第57話 第12章 母親なんて大嫌いだ 1 無言
穏やかな午後の公園。母親と子供たちの笑い声が響く中、一人の少年――ダイチがそれを見つめていた。
その時、静寂を切り裂くような悲鳴が上がった。
「きゃあああああ!!」
***
がり勉猫:「なぜ、あんなことをしようとしたんですか?」
ダイチ:「………………」
がり勉猫:「ダイチ君。ご家族は……お父様ですね。お母様は……」
ダイチ:「お母さん? あんな奴のことは知らん!」
さらに踏み込もうとするがり勉猫を、コツ勉猫が制した。
コツ勉猫:「お兄様、これ以上は……。ダイチ君、なぜあんなことをしたのかな。悪いことだって、分かってるよね?」
ダイチ:「嫌いだ! 嫌いだ!! みんな嫌いだ!!! 母親なんてもっと嫌いだ!!!! お前らも嫌いだ! 出ていけ!!」
その時、ドア越しに控えていたモチオが、ダルそうに声を上げた。
モチオ:「そうはいかんニャ。お前な、10歳にもなるんなら分かるだろ? 俺たちは仕事だニャ! 保護観察の付き添いニャ! 形だけでも『反省してます、もうしません』って言えないかニャ? それを言わないと、俺たち帰れないの! 分かるかニャ?」
ダイチ:「大人の事情を僕に押し付けるな!」
モチオ:「押し付けてる。当たり前だろ。俺はな、今日は家でゲームして昼寝して、猫たちとダラダラしたかったんだ。なのにお前が暴れたから、俺までここに缶詰めニャ。だから選べと言ってるんだ
」
ダイチ:「……っ」
モチオ:「意地を張り続けるか、形だけ謝って今日を終わらせるか。選べるのはお前だけだ」
がり勉猫:「……。お父様がお仕事から戻るまでは、私たちが預かる。それが役目ですから」
ダイチ:「……は、反省してます。もうしません……」
ダイチはふてくされて顔を背けた。
モチオ:「お前、馬鹿だと思ってたけど頭いいじゃねーか。こういう場合は、大人しく従って置くのが最適解だニャ。公園の赤ちゃんに石を投げるなんてとんだ大馬鹿野郎だと思ったけど、安心したニャ。まだ救いようがある。絶望的な馬鹿じゃないニャ」
がり勉猫:「……。石が当たらなかったことが不幸中の幸いです。当たっていれば、もっと大変なことになっていましたよ」
モチオは帰り支度を始めた。
モチオ:「さー、仕事終わり! 帰るニャ!!! 次は投げる前に、ピッチングマシーンで猛特訓してからにしろ! ノーコンは迷惑ニャ! 行くぞ、がり勉猫、コツ勉猫」
去り際、モチオはわざとらしく茶化した。
モチオ:「このがり勉猫先生が、『ダイチ君が号泣しながら謝りました』って警察に報告しておいてくれるから安心しろニャ。ええええん、もうしませーん!ってな」
ダイチ:「けっ! 早く消えろ!」
モチオ:「言われなくても、お前の大好きなパパと交代の時間だニャ。さ、とっとと報告して帰るぞニャ」
モチオは、がり勉猫とコツ勉猫の背中を強引に押して歩き出した。二匹は後ろ髪を引かれる思いで、取調室のドアを後にする。
がり勉猫:「……ダイチ君、あれでも結構素直なほうだと思いました。軽微な事件の保護観察を手伝っていますが、彼はまだ……」
コツ勉猫:「私もそれは感じました。なにか……深い事情があるような……」
モチオ:「そんなのどうでもいいニャ! はよ帰るニャ!! ただ拗ねてるだけだニャ!」
その時だった。背後から、凍り付くような叫び声が上がった。
「ぎゃあああああああ!!!!」
廊下の奥から、さっき公園で聞いたものとは比べものにならない悲鳴が響き渡る。
がり勉猫:「……っ!? 今の……!」
コツ勉猫:「ダイチ君……また……!」
二匹が反射的に振り返ろうとした瞬間、モチオが両腕を広げてその動きを遮った。
モチオ:「はいストップニャ。仕事は終わりだニャ。あとは父親と警察の仕事。俺たちは関係ないニャ」
がり勉猫:「しかし……あの悲鳴は……!」
コツ勉猫:「被害者の親御さんと……同席させたんでしょうか……」
モチオ:「そうだニャ。『直接謝らせる』ってやつだろニャ。大人はそういうのが大好きだニャ。でも俺たちの仕事じゃない。ほら、帰るぞニャ」
がり勉猫とコツ勉猫は、もう一度だけ後ろを振り返った。
廊下の奥からは、父親の激しい怒鳴り声と、被害者母親の戸惑う声、そしてダイチの、魂を削るような泣き叫ぶ声が混ざり合って聞こえてくる。
がり勉猫:「………………」
コツ勉猫:「………………」
モチオ:「はいはい、業務終了ニャ! あんたたちは帰って研究、俺は昼寝。これが次のミッションだニャ。はよ、はよ……」
がり勉猫とコツ勉猫は、胸の奥に鉛のような重いものを抱えたまま、後ろ髪を引かれる思いで警察署を後にした。




