第115話 第24章 傷のある宝石たち 1 名前の意味
……まさか相談所が、国から初めて委託された業務がこれかニャ
夜の学校。
モチオは不気味に静まり返った廊下で、心底嫌そうに愚痴をこぼした。
コツ勉猫「今回ばかりはモチオさんに同意ですわ。……ネコロボ、どう?」
ネコロボはディスプレイを凝視し、センサーを四方に飛ばしながら校内をくまなく回る。
モチオ「そもそもコツ勉猫は来なくていいだろ。ネコロボだけで済む話だニャ」
コツ勉猫「そうしたいのは山々ですが、場所が場所ですから……」
ネコロボ「すみません。私は無性別ですが、心理的な配慮として、女性の立ち入りが望ましい箇所もございますので……」
コツ勉猫は特殊な探知機を手に、女子トイレへ入る。
コツ勉猫「どう、ネコロボ?」
ネコロボ「……いえ、反応ありません」
続いて男子トイレ。
モチオ「こっちはどうだ」
ネコロボ「反応なしです」
教室、図書室、備品庫……学校の隅々までチェックを続ける。そして、女子更衣室に入ったコツ勉猫の前で、ネコロボのディスプレイが激しく明滅した。
ネコロボ「……反応ありです。左から三番目のロッカー、下から二段目の棚。それから右から八個目のロッカーも同様です」
コツ勉猫がロッカーを慎重に開ける。置かれた教科書や着替えをかき分けると、不自然な位置にコンセントが見えた。
コツ勉猫「……あったわ。小型カメラね」
ネコロボ「コンセントごと切断してください。指紋を汚さないようにお願いします」
モチオ「同じ手口か。……お国様からの立派なご依頼が『変態探しゲーム』とは、世も末だニャ」
すべてのチェックを終え、校門を出る三匹。
ネコロボ「これで87校目。残り238カ所です」
モチオ「そんなに学校があるのかニャ?」
コツ勉猫「学校だけじゃないわ! 保育園、幼稚園、公営プール、公園のトイレまで全部よ!」
モチオ「……で、今のところ収穫は12変態か。国は変態集めが趣味なのかニャ?」
ネコロボ「日本版DBSの導入に向けて、国が本格的な実態調査に乗り出したようです。研究所は法人格がないため、相談所が受託窓口になったようですね」
モチオ「片っ端から捕まえてクビにするつもりかニャ?」
コツ勉猫「そこまでは分かりませんわ。最近はコミュニティを組んで、誰が一番鮮明に盗撮できるか自慢し合っているらしいです。……反吐が出ますわ」
モチオ「レアカードのコレクションかよ。くだらねーニャ」
その時、ネコロボが急に出力を上げ、全速力で走り出した。
前方の街灯の下。
塾帰りと思われる高学年の女子児童の後ろを、一定の距離を保って歩く怪しい人影があった。
ネコロボの駆動音に驚き、人影は闇に紛れて逃走する。
ネコロボ「お嬢様、塾帰りですか?」
女の子「あ……学校の先生が言ってた、ネコのロボだ」
ネコロボ「ご自宅までご案内します」
コツ勉猫とモチオを先に帰し、ネコロボは女の子を家まで送り届ける。
女の子「……お菓子食べる?」
ネコロボ「すみません。私は食べられないのです」
女の子「かわいそうに。博士に食べられるように改造してもらえばいいのに」
ネコロボ「今度、博士に相談してみます。……いつも帰りはこの時間なのですか?」
女の子「違うよ、今日はパパもママも忙しくて。時々ね」
玄関を開けると、心配そうな母親の姿があった。
ネコロボは事の経緯を簡潔に説明し、注意を促した。
ネコロボが夜遅くに帰宅すると、事務所には招かれざる客がいた。
がり勉猫「……で、あなたは生徒を殴ったと」
がり勉猫は、氷のように冷めた目で事の経緯を問い詰めている。
客――クニオ先生は、椅子に深く沈み込み、視線を床に落としていた。
コツ勉猫「アズサちゃんの両親は、表面上は穏便にしたいとおっしゃっていますが……」
クニオ先生「……はい。治療費はしっかりとお支払いするつもりです。しかし、謝罪に伺っても、会っていただけないのです」
モチオがそこで、横からガツンと口を挟んだ。
