第136話 第26章 孤独の番人 3 番人の過去
二人は温かいお風呂から上がり、少し落ち着きを取り戻していた。
先生:「温かいコーヒーでいいですか? 山の雨は身に沁みますので」
タツオが礼を言うと、アケミが子供のように声を上げた。
アケミ:「先生! 私、オレンジジュースがいい!!」
先生はにっこりと微笑み、コーヒーを下げてアケミにオレンジジュースを差し出した。
それを美味しそうに飲むアケミを横目に、先生とタツオは静かに話し始めた。
先生:「実は完成はしています、一度だけ人間で実験しています。しかし一度しか、、」
タツオは目を見開いた。やはり、噂の「記憶喪失装置」は実在したのだ。
タツオ:「では……! 先生!!」
先生:「正直に言います。装置はあります。しかしタツオさん、私が開発したのは『リセット装置』です。都合の悪い記憶だけを都合よく消すことはできません。記憶とは経験の連鎖です。一部を消せば、連鎖している大半の記憶が失われることになります」
タツオは困惑しながらも、先生の言葉に耳を傾けた。
先生:「分かりやすく言いましょう。記憶を消せば、彼女の過去20年の記憶は完全になくなると考えてください。つまり、あなたという存在も彼女の中から消えます。診断したところ、原因は明らかに息子さんの事故です。記憶を消せば精神は回復するでしょうが、あなたのことは忘れてしまう。さらに残酷なことに、今の実験段階では強度が弱く、あなたに再会すれば記憶がフラッシュバックして元に戻ってしまう。二度と会わないことが、治療の絶対条件です」
タツオにはどうしても疑問がぬぐえなかった。
タツオ;「先生、聞いてもいいでしょうか。」
先生「何でしょうか。」
タツオ「この装置の開発した目的は何でしょうか? 記憶をなくすだけの装置?忘れたい過去を消す装置でしょうか? 心の病を持つ方の、、、、」
先生「違いますよ。 これは世の中には出しません。 まだ開発途中です 記憶を
消すことが目的ではない。だから勧めないのです。 詳しく言えませんが、あくまで自分用です。」
タツオ「自分用とは、、」
そんな中、会話を遮るように遠くで、アケミが無邪気な声を出す。
アケミ:「タツオさん、素敵なロッジね。今日はここでお泊まりかしら?」
先生は一息ついて、現実を突きつけた。
先生:「アケミさんの場合、すでに記憶の糸が完全に絡まり合っています。どこが残り、どこが消えるかの保証もありません。それらすべてを前提に、判断を下すのはタツオさん、あなたです。ご存じのように、今のままだと食事も摂れず、持ってあと二週間が限界でしょう」
タツオ:「先生……少し考えさせてください」
先生:「分かりました。猶予は三日間、これが限界です。指示通りの処方薬を飲ませることを条件に、この場所を使って構いません。私は別の研究室に詰めていますから、ここは着替えを取りに来る程度ですので」
タツオ:「……お言葉に甘えます」
先生は、三日後の12時に戻るという約束を残して去っていった。
運命の日は、あっという間に訪れた。
教会の入り口を抜け、何重もの隠し扉を潜り抜けた先に、その「装置」は鎮座していた。
先生:「では……開始しましょう。アケミさんのその後の手配は済んでいます。最終確認です、タツオさん。いいですね?」
タツオは静かに頷くと、震える声で切り出した。
タツオ:「先生、最後に10分だけ……二人きりにさせてもらえませんか?」
先生:「分かりました。準備作業に10分ほどかかります。それまでは大丈夫です」
タツオはゆっくりと車椅子を押し、アケミを教会の祭壇の方へと連れて行った。




