【第二十話】嫁入り前の宝玉
〈某異世界・魔王城〉
「――何してるの?」
結愛の治療に必要な宝玉。
その目処がついた直後だった。
大広間の奥から、一人の女性が姿を現した。
長い髪に整った顔立ち。
そして。
腰の後ろから伸びる細い尾。
女性がゆっくりと近づいてくる。
そして、純弥の顔を見て目を開く。
「……あ」
「……?」
「……お父さんの知り合い?」
「いや……知らな――」
「歌の人!!」
「なっ……!!」
純弥が盛大に吹き出してしまう。
女性が、嬉しそうに握手してくる。
「久しぶり」
「また会えるなんて思わなかった!」
「……来たくて来たわけじゃねえよ」
「――逢華」
逢忠が女性を見る。
純弥が逢華と逢忠を見る。
「……もしかして――娘?」
「違う」
「――最愛で自慢で世界一の娘だ」
「……」
純弥の目が僅かに大きくなる。
「……そっか」
「この子は?」
逢華が結愛を見る。
「俺の娘」
「……最愛の?」
「……自慢の?」
「……世界一の?」
唯依奈たち女性陣が純弥に問いかける。
「……」
「そうだよ!」
「最愛で自慢で世界一の娘だよ!」
「へえ!!」
逢華が結愛の前へ行く。
「初めまして」
「私は逢華だよ」
「……結愛です」
「可愛いねぇ♪」
「……ありがとうございます」
逢華が純弥を見る。
「お父さんに似なくてよかったね」
「おい」
「私もそう思います」
「結愛!?」
「気が合いそう」
「合わなくていい!」
唯依奈が楽しそうに笑っていた。
「それで?」
逢華が純弥に尋ねる。
「何しに来たの?」
「……」
純弥が、簡単に事情を説明する。
「そっか」
逢華が結愛を見る。
「治るんだよね?」
「ああ」
「お父様の角があれば」
「治せる」
「じゃあいいじゃない」
「……」
逢忠の眉が僅かに動く。
「角くらい」
「安いものでしょ?」
「逢華」
「何?」
「我の威厳が――」
「なくならないわよ」
「……」
「角がなくても、お父様はお父様でしょ?」
「……」
「魔王なんだから」
「堂々としてればいいじゃない」
「……」
純弥が小さく笑う。
「娘には敵わねえな」
「貴様もいずれ分かる」
「もう分かり始めてるよ」
純弥が結愛を見る。
「十分にな」
「……?」
結愛が首を傾げていた。
――それから。
逢忠の角から、宝玉が取り出された。
「……」
逢忠が、自分の頭へそっと触れる。
「……」
「……」
純弥が何も言えずに見ている。
「笑うな」
「笑ってねえよ」
「笑えば殺す」
「だから笑ってねえ!」
唯依奈が口元を押さえている。
「貴様は笑っているな!!」
「ごめっ……」
「笑うな!!」
結愛が純弥の服を引く。
「お父さん」
「なんだ」
「取れたり生えたりで鹿みたいだよね」
「言うな」
「なんで?」
「本人が一番気にしてる」
「聞こえているぞ!!」
「ほら!」
「ご、ごめんなさい!」
逢忠が頭を抱えた。
「威厳が……」
「大丈夫だよ」
逢華が言う。
「何がだ」
「最初から」
「角で威厳が出てたわけじゃないから」
「逢華!?」
「娘って強いな……」
純弥が呟いた。
その手には、宝玉が輝いていた。
「……」
純弥は、改めてそれを握りしめた。
「本当に――ありがとう」
「もうよい」
逢忠が顔を背ける。
「早く、娘を治せ」
「ああ」
「――って」
純弥が止まる。
「……」
「……?」
唯依奈が純弥を見る。
「どうしたの?」
「……帰りの分の宝玉」
「……あっ」
「結局解決してねぇじゃん」
「俺たちどうやって帰るんだよ」
「……」
「……」
二人が再び固まる。
逢華が不思議そうに二人を眺めていた。
「……宝玉足りてないの?」
「……はい」
「帰還にも必要だから……」
逢忠が目を閉じる。
「こっちの分は、戻ってきたばかりだからな」
「全く溜まってないぞ」
「だよな……」
「へそくりとかは?」
唯依奈が尋ねる。
「……そんなものはない」
「だよな……」
「――あるよ?」
逢華が割って入る。
「……え?」
「宝玉でしょ?」
「……」
逢忠の目が僅かに見開かれる。
「逢華」
「何?」
「黙りなさい」
「なんで?」
「無いものは無いのだ」
「あるなら教えてくれ!」
「貴様は黙れ!」
「俺!?」
逢華が自分の尾を手に取った。
「ここにあるじゃん」
尾の先が淡く光りだし、その内側には小さな結晶が輝いていた。
