第5話 第1章 家族の形 4 完 お金で買えるもの
モチクロは、泥のように泣きながら走って帰ってきた。
モチクロ「ウメコばあちゃんが!! ウメコばあちゃんが……っ!!」
その叫びだけで、全員が悟った。
彼らは事務所を飛び出し、ウメコのもとへ
ウメコ枕元で、医者と看護師が寄り添っていた。
ネコロボの電子音が悲しく震える。
ネコロボ「……危険な状態です。心拍数、急激に低下中。正直……あと、数分も持ちません。ビビビ……」
モチタ「ばあちゃん!! まだ一緒にやるクエスト、残ってるだろ!? レベル20じゃん! これから全クリ目指すんじゃなかったのかよ!!」
モチタはコントローラーを握りしめ、叫んだ。
ウメコさんは、ただ優しく、弱々しく微笑んでいる。
ウメコ「コツ勉猫ちゃん……。私が、その……逝くときは……。死に化粧は、あの『ギャルメイク』でお願い……ね」
コツ勉猫「何言ってるんですか!! そんなの100年先の話ですわ!! 私、100年後のトレンドなんて知りませんから!!」
コツ勉猫は声を荒らげ、あふれる涙を必死に隠した。
がり勉猫「ウメコさん……! もっと、もっと戦争の話を聞かせてください! 二度と同じ過ちを繰り返さないために……あなたの言葉が必要なんです!!」
がり勉猫は必死で声をかける。
みんなが涙をこらえて必死に呼びかけている中
モチオ「おい! ババア!! 何を寝てやがるニャ!!」
モチオの怒声が、静まり返った空気に響き渡った。
モチオ「俺は腹が減ってるんだニャ! 飯だ、飯!! お漬物チャーハンを作りやがれ! 今すぐ立て! 今すぐ作れニャ!!」
ウメコさんは、力なく、けれど幸せそうに微笑んでいる。
その背後。
薄い扉の向こうから、ヘドロのような声が漏れてきた。
奈津美「……ああ、よかった。お母さん、もうすぐだって。ねえ兄さん、遺産はどう分けるのよ?」
隆司「長男の俺が全部に決まってるだろ。文句言うなよ」
奈津美「そんなはずない! 私だって権利ある!」
ウメコがいようがいまいが関係ない声量で会話が聞こえてくる。
奈津美「健太、塾の宿題は済んだの?」
建太「うるさいな、今クエスト中なんだよ。死ね! 死ね! ぎゃははは!!」
テレビゲームの電子音と、「死ね」という無邪気な罵声。
ウメコの最後にまでお構いなしの会話が耳を刺激する。
モチオは我慢の限界を超え
毛が逆立ち、怒りが沸点を超えた。
モチオ「……てめーら、いい加減にするニャ!! ウメコがどういう状況かわかってんのか!!!」
モチオが親族へ飛びかかろうとした、その時。
骨と皮ばかりになったウメコさんの手が、モチオの肉球をそっと包んだ。
力ない、けれど確かな拒絶。
ウメコさんは静かに首を横に振り、「いいのよ」と伝えるように微笑んだ。
モチオ「……ウメコ。でも、ウメコ!! 納得いかねーニャ!!ウメコ!!」
モチオはこらえきれず、涙をボロボロ流した。
ネコロボが何かを察したかのように モチクロに声をかける
ネコロボ「モチクロ、 いや、 ミミ あなたにしかできない事 お願いできますでしょうか?」
モチクロは涙を拭いて大きくうなずいた。
そしてウメコに近づいて話を始めた。
モチクロ「ばあちゃん……世界で一番大好きだよ。世界一、愛してる」
モチクロは、震える腕でウメコさんを優しくハグした。
モチクロ「僕……いや、私。ミミは、ウメコばあちゃんと過ごせて世界一の幸せものだった。ありがとう。愛してるよ……」
ウメコさんは最期の最期、消え入りそうな声で、けれど確かな温もりを遺して去っていった。
――「ありがとう」
葬儀は極めて地味だった。
一週間後。
事務所に、ウメコさんからの「プレゼント」が届いた。
高級な絵具セット。謝礼金、そして、一枚の手紙。
『みんなありがとう。ミミ、ありがとう』
ネコロボ「……モチクロさんは絵本作家が夢でしたね。もしかしてウメコ様は、最初からすべて……」
がり勉猫「……無粋な分析は不要です。人は時に、真実よりも大切なものを抱えて生きることもあるのですから」
ネコロボ「……。了解です。ところで、あの件、モチオさんに言いますか?」
がり勉猫「黙っておきましょう。彼には少し、刺激が強すぎます」
ウメコさんの死後、遺産問題であの親族たちが泥沼の裁判に明け暮れていることを、モチオはまだ知らない。
***
がり勉猫「さあ、今日はウメコさんの命日ですよ! コツ勉猫、お願いします!」
コツ勉猫「はーい! 特製・お漬物チャーハンですわ!!」
12月29日。
この日の食卓には、必ずあの黄金色のチャーハンが並ぶ。
モチオ「……。確かにうまいが、ウメコほどではないにゃ」
モチタ「……たしかに」
モチクロ「……だね」
コツ勉猫「なんですって!! またワサビオムライスでもいいんですよ!!」
モチオ「嘘ニャ! 冗談ニャ! これが俺の宇宙一の好物ニャーー!!」
笑い声が、冬の空気に溶けていく。
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血のつながりが、家族だろうか。
心のつながりが、家族だろうか。
家族って何だろうか。
第一章 家族の形 完