モチオ「テメーは馬鹿か? 誰が殴って怪我させた相手に会いたいと思うんだニャ。アズサはコツ勉猫の塾の生徒だ。確かに素行は悪いが、あいつはコツ勉猫を信頼してる。だから両親は、娘が信頼するコツ勉猫の判断にすべてを委ねたんだ。それを忘れるなニャ」
コツ勉猫が、苛立ちを隠さずに問い返す。
コツ勉猫「先生。あなたは『アズサさんが何度言っても聞かないから殴った』と仰いましたね?」
クニオ先生は頷いた。「……三回は注意しても、聞かなかったので 暴力じゃなくて指導です。」
コツ勉猫「……。では先生。ブラックホールになる境界、シュヴァルツシルト半径です」
rs=2GM/c2
G:万有引力定数
M:天体の質量
c:光速
クニオ先生は、唐突な物理学の公式に戸惑って固まった。
コツ勉猫「ブラックホールになる境界、シュヴァルツシルト半径です」
rs=2GM/c2
G:万有引力定数
M:天体の質量
c:光速
先生「え? ……あ、何の話ですか?」
コツ勉猫「ブラックホールになる境界、シュヴァルツシルト半径です」
rs=2GM/c2
G:万有引力定数
M:天体の質量
c:光速
先生「……はい? いったい何の話をしてるんですか!?」
コツ勉猫「では、ブラックホールになる境界、シュヴァルツシルト半径は?」
先生「え、あの……その……?」
モチオ「おい。お前の『正義』が正しいなら、こういうことだニャ。……次答えられないなら、俺はお前を思いっきり殴っていい。違うか? ちなみに殴るのは俺じゃねえ。ネコロボのハンマーアタックだ! いや、名前変えれば正当化だったな、暴力も指導にかえてるもんな、 じゃーこれは正義の執行だから『ジャスティスアタック』ニャ! 答えろ!! ちなみに出力は、おまけで『3』にしておいてやる。ブロック破壊用だが、名前を変えて指導用だ。」
クニオ先生「……すみません。私はどうしたら……?」
モチオ「情けねえ人間だニャ! 相手は顔を負傷した挙句、鼓膜が破れてるんだぞ。自分の耳を引きちぎって土下座したって許される問題じゃねえ自覚が全くねえな。……両親はコツ勉猫に任せると言っている。今、お前が話すべき相手は誰だ? お前はそんな判断もできねえで、指導だ何だと子供を殴って喜んでたのか? あん?」
コツ勉猫「こんな人間に話しても無駄ですわ。自分がやっていることの自覚がない。最後は他人任せ。そのあとは同情欲しさに泣き落としですか? 家族の話でもするおつもり? 凶悪犯が極刑を逃れる手法と全く変わりませんわ」
そこへ、夜の闇を切り裂いてパトカーが到着した。
コツ勉猫「最初から、話し合う気なんて全くありません。刑事と民事の両方でお会いしましょう。今回は、お兄様のお知り合いの先生をご両親に紹介しましたので、そちらでお話を。刑事告訴はとっくに出していますので」
クニオ先生「待ってくれ!! 俺の話を聞いてくれ!!」
コツ勉猫「はい、分かりました」
先生「え?」
コツ勉猫「……では、ブラックホールになる境界、シュヴァルツシルト半径は?」
先生「えっ、あ、ええっ!?」
コツ勉猫「……何度言っても、無駄なようですね。あなたがアズサさんを殴った後に放った言葉を、そのままお返しします。……一度の過ちでも、それを許すかどうかは私の自由。あとは社会に聞いてください。あなたのやっていることは体罰じゃない。生徒を教育奴隷化させた『暴力』です。以上!!」
クニオ先生は、警官に両脇を抱えられ、パトカーへと連行されていった。
コツ勉猫「……聞いてた? アズちゃん」
リビングの影から、アズサと両親がそっと顔をのぞかせた。
アズサは、深く一度だけ頷いた。
コツ勉猫「そうだ! その頬の傷、残らないようにお兄様が皮膚科の名医に連絡済みですから、明日受診してください。…
…さ、仕事は終わり! 今日のもぐもぐタイムは『パフェ』です。アズちゃんもご一緒に、ニコ!」
アズサの顔に、少しだけ笑みがこぼれた。




