第123話 第25章 HOME 5 心の崩壊
ブンタは考えられる先を、すべて当たった。
しかし、モトミの両親もろとも雲隠れし、連絡のつく手段はことごとく断たれていた。
仕事の合間を縫い、縋るような思いで探し続けたブンタのもとに届いたのは、一本の電話ではなく、事務的な一通の「離婚通知」だった。
ブンタも弁護士を雇い、必死に食い下がった。
けれど、返ってきたのは絶望的な言葉だった。
「……相手方により、DV(家庭内暴力)を理由とした『住所閲覧制限』がかかっています。我々でも、今の居場所を特定するのは不可能です」
ブンタは市役所へ何度も連絡を繰り返したが、窓口の職員は無機質な声で繰り返すだけ。
「……我々は、提出された書類に基づいて、適正に措置しただけですから」
裁判を起こしても、待っていたのはさらなる悪夢だった。
証拠として提出されたのは、日常の夫婦喧嘩を巧妙に切り貼りし、悪意を持って加工された音声とラインの記録。
ブンタは「加害者」に仕立て上げられ、多額の養育費だけを請求された。
それでもブンタは、いつかクルミに会える日が来ると信じ、払い続けた。
面会交流の実施を夢見て、頭を下げ続けた。
しかし、モトミは非情だった。
「クルミは精神を病んでいる。父親に会わせるのは悪影響だ」
その一点張りで、拒否し続けた。
そう。たとえ親権があろうと、親であろうと、先に「連れ去り」を行えば監護権を独占できる。
監護権さえ握ってしまえば、面会を拒否し続けても、今の法制度に実効性のある罰則など存在しない。
ひと昔前の弁護士のホームページには、あざ笑うかのように記されている。
『親権が欲しければ、まずは子供を連れ去りなさい』……と。
銀河系でたったひとつの宝石は、法の暗闇に深く、深く、沈められてしまった。
モトミ:「クルミ、よく聞きなさい。あんたの父親は最低な人間なの! 最低な、化け物なのよ!」
連日、呪文のように浴びせられる言葉。
モトミ:「あんたは捨てられたの! 迎えに来ないのが、その証拠でしょう? あんたは、あの男に……父親に捨てられたのよ!」
幼いクルミは、ただ耳を塞いで震えることしかできなかった。
大好きだったパパ。結婚すると約束したパパ。
けれど、何日待っても、何ヶ月待っても、パパは助けに来てくれない。
モトミ:「ほら、泣かないの。あんたには、ママという神様がついているんだから……」
母の歪んだ抱擁の中で、クルミの記憶の中の「パパ」は、少しずつ泥を塗られ、醜い形へと変えられていった。
「迎えに来ない」という冷厳な事実だけが、母の嘘を「真実」へと塗り固めていく。
こうして、ひとつの幸せな宇宙が、跡形もなく破壊された。
長い月日がたった 3年目
ブンタは、自分の命の価値さえ疑い始めていた。
あんなに輝いていた銀河系唯一の宝石を失い、法という名の壁に跳ね返され続けた男に残ったのは、底知れない虚無感だけだった。
やがて彼は職を辞し、朝から晩まで安酒を浴びては、荒れた生活の泥濘へと沈んでいった。
その一方で。
モトミは、手に入れた多額の養育費と財産分与を糧に、相変わらずテレビの画面の中で「聖母」を演じ続けていた。
彼女は再婚し、その新しい家庭には新しい命が宿っていた。
そこに、かつての「銀河系でたったひとつの宝石」の居場所は、もう残されていなかった。
モトミ:「クルミ。あんたは天才なんだから、あの施設に住み込みで行きなさい。お国のために勉強していればいいのよ!」
食卓に並ぶのは、かつての冷しゃぶではなく、新しい家族のための温かな料理。
けれど、クルミの席には、施設への入所案内だけが置かれていた。
モトミの再婚相手:「それがいいよ、クルミちゃん。……まあ、モトミ、あそこなら補助金も出るんだろ?」
モトミ:「ええ。もう準備は済んでいるわ。来週には行きなさい。荷物は後で送るから」
この家において、クルミには拒否権どころか、意思を表示する権利も、抗う気力さえも残されていなかった。
父親から「世界一の宝物」と呼ばれた記憶は、補助金の額面という無機質な数字に書き換えられてしまったのだ。
「……はい」
一言だけ答え、クルミは自分の部屋へ戻った。
来週には、自分を縛るこの「母親」からも、自分を忘れた「父親」からも、すべてから切り離された隔離施設へと送られる。
どれくらいの月日が流れたのだろうか。
かつて娘を抱き上げたその腕は、今、重いポリッシャー(床磨き機)を握りしめている。
ブンタ(父)は、どん底の生活から這い上がるため、派遣の清掃員として社会復帰の第一歩を踏み出していた。
酒を断ち、ただひたすらに汚れを落とす日々。
不定期に回ってくる現場のリストの中に、その「場所」はあった。
ブンタ:「ここか……」
ブンタは、巨大な要塞のような建物の前に立っていた。
高い塀と、幾重にも張り巡らされたセキュリティがそこにはあった。




