第100話 第20章 59秒目の旋律 3 凡才の才能
モチオ「俺だって頑張ってるニャ!! 腰が限界突破してるニャ!!」
翌日、西館の清掃に訪れた一行。がり勉猫は、にこやかに院長と話をしていた。
院長「いや、毎回済まないね。ネコロボのおかげで子供たちは大喜びだし、容態の変化も的確にわかる。何より、なかなか休みが取れない看護師たちに休息を与えられるのが本当にありがたい。少ないが、これ……」
院長が謝礼の封筒を差し出そうとすると、がり勉猫は慌てて手を振った。
がり勉猫「やめてください! 滅相もない。先生には私どもの研究にご理解いただいているのですから、これくらい当然です! ね、コツ勉猫!」
メイド衣装でテキパキと窓を拭いていたコツ勉猫が、クスクスと笑う。
コツ勉猫「院長、ダメですよ。モチオさんにバレたら全部むしり取られますから、見つからないうちにしまってください。……あ、はーーい! 今行きます!」
給食室からお呼びがかかり、コツ勉猫は軽やかに去っていった。
一方、ぶつぶつ言いながら廊下を這いつくばっていたモチオは、ふと昨日の「ピアノの男」と目が合った。
男の名はケイスケというらしい。
ケイスケ「……昨日は、お恥ずかしいものを聞かせてしまって」
ケイスケが静かにモチオに近づき、声をかける。
モチオ「気にするなニャ。俺は毎日毎日、『不器用』だの『歪』だの『気が付けば隣にお前がいた』だの、超絶鈍感ソングを無理やり聞かされてる身だニャ」
ケイスケ「そうでしたね。あそこの、外れの研究所の……その奥の……」
モチオ「そうだ。その『奥』は余計ニャ! 相談所ニャ! 最近は歌を聞け、詩を聞け、ギャグを見ろって奴ばっかりだ。一回1000円。ま、いい小銭稼ぎにはなるがニャ」
ケイスケ「面白いですね……」
ケイスケは何かを言いかけ、ためらっている。
モチオ「なんニャ、相談か?」
ケイスケ「いや……。ただ、話を聞いてほしいだけ、というのはダメですか?」
モチオ「3000円だ。……そうだ、今なら『清掃ボランティアをサボる正当な口実が作れるキャンペーン』につき、特別に2980円にしてやるニャ」
ケイスケはふっと笑い、3000円をモチオに差し出した。
ケイスケ「お釣りは結構です。お願いします」
モチオ「いや、 払う ビジネスだ」 5円玉4つで返す。
テーブルに移動するモチオとケイスケ
ビジネスと言いながらちゃっかり缶コーヒーはおごらせる。
ケイスケ「相談っていうか、愚痴っていうか。なんてか、自分語りになっちゃうんですけど」
モチオ「構わん。俺はこれまで散々ひどいポエムも聞かされてきた。少々のことでは動じないニャ」
ケイスケが静かに語り始めた。
矢野ケイスケ、48歳。一流大学を卒業し、一流企業でキャリアを積み、都心にマイホームも家族もある。誰もが羨むエリートの道を歩んできた彼は今、末期がんでこの西館のホスピスに身を置いている。
モチオ「立派ニャ。完璧な答案用紙、模範解答のような人生だ」
ケイスケ「……そう言ってもらえると嬉しいけど。でも、こうなると自分の人生、どこかで間違えたんじゃないかって思う時が多いんです」
モチオ「どこも間違ってない。模範解答ニャ」
ケイスケ「本当は……。昨日、聴いたでしょ? あのピアノ」
モチオ「……まさか、ピアノが夢だったのか」
ケイスケ「あ、はい。でも才能もないし、自信も、容姿も……。親の言う通り、世間の言う通り生きるのが、凡才の道だと思ったんです」
モチオ「そうだな。お前の考えに悩む要素は見つからん。正解だ」
ケイスケ「でもさ、死期が近くなって、一日が短くなるたびに思うんだよ。夢に賭ければよかったって。例え才能がなくても、食べていけなくても」
モチオ「無い物ねだりニャ。お前は立派だ。俺には真似できん。エセピアニストにはなれても、本物のエリートサラリーマンにはなれんからな」
ケイスケ「……そうですか?」
ケイスケは、少しだけ、本当に少しだけ笑った。
モチオ「今からでもいいんじゃないか? どうせ暇だろ。こんなところで猫と話してるくらいなんだから」
ケイスケ「ははは。まさかね」
モチオ「……死ぬ間際になっても後悔ばかり。でも、最後の最後まで一番必要なものがある。それは『勇気』だ。それがないお前は、確かに凡才だ。お前の人生は、凡才としての正解ニャ」
遠くでコツ勉猫が昼食を運ぶよう指示する声が聞こえてくる。
モチオ「お前なんかより、この前の芸人のほうが才能がある。ギャグは『ウサギぴょーーん』だぞ。誰が笑う? でもな、それを人前でさらけ出せる根性と勇気。……それが才能だ」
言い捨てて、モチオは給食室へと去っていった。




