第70話 第21章 水槽の金魚 4 苦痛のBGM
「なんでうちの子が受験できないの!!!」
職員室に、引き裂くような怒号が響き渡る。
その喧騒から少し離れた場所で、がり勉猫、コツ勉猫、ネコロボの三匹は、知り合いの先生とお茶を飲んでいた。耳に入ってくるのは、およそ「心地よい」とは言い難い最悪のBGMだ。
教頭:「それは……タケシ君が学校に来られない以上、成績に『1』以外をつけることは、どうしてもできません」
タケシの母:「タケシは頭がいいの! 学校なんて行かなくていいの! じゃあ今からテストしなさいよ! 学校も出席扱いにしなさい!」
無茶苦茶な要求が飛ぶ。
教頭「何度も何度も登校するように私どもは促しました。 でもお母さんがお子様の自由だと。」
タケシの母:「うるさい! そもそも、学校がタケシを説得して行かせるようにしないのが問題なのよ! 訴えてやるわ! 教育委員会にも言ってやるから!!あなたたちがタケシちゃんの受験する中学校に電話して説明しなさい!!」
苦痛なBGMは鳴り止まない。
がり勉猫:「……いるんですよね。散々『学校なんて意味がない』『行かなくていい』と言い放ちながら、受験直前になると出席で不利になって騒ぎ出す親。そして、すべての責任を教育現場に転嫁する……。ですね、先生?」
先生は、ただ苦笑いを浮かべるしかない。
コツ勉猫:「最初から学校に丸投げして、自分は変なセミナーに通って……。子供が病気だの、まずは自分が幸せになるだの。さも子供と向き合っている風を装った、ただの放置親ね」
先生は、引きつった笑いを深めるだけだ。
ネコロボ:「皆さん、やめてください。教職の立場にある先生は、何も答えられませんから。……でも、大変ですね。学校丸投げの親に、子供の権利を盾にする教育委員会。それでいて『解決しろ』というクレームの嵐。空を飛びながら深海魚を捕まえろと言っているようなものです。」
コツ勉猫:「……ネコロボだって、さっきから先生を困らせているじゃない。だから嫌なんです、この手の話に関わるのは」
がり勉猫:「この矛盾の中で、真っ先に疲弊するのは現場の先生方です。情熱がある先生ほど心が折れ、割り切るようになれば『やる気がない』『先生失格だ』と叩かれる。私は様々な資格を持っていますが、教職だけは高校、大学、幼稚園までです。……私でも、流石に義務教育は無理です」
コツ勉猫:「先生、大丈夫……?」
先生は、背後で流れる「苦痛なBGM」を聞きながら、今にも壊れそうな笑顔で答えた。
がり勉猫:「そもそも、この多様性の時代に、過去の単一社会を目指す、義務教育制度そのものが限界を迎えているんですよ。崩壊していると分かっているのに……まだやってる。体裁ですかね、、、 現場は悲惨ですね」
ネコロボ:「そろそろ帰りましょう。モチオさんを待っていても終わりません。強制終了して連れてきます」
ネコロボは、教室でビデオに熱中するモチオを引きずり出すため、席を立った。
その時、がり勉猫が大きな声を出した。一瞬、隣の怒号を遮るほどの声で。
「先生方! いつもお疲れ様です!! モチオさんが持ってきたあのビール、どうぞ皆さんで飲んでください! 親の責任転嫁、子供のワガママな権利、行政の無責任……。そんな身勝手な人間たちの盾になってくださっている、日頃のご苦労は想像を絶します! せめて、ささやかなねぎらいになれば! では、失礼します!!」
がり勉猫とコツ勉猫は、深々と一礼して職員室を後にした。
ネコロボに強制終了されたモチオを回収し、一同は帰路につく。
がり勉猫:「私は部外者。だからこそ、好き放題言わせてもらいましたよ」
コツ勉猫:「伝わっているといいですね、お兄様の想い……」
帰り道の夕闇の中。
ふと目に留まった心療内科の待合室には、今日も人が溢れかえっていた。




