【第二十一話】父親と愛
〈某異世界・魔王城〉
宝玉を貸すことが決まった途端。
純弥へ歌を要求した逢華。
「……なんで歌ってほしいの?」
結愛が、逢華を見て首を傾げる。
「結愛ちゃんのお父さんに会うの、初めてじゃないんだ」
純弥の顔が青ざめていく。
「町中でね、素敵な声で歌っていたんだ♪」
「あぁ……やっぱりか……」
唯依奈が状況を理解する。
「あの攔路酒の時に混ざっていたんだね」
「正解!」
「純弥って歌上手だもんね」
「そうなんだよ♪」
「――もう歌わないからな!」
「もう一回」
「嫌だ!」
「……お父さんの歌声は、聞いたことない」
結愛が純弥を見つめていた。
「――結愛ちゃん!」
「巻き込むな!」
「お父さん歌えるんだよ?」
「知ってる」
「え?」
純弥が見る。
結愛がにやりと笑う。
「文化祭でギター弾いたんでしょ?」
「……」
「愛璃から聞いたのか?」
「お父さんが話したんじゃん」
「……そうだっけ?」
「年取ったね」
「うるせえ!」
「アカペラは嫌なんだよ!」
唯依奈が、嬉しそうに純弥を見る。
「じゃあ弾き語りだね!」
「なんでお前まで乗るんだよ!」
「それに、楽器なんてどこにもないだろうが!」
「――ならば問題ない」
逢忠が低い声で割って入る。
「……!?」
逢忠が大広間の奥へ消える。
そして。
一本の弦楽器を手に戻ってきた。
「……」
純弥が固まる。
木製の胴。
長い棹。
六本の弦。
「……」
ゆっくりと唯依奈を見る。
「……何?」
「……なんで」
純弥の声が震える。
「異世界にアコギがあるんだよ」
「アコギ?」
逢忠が首を傾げる。
「これは弦琴だ」
「アコースティックギターだよ!」
「……知らぬ名だな」
「どう見てもそうだろ!」
「ここ二十年で流行りだした文化なのだ」
「名称など、地域差があって当たり前だろう」
「……ここ二十年……」
純弥が唯依奈を見る。
「……」
唯依奈がそっと目を逸らす。
「……唯依奈」
「……文化交流?」
「お前のせいか!!」
「――だって!」
唯依奈が叫ぶ。
「純弥がギター弾いてる姿、格好よかったんだもん!」
「だからって異世界に広めるな!」
「いいじゃん!」
「音楽に国境も世界もないよ!」
「それっぽいこと言うな!」
結愛が楽しそうに笑っていた。
そんな中。
逢忠は、有無を言わさず押し付ける。
ゆっくりと確認する純弥。
少し大きさは違う。
だが。
構造は同じで、手に馴染んでしまう。
確かめるように弦を指で弾く。
――びぃん。
「……硬っ」
「何でできてるんだよ……」
「古竜の髭だ」
「――ドラゴン!?」
結愛が一瞬で食いついた。
「本当にドラゴンいるの!?」
「いるぞ」
「見たい!」
「住む場所によって特徴があってな――」
得意げになって話をし始める逢忠。
純弥は、こっそりと弦琴を物陰に立てかける。
(……そのまま、ドラゴンの話で盛り上がれ!)
