第61話 第12章 母親なんて大嫌いだ 完 5 愛のカタチ
研究室のモニターに、粗い粒子を伴った映像が映し出される。
ケイコ:「やっとだね、10年か……やっと……。男の子だから『ダイチ』って名前にしたいの。あなた、いいでしょ? 大地のように大きく強く成長してほしいって意味よ……」
場面が砂嵐と共に切り替わる。病室で荒れるケイコの姿だ。
ケイコ:「なんで! なんで私なの!! なんでガンなのよ! もう助からないって何!? なんでよ――!!」
再び映像が歪み、無数のチューブに繋がれた姿が映る。
ケイコ:「あなた、止めないで……私、なんだってする。ダイチを産むまで、延命治療がどんなに辛くたってやりたいの。私、ダイチを産みたいの……。10年よ、10年待ってできた私の宝物。ダイチは私の命より 大事な、かけがえのないものなの……」
そして、カメラに向かって、涙を流す彼女。
ケイコ:「ダイチ、ごめんね。あなたと遊びたかった。遊園地も、公園も、授業参観も運動会も……。反抗期に『ババア』とか言われるのかな(笑)。それで、大人になって結婚相手を連れてきて……。ごめんね、お母さん、何も……何もできないかもしれない。最低な母親で……ごめん……」
場面は一転し、緊迫した手術室の音に包まれる。
医師:「一郎さん! 決断してください! ケイコさんが持ちません! 赤ちゃんを諦めてください! 早く決断しないと!!」
遠のく意識の中で、ケイコが一郎の手を強く握る。
ケイコ:「あなた……お願い……約束……」
最後に、
静かな棺の横で、生まれたばかりのダイチがそっと寝かされる。ケイコの表情は、驚くほど穏やかだった。
ブツッ……。
映像が途切れると、部屋には鼻をすする音だけが響いた。
がり勉猫:「ダイチ君。これでも、あなたは母親が自分を見捨てて、勝手に天国に行ったと言うのですか?」
ダイチ:「嘘だ……嘘だ!! こんなの作りもんだ、デタラメだ!! 映像は全部お父さんが捨てたんだ! デタラメだ!!」
ダイチは叫びながら泣きじゃくった。
がり勉猫:「デタラメではありません。確かに生成AIを使っていますが、これはすべて事実です」
一郎:「これ……は……。私の……夢……? だから研究室に行った時、ただ『寝るだけでいい』と言われたのか……」
がり勉猫:「そうです。お父さんには少し説明しましたね。これが一郎さんの記憶、悪夢、そしてトラウマを映像化したものです」
モチタ:「夢を映像化なんて、できるの……?」
がり勉猫:「はい。実験段階ですが、ある程度は可能です。特に一郎さんは悪夢として鮮明に見ていましたから、精度が高かった。……そして、これを見てください。一郎さんが意識下で忘れていたものが、夢の中で覚醒することがあります。『潜在記憶』というものです」
モニターの中で、お腹を優しくさするケイコの姿が映し出される。
ケイコ:「ダイチ。お父さんはね、口下手だからうまく話せないの。だから許してあげてね。お母さんの分も、この頼りないお父さんを頼んだわよ(笑)」
場面が切り替わり、彼女はまだ見ぬダイチの未来を語る。
ケイコ:「ダイチってどんな子になるのかな……楽しみだな。見たいな。きっと心優しい、弱い人を守るような大人になってくれる。私、そう信じてるの。正義感が強いところは、私に似てほしいな……」
そして、一郎の手を握りしめ、魂を削るような願いを口にする。
ケイコ:「あなた、約束して。どんなことがあってもダイチを優先して。医者は諦めろって何度も言ってる。だけど、私は諦めない! 私の意識がなくなった時、もう抵抗できない。だからあなたが言って。『ダイチだけは守って』って。お願い、私のワガママだけど……絶対に守るって、今約束して!!」
ブツッ……。映像が途切れる。
がり勉猫:「一郎さん。あなたはあの日、ケイコさんを守れなかったことをずっと後悔している。だからそれがトラウマとなり、悪夢を見続けていたのです。ですが、潜在意識から読み取った真実は違います。あなたの選択は間違っていなかった。ケイコさんは、今の結果をきっと喜んでいますよ」
一郎は溢れる涙を止められず、深く、何度もくまなくうなずいた。沈黙の中、モチオがぽつりと口を開いた。
モチオ:「ダイチ……いいお母さんを持ったニャ。お前のかーちゃん、最高じゃねーか……」
ダイチの中で必死に蓋をしていた感情が爆発してしまった。
ダイチの目から透明な涙がとめどなく流れる。
がり勉猫:「ダイチ君。あなたのお母さんは、命に代えてあなたの存在を守ったのです。精一杯生きて、立派になってください。お母さんが守りたかったものに『価値』をつけるのは、あなた自身です」
モチクロ:「お母さんはいない……。でも、お母さんの愛は消えていない。お母さんの愛……それがダイチ君の存在そのものなんだね……」
コツ勉猫は我慢できなくなって声を上げて泣きながら、ダイチに抱きついた。
コツ勉猫:「お母さんの愛を踏みにじっちゃダメ……!
悪い子になっちゃダメ!
お母さんが悲しむわ……!
ダイチ君のこと、愛してるに決まってるでしょ……!
もう……バカ……バカぁ……!」
ダイチ:「うん……。僕、僕……お母さんの分まで頑張るよ。母さーーん!! 僕、頑張るからーーー!! うわああああん!!」
一郎も二人に駆け寄り、ダイチを抱きしめた。
一郎:「ケイコ! ケイコ!! ダイチは俺に任せとけ!! ダイチ、これから二人で、いや、これからも三人で頑張ろうな……!!」
事務所には、親子の、そして猫たちの啜り泣く声だけが広がっていた。
その時、
消し忘れていたモニターから、がり勉猫も記憶にない最後の断片が再生された。
ケイコ:「ダイチ……愛してるわ。ずっと……」
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愛は形がないけれど
形がないから
消えることはない
形がないから
離れていても
そばにいる
第12章「母親なんて大嫌いだ」 完
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