄っている。

雷光の重さ。


それが、今の拠り所だった。


黒い塊がこちらを向く前に――

間に合う。


一歩、踏み出した。


茂は息を殺した。

走った肺がまだ熱い。それを、ゆっくり冷やす。


視界の中心にあるのは、黒い背中。肩の盛り上がった筋肉。

拳が車体を叩くたび、背中が波打つ。


こちらを見ていない。

まだ。


槍を水平に構える、全長2メートルが最低限の間合いを作る。


一歩。

二歩。

砂利を踏まないように近づく。


車内に、まだ動く影がある。

助手席か。

運転席か。

どっちでもいい。


まだいるうちは、間に合う。


茂の頭の中で、計算が回る。

助けるためじゃない。

刺すための。


黒い塊は獲物を壊すことに夢中だ。

怒りの方向が、車に固定されている。

背中は空いてる。


さらに近づいた。

ゆっくり。

速くしない。

速くすると音が出る。

音が出ると振り向かれる。


振り向かれたら……


交差点の反対側。

クロスボウの男が、まだ立っていた。


狙いは外れている。

構えたままではない。

ボウガンを下ろし、車を見ている


逃げるか。

残るか。


顔がそう言っている。


登録の腕章、ベスト胸元の反射材――公認の印。


逃げたい。

でも逃げれない。

そんな葛藤が見える。

ペナルティが溜まってるのかもしれない。


インボイスを貰うために最低限の義理を果たしていた。


男の目線が、茂に一瞬だけ飛んだ。

何か思いついたのか。

それとも、何かを期待したのか。


茂は返さない。

目を合わせない。

合わせた瞬間、繋がりが生まれるかもしれない。


それはいらない。


槍を持つ手の指を、スイッチの位置に添えた。

冷たい樹脂。

押せる距離。押すだけの指。


黒い背中まで、あと数歩。


車内の影が動いた。

ドアを押している。開かない。歪んでいる。


その動きで判断できる。

まだ生きている証拠だ。


茂は最後の一歩を、さらに遅くした。

背中の死角。

車体と電柱の影。


――今。


息を殺したまま、背中へ入った。

白い光は撃たない。

今は必要ない。


槍を送る。


距離は足りた。角度もいい。

そして、背中に刃が入った感触が手元に返った。

硬い皮膚。

その奥で、抵抗が一段落ちる。


刺さった。


茂はすぐに、指で探した。

トリガ。

V-Gelの――引き金。


だが雷光のスイッチを意識してたから僅かに遅れた。


その一瞬で、黒い背中が震えた。

筋肉が跳ね、肩が捩じれる。


来る。


振り向いた塊が腕を振った。


槍が弾かれる。

カーボンがしなった。

手首ごと持っていかれる。


反射で柄を離さず、身体ごと後ろへ跳んだ。

一歩。

二歩。

距離を作る。


刃先が抜ける。


刺した。致命傷だ。間違いなく。

でもすぐには死なない。もう少しいる。


黒い塊が振り向いた。

真正面。


拳の先に、血がついている。

自分のじゃない。

車内の誰かの。


目が合った。


瞬間、時間がゆっくりになる。

瞳孔の黒。

濡れた瞳。


怒りではない。ただ敵を見ている。


息を吸いそうになって、やめた。


逃げるな。逃げたら追われる。

追われたら終わる。


交差点の向こうで、クロスボウの男が逃げる方向を探していた。

だが、身体がまだ残っている。

決めきれていない。


車内で、何かが叩く音がした。

ガラスじゃない。

内張りを叩いている。出たがっている。出られない。


声は聞こえない。

でも――まだ生きてる気配だけがある。


その情報は、感情にならなかった。

ただのタイミング。


指が、スイッチの位置を探す。

迷わない。

もう迷わない。


押す。


雷光が爆ぜた。


白い閃光がそれを塗りつぶし、

黒い塊の輪郭が一瞬だけ切り刻まれる。


動きが止まる。


止まったのは足だけじゃない。

目線の処理が遅れる。身体が命令を失う。


――止まった。


確認した瞬間、踏み込んだ。

穂先を前へ送る。


腹。

柔らかいところ。

皮膚の下に内蔵が溜まる場所。


抵抗なく刃が入る。


躊躇しない。

手元のトリガを――引いた。


指が動き今度は引けた。


槍の奥で、機械が作動する気配。遅れて、圧が走る。


踏み込みを止めない。


抜かない。


離さない。


順番は、守った。

明日も複数話更新予定です。


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