第36話 第7章 眠れる森の男 1 暗い部屋
ギギギ……ギギギ……。
古びた床がきしむ音が、静まり返った廃屋に響き渡る。
モチタ:「モ、モ……モチオ……。本当にいるの? お化け……。それにしても、なんなのこの不気味な雰囲気は」
がり勉猫:「モチオさん。私は『お化け』なんて非科学的だと思いますが……。それにしても! 離れなさいモチクロ! 歩きにくいです!」
がり勉猫も、口では否定しつつもその声は震え、モチクロにしがみつかれていた。
モチクロ:「嫌だよ、怖いよー……! モチオに『チョコ買ってあげるからイ〇ンに行こう』って言われたのに……ひどいよ! ここ、近所で有名なお化け屋敷じゃん!」
時折、どこからか低いうなり声が聞こえてくる。
がり勉猫:「やっぱり、戻ってネコロボに頼みましょう。スキャンすれば一発ですから。もう帰りましょう、ね、ね、ね……」
モチオ:「ダメニャ。ネコロボは充電中、コツ勉猫は……例の『逆ギレ返し』で出動を拒否ニャ」
ギギギ……。
床の軋みだけではない。
天井からも、カサカサと何かが這うような音が聞こえる。懐中電灯の細い光だけが、暗闇の中に足元を頼りなく照らし出していた。
四匹はやがて、目的の扉の前で立ち往生した。
モチオ:「ここニャ……」
次の瞬間、モチタが放った致命的な一言に全員が凍り付く。
モチタ:「……お化けを見つけるのはいいけどさ。退治する『武器』、持ってきたの?」
……え?
がり勉猫:「モチオさん! ほらー! やっぱり忘れてきたんだー!」
モチクロ:「忘れてきたなら仕方ないよー。へへ……へへへ……」
モチオ:「へへへ。おちょこちょいなモチオですニャ。テヘペロ……。さ、帰ろっか!」
わざとらしい寸劇を始め、四匹が逃げ出そうとした、その瞬間だった。
ガチャ……ッ。
背後の扉が、“内側から”ゆっくりと開いた。そして、地を這うような声が響く。
「だーーーーれーーーーだーーーーーー……」
全員:「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
モチオ:「お化けーーーー!!!」
モチタ:「わわわわわわーーーーー!!!」
モチクロ:「食べないでーーーー!!!」
がり勉猫:「私は! 私はおいしくないですよーーーー!!!!」
混沌と絶叫。四匹の情けない冬の夜が、最悪の形で幕を開けた。
「チッ、どういうことでしょうか……モチオさん」
事務所に戻ったがり勉猫は、般若のような形相でモチオを睨みつけた。
モチオは珍しく殊勝に反省し、小さくなって下を向いている。
がり勉猫:「モチタが同席していながらなんですか、これは!!!」
モチタ:「……ごめんなさい」
モチタも隣で肩を落とし、畳の縁を見つめている。
モチクロ:「そうだよ! イ〇ンでチョコじゃなかったの!? 嘘つき!」
モチクロの怒りも収まらない。がり勉猫は「チョコは冷蔵庫にあるから食べていいですよ」と促し、一旦彼を席から外させた。
相談用の円卓の向こう側には、一人の老婆が静かに座っていた。
がり勉猫は深呼吸をして、老婆に向き直る。
がり勉猫:「……もう一度、ご依頼の内容を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
老婆は、ゆっくりと頷いた。
がり勉猫:「『お化け退治』ではありませんよね?」
老婆は不思議そうな顔をして、首を横に振った。
がり勉猫:「ご依頼は、『引きこもりになってしまった息子さんを助けてほしい』……ですね?」
老婆が深く頷くのを確認すると、がり勉猫の声のトーンが跳ね上がった。
がり勉猫:「モチオさーーん!!!! あーーーれーーー? おかしいですねぇーーーー!? お化け退治じゃなかったでしたっけぇーーーーー!?」
あえて大声で、隣のモチオに皮肉を叩きつける。モチオは少し不貞腐れたように、蚊の鳴くような声で反論した。
モチオ:「……大体 お化けは引きこもりニャ…」
ムカムカムカムカ……ブチッ!!
がり勉猫の中で、何かが音を立てて切れた。
がり勉猫:「なんて!! なんて!!! な・ん・て!!!!!!」
本気でキレた時だけ飛び出す、実家(関西)の訛り。その迫力に、モチオはさらに首をすくめた。
モチオ:「……いや、なんでもございませんニャ」




