第131話 第25章 HOME 13 サンマのかば焼き
コツ勉猫:「……」
母親のモトミの家では、かつての「冷しゃぶ」よりも豪華な食卓が整えられていた。
けれど、クルミの心は死んだままだ。
目の前の料理は、彼女にとっては何の味もしない無機質な物質に過ぎなかった。
一方。
あれから3日が過ぎた。
離れの食卓には、また牛丼が並んでいた。
けれど、誰も愚痴ひとつ言わない。
沈黙の夕食。葬式よりも暗い時間が流れる。モチオも、モチタも、モチクロも、誰一人として言葉を発しなかった。
ただ、3日前に「3日目で食う」と言ったモチオだけが、無表情に箸を動かしていた。
そして、留置所に拘束されているタツキ(がり勉猫)は、父との会話を思い出していた。
タツキ:「父上! クルミが可哀想です! クルミにも人生があります。僕、クルミを助けたいんです! 父上!!」
父・ヨシロウは、いつになく真剣な面持ちで息子を見据えた。
ヨシロウ:「タツキ……。覚悟はできているんだろうな」
タツキ:「はい、父上!!」
ハル(母):「あなた……」
ヨシロウ:「タツキがここまで言うんだ! タツキ、じゃあ考えろ。どうすればいいか考えろ! 天才はな、こういう時に頭を使うんだ。今は感情を解放して、思いっきり考えろ。俺はそれに乗る」
タツキ:「はい! 父上!!」
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その頃、モトミの歪んだ欲望は加速していた。
モトミ:「久しぶりのテレビ出演が決まったわ」
モトミの再婚相手:「おお、よかったな……」
モトミ:「『ADHDで発育障害の家出少女、帰る』って特集を組んでくれたの。
モトミの再婚相手:「あいつ、学会発表で賞をもらったってニュースになっていたし、まだ金になるわ。うふふふ」
テレビ局の楽屋に連れて行かれるクルミ。
モトミ:「しっかりね、クルミ」
クルミ:「…………」
「本番でーす!」というディレクターの声。
けれど、カメラが回る直前。
クルミは、走り出した。
ただ、ただ、走った。
もう帰る場所なんてない。
モチオたちの家にも帰れない。
裏切られた、捨てられた、そう信じ込まされている。
自分には、帰る家も、行き場所もない。
でも、彼女は走った。
外へ飛び出すと、激しい雨が降ってきた。
空からも、瞳からも、止まらない雨が彼女を濡らしていく。
激しい雨の中、クルミはかつての図書室で始まった物語を思い出していた。
タツキ(がり勉猫):「完成です!! これで起動させましょう。名付けて……!」
クルミ(コツ勉猫):「ちょっと待ってお兄様。このロボ、知識しかありませんわ。これじゃ未完成です」
タツキ:「ロボットに、知識のほかに何が……?」
クルミ:「お忘れでしょうか。人間と一緒に住むなら、知識だけじゃダメです。優しさ、愛情……もっと人間らしい『感情』を入れないと、何の役にも立ちません」
タツキ:「そうですね……そうしましょう。あ、コツ勉猫、少女漫画の知識は入れちゃダメですよ?」
クルミ:「あ、バレました? うふふ」
そんな温かな記憶の断片が、走るクルミの脳裏を駆け巡る。
離れで過ごした騒がしい日々。
モチクロ:「コツ勉猫の料理、おいしー!」
モチタ:「なんでゲームの電源消すの! 今宿題やろうと思ってたのに!」
ネコロボ:「コツ勉猫さんは、素敵な奥様になります」
モチオ:「コツ勉猫! また俺の会社の経費でコスプレの衣装買ってからに――!!」
そして、あの日。
タツキ:「クルミ、今日から俺たち兄弟だ。一生、僕が君を守ってみせる! ……あ、これ、少女漫画みたいですか?(笑)」
裏切られたと思っていた。捨てられたと思っていた。
けれど、とめどない涙があふれ、雨と一緒に頬を伝う。
「……素敵なレディーだね。こんなところで濡れてないで、俺とお茶しない?」
背後から、聞き慣れた、けれどおそろしく場違いな「キザな声」が聞こえた。
振り向いたクルミの視線の先には、土砂降りの中で、不器用そうに傘を差す男がいた。
モチオ:「……こんな感じで、合ってるか?」
クルミは、泣き出しそうな顔のまま、少しだけ笑って答えた。
クルミ:「全然……違います!!! もう、やり直しです(笑)」
モチオ:「どこがだよ!?」
クルミ:「そもそも……顔が、全然違います!!」
モチオ:「そりゃあ悪うございました。……今から整形してくるから、そこで5日待っとけ」
「……うふふ、あははは!!」
ふてくされた顔で、けれど自分の体半分が濡れるのも厭わず、彼女に傘を差し出すモチオ。
モチオ「今日の夕食は何ニャ?」
コツ勉猫「サンマのかば焼きですわ。」
コツ勉猫は少し笑った。
モチオ「だな、デザートはシュークリームだ。」




