第130話 第25章 HOME 12 法の壁
十二年前と同じ、湿った風が吹く朝だった。
離れの入り口で、タツキ(がり勉猫)の怒声が響き渡る。
タツキ:「帰れ!! どの面下げてここに来たんだ!! 帰れ!!」
目の前には、高級車から降り立ち、完璧な「悲劇の母親」を演じるモトミ(母)が立っていた。
モトミ:「タツキ君、落ち着いて。私は確かにあの時、お金に目が眩みました。でも、今はクルミのこと、真実に向き合って……」
タツキ:「嘘をつくな!! 二度とその口で彼女の名を呼ぶな! 帰れと言っているんだ!!」
モチクロ:「そうよ! この嘘つき女! 帰って!!」
モチタ:「コツ勉猫のパパをあんな目に遭わせて……よくも来られたね!! 帰れ!!」
子供たちの必死の「帰れ」という叫びが、離れの空気を震わせる。
しかし、その喧騒を切り裂いたのは、背後から聞こえた、場違いに冷めた声だった。
モチオ:「……おい、通してやれ」
全員が耳を疑った。
タツキ:「……モチオさん? 何を言ってるんですか! 通してやれって……」
モチオ:「聞こえなかったか。通してやれと言ってるんだよ!!」
モチオはのっそりと前に出ると、モトミと正対した。
その瞳には、十二年前、警察を煙に巻いた時のあの「おどけ」は微塵もなかった。
モチオ:「本当にコツ勉猫、クルミを幸せにしてくれるのか? 今度は間違いねえな、モトミ」
モトミ:「……はい。絶対に」
タツキ:「モチオさん!! いつものあなたはどうしたんですか!! この女は嘘に決まってる!! モチオさん!!」
仲間たちの悲痛な叫びを、モチオは無視した。
モチオ:「モトミ、大人の話をしよう。ここで暴れても、次は警察が来る。……もう外で待機してんだろ? 違うか?」
モトミは「さあ」と皮肉な笑みを浮かべた。その余裕が、法という後ろ盾を物語っていた。
モチオ:「そうだな、お前も面倒だろう。じゃあ、ここは穏便に解決金でどうだ? ……依頼金は?」
モトミ:「200万円です」
モチオ:「いや、500万円だ。それなら飲む」
タツキ:「あなた、最低です!! 見損なましたよ!! 今回という今回は……!!」
モチクロ:「モチオ、やめて! お願いだから!!」
モチタ:「レアアイテム返すから、そんなこと言わないで!!」
阿鼻叫喚の「帰れ」が、今度は身内であるモチオに向けられる。けれど、モチオは一切の反論をせず、冷たく言い放った。
モチオ:「……ネコロボ。コツ勉猫を引っ張り出してこい」
ネコロボ:「……モチオさん……」
モチオ:「ネコロボ!! 俺の言うことが聞けねえのか!! とっとと早くコツ勉猫を引っ張り出してこい! 無理やりにでもだ!!!」
引きずり出されるように現れたコツ勉猫を、モチオは一瞥もせず、警察車両を背にした母親の方へと突き飛ばした。
モチオ:「お前の大好きなお母様のお出迎えだ。行け。……さっさと行け!! 邪魔だ!!! お前の家はここじゃねえ!」
タツキの拳が、モチオの頬を打った。
タツキ:「モチオ!! お前を軽蔑する! 心からだ!!」
仲間たちが泣きながらモチオに罵声を浴びせる中、コツ勉猫はとうとう親の手へと渡される。その背中に、モチオが声をかけた。
モチオ:「なあ、コツ勉猫。お前が作ったサンマのかば焼きは、いつまでに食えばいい?」
コツ勉猫は下を向いたまま、消え入りそうな声で答えた。
コツ勉猫:「……4日はもつわ」
モチオ:「いや、俺は3日だな。半分分けてやる」
コツ勉猫:「……え?」
小さく、コツ勉猫が呟いた。
タツキ:「絶対離さない! クルミ! どんな時も一緒だ!! お前らどけ! どけ!!」
暴れるタツキは公務執行妨害で取り押さえられ、そのまま連行されていく。
コツ勉猫を乗せたパトカーの赤色灯は、夜の闇に溶け、どんどん小さくなっていった。
モチオは、殴られた頬を拭うこともせず、手渡された500万円をデスクの引き出しにしまった。




