第49話 第10章 淋しい熱帯魚 3 勝負の声
トントントントン……。
事務所のテーブルを、がり勉猫が指で叩く音が規則正しく響く。
がり勉猫:「来ないですよ、ネコロボ!」
ネコロボ:「ですね……。しかし、ちゃんと来てくれるという約束はしました」
重苦しい沈黙が続く。相談者の真美が力なく口を開いた。
真美:「やっぱり、マサルは来ないですよ。いつもあんな感じだし……」
がり勉猫:「……しかし、モチオさんもいない。怪しい。今日はパチンコ店の定休日のはず。どこで何をしているのやら。もしかして……」
その嫌な予感は的中していた。
場所はパチンコ店ではなく、砂埃が舞う競馬場。
マサル:「いやあ、モチオさんが付いてきてくれて頼もしいよ!」
モチオ:「俺はパチプロだけでなく、全ての勝負事のプロだニャ。俺に任せておけニャ」
モチオとマサルは、真剣な眼差しで馬を眺めている。
マサル:「これまでの9レース、3回も的中してる。これは珍しいよ。流石はモチオさんだ!」
モチオ:「俺はパチンコより、むしろこっちの方が得意分野だニャ」
マサルはすっかりモチオを師匠と仰いでいるが、実情は違った。
モチオはマサルが選んだ馬に対して、「これでいいニャ」「まあいいニャ」「無難だニャ」と適当に同調していただけなのだ。
マサル:「とうとう最終レースだね、モチオさん」
マサルは何に賭けるべきか、喉を鳴らして悩んでいた。モチオは黙って、静かにパドックを見つめている。
その時、とある一頭の馬が激しく嘶いた。
モチオの目が、カッと見開かれる。
マサル(……競馬のプロは、馬と対話ができるという。馬が何を言っているか分かると。まさかモチオさん、今……!)
モチオは目を丸くしたまま、隣のマサルに震える声で呟いた。
モチオ:「……聞いたかニャ、マサル……」
マサルは声を殺し、固唾を呑んで深くうなずいた。
パドックの喧騒の中、モチオは静かに呟いた。
モチオ:「……7-10……」
マサルはその声を聞いた瞬間、返事もせずに全速力で馬券売り場へ走った。
その手は、武者震いか絶望の予兆か、激しく震えていた。
そして、運命の最終レースが始まろうとしている。
マサル:「モチオさん、とうとう来たね……。俺、今までの勝ち分と元金、全部ぶち込んだよ。これ、万馬券なんだ。勝ったら2000万だよ!」
モチオ:「まあ焦るなニャ。約束は守ってもらうニャ。勝ち金の15%は俺の取り分だニャ」
マサル:「もちろんわかってるよ! むしろ感謝しかないよ!」
高揚感に包まれるマサルだったが、ふと1つだけ気になった。
マサル:「モチオさん……パドックの時、本当に馬の声を聞いたのか?」
モチオ:「ああ。なんだ、お前には聞こえなかったのかニャ?」
マサル:「……。でさ、馬はなんて言ってたか教えてくれよ。やっぱり企業秘密ってやつか?」
モチオ:「秘密にするほどのことでもないニャ。教えてやるニャ」
マサルは驚いた。モチオが秘策をこうも簡単に教えてくれるとは。
マサル:「いいのか!? ありがとう……! それで、なんて……?」
モチオ:「それは……」
マサル:「それは……!」
モチオ:「『ヒヒーン』だ」
マサル:「…………え?」
モチオ:「いやー、馬って本当に『ヒヒーン』って言うんだニャ。びっくりしたニャ」
マサル:「……は? それが『馬の声』の内容なのか?」
モチオ:「おう。馬の声だニャ。実に見事な『ヒヒーン』だったニャ」
マサル:「じ、じゃあ『7-10』ってのはなんだよ! あの時呟いた予言の数字は!」
モチオ:「ああ、あれかニャ。あそこに『710(なっとう)』って看板があったから、珍しいなと思っただけだニャ、ああ食いて―なーって。」
マサル:「予言じゃないのか!? 秘策じゃないのか!!?」
モチオ:「何の話ニャ?」
――最終レース、結果は見事なまでの惨敗。マサルはもぬけの殻となり、競馬場に魂を置いてきた。
一方、事務所。
がり勉猫:「遅いですね……遅い!」
ネコロボ:「もうじきです。競馬に行っていることはモチオさんのGPSで把握していますし、そろそろ帰ってくる頃でしょう」
ガラガラガラ……。
事務所のドアが開き、モチオと、魂の抜けたマサルが現れた。




