第30話 第5章 話さない人形 完 7 話す人形
よし子:「でも……」
よし子が何かを言いかけたその瞬間。
がり勉猫:「人の話を聞けーーーー!!!」
凄まじい怒鳴り声が、よし子を完全に黙らせた。
がり勉猫:「ネコロボ!!!」
いつになく気合の入った号令。
ネコロボは黙って操作し、大型モニターを用意する。
そこに映し出されたのは、研究所で撮影されたモエとコツ勉猫の会話映像だった。
モニターのモエ:『毎日ね、パパとママと一緒にいられて、たのしーよ……』
がり勉猫:「わかりますか! この言葉の意味が! あなた達別居してるんですよね? モエちゃんはなんで嘘ついてるんでしょうか!!」
ヒートアップしたがり勉猫の追及に、太郎もよし子も、ただうつむくことしかできなかった。
がり勉猫:「次!!!!」
号令とともに、モニターには「ナナ」の細部を捉えた高解像度の写真が映し出された。
がり勉猫:「この手足を見てください。テープで巻かれていました。そしてこのお尻の部分。ここは、お世辞にも上手とは言えない縫合です。モエちゃんは言いました。『ここはお母さんが直してくれたから、治療はいらない』と。わかりますか? あなた、最近モエちゃんのことを構ってあげているんですか!」
よし子の肩が小さく震える。
がり勉猫:「浮気だ浮気だと騒ぎ立てて、いろんな相談所を回っているんでしょう。それでどこにも相手にされないから、モチオさんに泣きついた。そうでしょうが!」
よし子は顔を上げることすらできず、ただ地面を見つめている。
がりべん猫はヒートアップし、よし子と太郎の発言を許さない。
がり勉猫:「次!!!」
モニターの画像が、また別の「真実」へと切り替わる。
がり勉猫:「この頬のシミ……コーヒーの跡です。モエちゃんは自分でこぼしたと言っていましたが、4歳の子がコーヒーなんて飲みません。所詮、あなたたちのくだらない夫婦喧嘩で飛び散ったコーヒーが、人形についたんでしょう。モエちゃんが一番大切にしていた宝物。それを、あなたたちの言い合いが汚したんです」
がり勉猫は、必死に冷静を装う口調で言葉を継いだ。
がり勉猫:「……このシミは、もう落ちないんです。どうやっても!!」
その声が震える。
がり勉猫:「お父さん、お母さん。夫婦の問題は、私たちが解決できることではありません。事実がどうだろうと興味もありません。でも、それはモエちゃんも同じじゃないですか? パパが浮気しようが、ママが疑おうが関係ない。モエちゃんはただ、二人と仲良く暮らしたいだけなんです!」
がり勉猫:「モエちゃんは、愛されるために生まれてきたんじゃないんですか? 二人とも、彼女を世界で一番愛しているんじゃないんですか!」
太郎とよし子は、絞り出すようにそっと頷いた。
がり勉猫:「……世界一愛しているんなら。だったら……だったら……!」
がり勉猫:「モエちゃんに一生消えないシミなんて、つけるなーーーーーー!!!!!!」
バタン!
と椅子を蹴るようにして、がり勉猫は立ち上がった。
抑えていた怒りが爆発し、こらえきれない涙を隠すように、彼は研究室へと去っていった。
静まり返る事務所。
モチオ:「ま、がり勉猫の気持ちもわからんでもない。あいつも……」
言いかけたモチオを、ネコロボが静かに制止した。
ネコロボ:「モチオさん……それ以上は」
沈黙の後、モチオは吐き捨てるように言った。
モチオ:「ま、どーでもいいけどな。お互い子供を愛してるとか上辺だけ言いやがって。愛してるんなら泣かせるようなことはするな。結局、自分が一番可愛いんだニャ。おい、そこの自分勝手夫婦。一生『自分、自分』って言ってろ。何が宝だ。宝にシミをつけて気づきもしないなんて、そんなの宝もんじゃねー。情けねえ……」
ネコロボ:「確かに、モチオさんのおっしゃることも一理あります。本当にモエちゃんが宝物だと言うなら、せめて形だけでも円満を装う。それもまた宝を守る一案です。たとえ別れるにしても、彼女が傷つかない方法を最優先に模索するべきではないでしょうか。足りないのは、愛情でも真実でもなく……」
ネコロボ:「話し合いではないでしょうか? せめてモエちゃんの前だけは
それを演じる事 それが親の務めです。 親の責任がなさすぎます。」
夫婦は黙って、深く頷いた。
その時、「パパ!」という明るい声が響いた。
モエ:「パパ! あれ? 長い間お仕事って言ってたけど、帰ってきたの!?」
太郎:「そうだよ、モエ……。パパ、モエが大好きだから、帰ってきちゃったんだ」
モエ:「もー、パパ、モエのこと好きすぎだよ。お仕事もちゃんとしないとダメだよ! ね、ナナちゃん?」
すると、人形のナナが答えた。
ナナ:「仕方がないよ、パパ。モエちゃんのこと、大好きだもん」
モエ:「ナナちゃんは、もー! パパの味方なんだからー!」
よし子がモエにそっと語りかけていました。
よし子:「ナナちゃんの頬、大丈夫? ママ、気づかずにごめんね……」
モエ:「うん、大丈夫! 看護師さんからお薬もらったから。毎日塗ってたら治るって!」
家族は帰っていきました。
その頃、研究所の一室。
がり勉猫は、一人で涙をこらえていました。
彼のデスクの片隅には、かつてビリビリに破られ、今はセロハンテープで無骨に繋
ぎ合わされた一枚の家族写真が置かれていました。
そこへ、コツ勉猫が静かに入ってきます。
コツ勉猫:「お兄様……」
気配に気づいたがり勉猫は、慌てて眼鏡を拭い、無理をして笑いました。
がり勉猫:「……一度ついたシミは、もう取れません。だから、本来と同じ色の塗料を上から薄く重ね塗りし続ける。そうすれば、いつかは元通りに見える……ナイスアイデアです。でも大変だったでしょう、細部までの色合わせ。ご苦労様です、コツ勉猫」
その言葉を聞き、コツ勉猫はボロボロと涙をこぼしながら、それでも力強く笑い返しました。
コツ勉猫:「お兄様の色だって……きっと私、見つけてみせます。」
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人形は話さない。
「愛してほしい」
だなんて。
第五章『話さない人形』 完
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