しかし。
逢華と唯依奈は純弥を逃がさない。
「――はいはい」
「ドラゴンなんて、たくさんいるんだから」
「その話はまた今度」
「純弥の歌を聞きたいでしょ!?」
「たくさんいるなよ!」
純弥が叫ぶ。
逢忠が胸を張る。
「安心しろ」
「古竜は、名を持つ数体だけだ」
「そんな古竜の髭を用いた、最高級の弦だぞ?」
「……誰もそんな心配してねぇよ!」
「……でも」
「こんなに硬くて弾けるの?」
結愛が弦に触れるが、音色には程遠かった。
「安心して結愛ちゃん!」
「私なら、他者に対しても身体強化魔法を使えるから!」
「聖女凄い!」
「聖女の無駄遣いだろ!」
「はいっ!――身体強化魔法かけておいたよ」
「……手際よすぎるだろ」
「聖女だもん♪」
純弥はため息を吐きながら、弦を一本ずつ鳴らす。
先ほどと違い、音色が広がる。
「……音程」
「めちゃくちゃじゃねえか」
「分かるのか?」
「弾く以前の問題だよ」
純弥が調整を始める。
その手元を逢忠が真剣な目で見ていた。
「……」
「……何?」
「覚えている」
「何を?」
「求愛の技術を」
「……」
逢華が逢忠を見る。
「……何言ってんの」
「これは、求愛の手段だと聞いたのだが?」
「「……」」
純弥と結愛の視線が唯依奈に刺さる。
「……セイジョ、カカワッテナイ」
「……私って聖女候補なんだよね?」
「……こうなるの?」
「結愛……こんな聖女にはなるなよ」
「……なるほうが難しい」
一方。
逢忠には逢華の視線が刺さっていた。
「……このスケベ親父」
「スケベではない!!」
「誰に求愛するのよ」
「妻だ」
「……」
純弥の視線が逢忠に向く。
「奥さんいるの?」
「当たり前だ」
「……じゃあ」
「今さら求愛する必要ある?」
逢忠の眉が動いた。
「今さら?」
「え?」
「妻となれば」
「求愛せぬものなのか?」
「……」
純弥が黙る。
逢忠は不思議そうに続ける。
「共に過ごした年月が増せば」
「想いもまた深くなるものだろう」
「……」
純弥の指が、弦の上で止まっていた。
ふと、唯依奈を見る。
十八歳。
あの頃、好きだった。
本気だった。
それだけは、今でも否定する気はない。
でも。
あれから二十年。
愛璃と出会った。
結婚した。
子供が生まれた。
父親になった。
失ったものも。
手に入れたものも。
たくさんあった。
そして。
もう一度、唯依奈と出会った。
「……」
純弥が小さく笑う。
「そういうもんかもな」
「お父様」
逢華が父を見る。
「……何だ」
「たまには格好いいこと言うのね」
「たまにはとは何だ!」
「角が揃わなくなった今!」
「愛情表現の手段がなくなっているのだぞ!」
「この姿で!」
「妻へ、どうやって求愛しろというのだ!」
「……今ので全部台無し」
逢華が呆れていた。
「……角が求愛の手段なんて」
「――やっぱり鹿と一緒じゃん」
結愛の一言に、純弥も唯依奈も笑う。
結愛の頭に手を乗せる純弥。
「結愛」
「あまり、本当のことばかり言ってやるな」
「真実は時に、相手を傷つける」
「……うん、気を付ける」
「……だがな」
弦琴を構え直す。
「本当のことじゃないと、伝わらないことがある」
「……たしかに」
「唯依奈さんみたいにデリカシーがないのも嫌だけど」
盛大にずっこける唯依奈。
「……今ってかっこいいシーンだったよね?」
「「黙ってて」」
純弥と結愛の声が重なる。
「……似た者同士が」
「唯依奈?」
「忘れたのか?」
「俺と結愛は親子だってことを」
肩をすくめる唯依奈。
純弥は結愛に向き合う。
「……いいか?」
「照れくさくて言えないことなんてな」
「メロディに乗せればいいんだよ」
「本当のことは歌の中にあるんだから」
音が響き始める。
二つ、三つと音が重なる。
やがて。
旋律になる。
結愛が嬉しそうに、純弥を見ている。
唯依奈も笑っている。
逢華もあの日と同じように、楽しそうに。
そして。
逢忠だけは純弥の指を食い入るように見ていた。
「……そこは、どう押さえている?」
「――今聞くな!!」
純弥の怒声に、結愛たちの笑い声が重なる。
魔王城には似つかわしくない。
穏やかな旋律と賑やかな声が。
いつまでも大広間に響いていた――
【第二十二話へ続く】




