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第121話 第25章 HOME 3 カゴの鳥

食卓で凍りついたコツ勉猫の視線の先、記憶は数年前の、あの静かな場所に飛んでいた。


とある施設の片隅にある図書館。聞こえるのは、小鳥のさえずりだけ。


がり勉猫タツキ:「君は授業を受けないの?」


コツ勉猫クルミ:「……私……」


がり勉猫:「いいよ、無理して話さなくても。僕もここが好き。静かだし、誰にも邪魔されたくない……君も一緒かな? ごめん、邪魔して」


立ち去ろうとするタツキに、少女は消え入りそうな声で応えた。


クルミ:「私……行くところがない、だけだから……」


タツキ:「そっか」


重い静寂が二人を包む。


クルミ:「私……クルミ」


タツキは手元のタブレットから視線を上げ、まっすぐに彼女を見た。


タツキ:「僕、タツキ。よろしくね、クルミちゃん」


再び静寂。けれど、先ほどよりは少しだけ温かい沈黙。


タツキ:「君は……全日(入所)?」


クルミ:(小さく頷く)


タツキ:「そっか。僕は通い。週一回ね。ああ、なんていうんだろう。興味本位かな」


クルミは、タツキが持っているタブレットを指差した。


クルミ:「それ、なに?」


タツキ:「あ、漫画だよ」


クルミ:「ああ、聞いたことある」


タツキ:「面白いよ。あ、クルミちゃんは女の子だから、少女漫画かな。あ、そうだ……」


タツキは、クルミが持っていた施設支給のタブレットを受け取った。


タツキ:「ダウンロードしてあげるね。……あれ? プロテクトかかってる?」


クルミ:(悲しげに頷く)


タツキは「ロック解除なんて簡単なのになんでしないの?」と言いかけたが、クルミの怯えたような表情を見て、言葉を飲み込んだ。


そうだ、僕のタブレット1個貸してあげるね。


タツキはタブレットを取り出した。


「これだったらばれないよ。」


クルミの瞳に期待の光が宿る。けれど、タツキはすぐに「あ、」と声を漏らした。


タツキ:「でも……僕は、少女漫画なんてさっぱり分からないな……」


タツキは席を立ち、図書委員の職員のデスクの前に立った。


そこには、分厚い医学文献を立てかけ、その陰に「何か」を隠して読みふけっている職員の女性がいた。


タツキ:「すみません。おすすめの少女漫画を教えてください」


職員の女性:「え……? ここは施設の図書館ですよ。文献しか置いてございませんが……」


女性は慌てて文献を立て直そうとする。


けれど、タツキは迷わず、彼女の手元――文献をカバーにして隠されていた、鮮やかな表紙の漫画を指差した。


タツキ:「クルミちゃんは初心者ですので、読みやすいものからお願いします。……『プロ』でしょう? ずっと読んでいらっしゃるから」


職員の女性は、仕事中にサボっていることがバレたことに、一瞬だけ頬を染めた。


タツキ:「大丈夫です。僕らもサボりですから。……『サボり仲間』ということで、何とか、お願いできませんか?」


少年の真剣な、それでいて悪戯いたずらっぽい瞳。


職員の女性は、観念したようにふっと微笑んだ。


職員の女性:「……分かったわ。少女漫画は、深いのよ? 覚悟しなさいね」


その瞬間、クルミの表情に、初めて小さな光が灯った。


クルミはそれから、週に一回、タツキがやってくるのを図書室の隅で待つようになった。


タツキ(がり勉猫):「クルミちゃん、待っててくれたの?」


クルミは小さく、けれどしっかりと頷く。


タツキは二台のタブレットを用意し、いつものように一台を彼女に渡した。


窓の外の鳥の声だけが響く沈黙の中で、二人はただ、並んで漫画を読んでいる。

タツキ:「……クルミちゃんは、あのクラスだから僕と同じ年……?」


タツキはふと、ページを捲る手を止めて尋ねた。


けれど、目の前の少女はどう見ても自分より幼く、壊れそうに小さく見えた。


クルミは首を振る。


クルミ:「6歳」


タツキは思わず笑みをこぼした。


タツキ:「じゃあ、僕がお兄ちゃんで、クルミちゃんは妹だね!」


クルミ:「うん!!」


弾んだ声が、静かな図書室に溶けていく。


それからというもの、タツキは施設への通いを週に一回から三回に増やした。


けれど、授業は相変わらず受けない。ただ図書室で、彼女と並んで漫画を読んでいるだけ。


父親は反対したが、「ただ、漫画を読んでいるだけなんだ」というタツキの言葉に、なぜかそれ以上の追及はしなかった。


クルミ:「お兄ちゃんは……授業、受けないの?」


タツキ:「うん。あの授業以外は、受けないかな……」


タブレットの光に照らされながら、会話は静かに進む。


タツキ:「脳の活性化とか、IQの問題とか……バカバカしいと思わない? なら直接、脳波を見ればいいって思うんだよ。」


クルミ:「くすっ……。私も、それ、思った」


初めて見せた、年相応の笑い顔。


タツキ:「だから、あんなのどうでもいいんだ。それより、僕はロボットを作りたいんだ! 人間と一緒に住めるロボット。人の『気持ち』を持つロボットをね」


クルミ:「……ああ、面白そうね」


タツキ:「でさ、こいつと野球をするんだ!!」


クルミ:「野球? ……何? なに、それ……? 私、勉強以外……わからない……」


タツキ:「じゃあ、今度、見においでよ! そうだ、その帰りにさ、漫画のグッズが売っている場所があるんだ。連れて行ってあげるよ!」


クルミ:「でも……私、……」


施設の高い壁と、見えないプロテクト。クルミの瞳が不安に揺れる。


タツキ:「僕に任せて!」


その力強い言葉に、クルミは今日一番の明るい声で答えた。


クルミ:「うん!!!」



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