第101話 第20章 59秒目の旋律 4 E♭
昼食時
掃除を終えた一行にモチタとモチクロが合流する。
東館の個室では、彼らが子供たちに寄り添い、思い思いの時間を過ごしていた。
モチタ「タロウ、右だって右!!」
タロウ「右ってどっち?」
モチタ「お箸を持つ方ニャ! さあ、行け!!」
ゲームの画面を前に、必死にアドバイスを送るモチタ。
一方、別の部屋ではモチクロが自作の絵本を読み聞かせていた。
モチクロ「……こうして二人は幸せに暮らしましたとさ。どうかな?」
ミキ「うーん……最初のカエルくんにお友達が欲しいな」
モチクロ「わかった。じゃあ次はお友達も登場させてみるね」
そんな微笑ましい光景のなか、ナースステーション前では異変(?)が起きていた。
ネコロボ「看護師さん……すみません……私、もう帰ります……ぐすん」
ネコロボの目のLEDが(涙)のマークに変わる。
ショウ「ええっ! 帰っちゃヤダよ!! まだ約束まで時間あるじゃん!!」
ネコロボ「だって……みんなお薬が嫌だと言います。ネコロボ、看護師さんから『みんながお薬を飲まないと帰りなさい』って言われているんです……ぐすん」
モエカ「私、もう飲んだよ!!」
ヨシト「僕も飲んだ! ほら!!」
空になった薬の袋を必死に見せる子供たち。
ショウも慌てて薬をゴクリと飲み込んだ。
ネコロボ「あ!! 看護師さん……みんな飲んだみたいです。まだいてもいいですか?」
看護師が大きく「〇」を作ると、子供たちは大はしゃぎ。ネコロボの目は「にっこり」マークに。
ネコロボ「よかったです。皆さんのおかげで、私、まだ遊べます。ニコ」
一方、西館のホスピス。
ここでは定期的な慰問コンサートが開かれていた。
今日はジャズの演奏である。
がり勉猫「ジャズですか……。いいですね」
コツ勉猫「おしゃれですわー」
モチオ「ベースが……お尻がこそばゆいニャ……」
アップテンポからスローまで、心地よいリズムが響き渡る。
がり勉猫「コーヒーでも飲みながら聴き入りたいですね」
モチオ「な、な、なんか尻尾に響いて、ぶるぶる震えるニャ……」
演奏は終盤、最高潮の盛り上がりを見せる
MCの演奏者が会場に問いかけた。
「誰かこの中で、セッションに参加したい人はいますか?」
アドリブを楽しむジャズならではの誘い。
誰もが気後れして手を挙げられないなか、
一匹の猫が力強く右手を突き上げた。
モチオ「はい! はい!! 俺ニャ! 俺が弾くニャ!!」
がり勉猫「モチオさん! あなたピアノなんて弾けるんですか!?」
コツ勉猫「見たことも、聞いたこともありませんわ!」
モチオ「『能ある猫は爪を研ぐ』ということわざがあるニャ。まあ見てろ、俺のグルーヴをニャ!」
不敵な笑みを浮かべ、モチオは意気揚々とステージのピアノ椅子に居座った。
プロの演奏者「キーはE♭(イー・フラット)でいいですか? あとはこちらで合わせますので」
モチオ「おうよ。そのフラッペで頼む。生クリームものせてな」
演奏者(……フラッペ? 生クリーム? ……いや、彼なりの前衛的なアドリブ表現に違いない)
セッションが始まる。ドラムがモチオの入りを誘導するように、丁寧にビートを刻む。
しかし、弾かない。
……沈黙。
演奏者(プロの「溜め」か……?)
再度、入りを調整したその瞬間、モチオの「才能」が爆発した。
「能ある猫は爪を研ぐ」
――その言葉通り、モチオは鍵盤を「研ぎ」始めたのだ!
ドドドドドドドドドドドド! レレレレレレレレレレレ! ミミミミミミミミミミミミ!
単音の高速連打が炸裂する。
がり勉猫「やっぱり……やると思った……」
コツ勉猫「弾けるってそういう意味じゃないから! 恥ずかしいですわ!」
あまりに支離滅裂な連打にリズム隊が困惑し、ついに演奏が止まってしまう。静まり返る会場。
その中央で、モチオが叫んだ。
モチオ「ケイスケ! これが才能ニャ! 俺の才能を聞いたか!! お前は俺の才能の足元にも及ばん! ピアノなんてやめて大正解だったニャ!」
ケイスケはただ、俯いてその言葉を浴びている。
観衆の視線が彼に集まる。
モチオ「ケイスケ!! 悔しいなら勝負ニャ! どっちに才能があるか、次はお前の番だ! 出てこいウジウジ虫! ここで演奏して、皆に笑われろ!」
モチオの声がホスピスの廊下に響き渡る。
モチオ「天国に行っても、まだウジウジするつもりか! 一日経つたびに後悔が増えるなら、今ここで、その後悔ってのを止めてみせろ!」
「神様だって、家族だって、親だって、テメーの未練たらしい顔なんて二度と見たくねえんだよ!!」
会場が凍りつく。それでもモチオは止まらない。
モチオ;「笑われる才能をもて!!! お前に足りないのはそれだ!」
沈黙。
やがて、ケイスケがゆっくりと顔を上げた。
彼は無言のままステージへ歩みを進める。ピアノの前でモチオとすれ違う際、ケイスケはそっと囁いた。
ケイスケ「モチオさん……どんなに酷い歌でもポエムでも、一曲1000円でしたよね」
モチオ「そうだ」
ポケットから取り出した1000円札を、モチオの肉球に押し付ける。
モチオ「……毎度あり」
モチオは満足げにステージを降りた。