「これも宝玉じゃん」
「……」
純弥が逢忠を見る。
「……あるじゃねえか」
「我のものではない!」
「それはそうだけど!」
逢華が尾の先へ手を当てる。
「帰還用なんでしょ?」
「貸すだけなら、これ使ってもいいよ」
「――ならん!!」
逢忠の怒声が大広間に響く。
「嫁入り前の娘が!」
「尾の宝玉を!」
「他の男へ貸すなど!」
「――絶対にならん!!」
全員の動きが数秒固まる。
「……何の話?」
「……知らない」
唯依奈も首を傾げる。
ただ、逢華が額を押さえていた。
「……お父様」
「今どきそんなこと言うの、お父様くらいだからね?」
「恥ずかしいよ?」
「関係ない!」
「我が娘だぞ!」
「知ってる」
「嫁入り前だ!」
「それも知ってる」
「それを!」
「どこの馬の骨だかわからん男へ――」
「俺」
純弥が手を挙げる。
「三十八で子供二人いるんだけど」
「既婚者なら尚更悪い!」
「離婚してるけど」
「もっと悪い!!」
「……もっと言われるべき」
結愛が純弥を見つめていた。
「……うるさい」
結愛は、純弥を無視して小声で唯依奈に尋ねる。
「……唯依奈さん」
「なに?」
「女性の宝玉ってそういう意味あるの?」
「私も初めて知った」
「違うから!」
逢華が割って入る。
「お父様が勝手に言ってるだけ!」
「勝手ではない!」
「古いの!」
「伝統だ!」
「古い伝統!」
「逢華!」
「なに!」
父娘が睨み合う。
純弥はその光景を見て、ふと笑ってしまった。
「……黙っていろ」
「今は貴様の相手をしてる場合じゃない」
逢忠が睨む。
「いや」
「魔王でも、娘を持つと大変なんだなって」
「……」
逢忠が純弥を見る。
「貴様も娘持ちだろう」
「種族なんぞ関係ない!」
「……」
純弥が結愛を見る。
「……まあ、否定はしないけどな」
「お父さん!?」
「ほら見ろ!」
「味方を増やさないで!」
逢華が叫ぶ。
だが。
結愛を見た瞬間、逢華の表情が少しだけ変わった。
「……親ならわかるんじゃない?」
「……聞かないぞ?」
両手を耳に当てる逢忠。
「この子――」
「あああああああ――」
「帰れなく――」
「あああああああ――」
「なるんでしょ?」
「あああああああ――」
「……」
「この子――」
「あああああああ――」
「……」
声を上げて、聞こえないふりをする逢忠。
それをジト目で見ている純弥たち。
「……ほんとに魔王か?」
「……子供すぎるよね?」
「……あれって璃玖が時々やるよね」
ため息を吐く逢華。
「お父様?」
「あああああああ――」
「聞こえてるでしょ?」
「あああああああ――」
「……仕方ない」
「お父様って、いつも頑張っててかっこいいのに――」
「――逢華」
「もう一度言ってくれないか?」
純弥たちがしかめ面になる。
逢華も同じ顔をしていた。
「……聞こえてたよね?」
「この子のために、私の宝玉は貸すからね?」
逢忠が黙る。
「元気になっても」
「家族のところに帰れないんじゃ、意味ないじゃない」
「……」
まだ黙っている逢忠。
逢華が自分の尾へ触れる。
「ちゃんと返してもらうから」
純弥が真っ直ぐ逢華を見る。
唯依奈が力強く頷いていた。
「二人を送り出したら、絶対返しに来るから」
「……逢華」
逢忠がまだ、納得していない顔をしていた。
逢華が逢忠を見る。
「――お父様」
「何だ」
「もし私がこの子だったら?」
「……」
「病気になって……」
「異世界まで来て……」
「やっと治せたのに……」
「帰れないってなったら?」
「……」
沈黙が広がる。
長い、長い沈黙が広がる。
やがて。
逢忠が大きく息を吐いた。
純弥と唯依奈を見る。
「……必ず返せ」
「ああ」
「必ずだ」
「約束する」
「傷一つ、つけるなよ?」
「分かった」
「他人に触れさせるな」
「分かった」
「肌身離さず――」
「お父様」
「なんだ!」
「宝玉よ?」
「分かっている!」
「娘本人を嫁に出すみたいになってるよ」
「うるさい!!」
逢華が笑う。
純弥たちも思わず笑いだしていた。
逢華の尾から宝玉が取り出された。
尾そのものは残っている。
ただ。
先端にあった、淡い光だけが消えていた。
「……大丈夫か?」
「平気だよ」
逢華は、純弥の問いに、尾を軽く動かしながら答える。
「しばらくすれば、戻るんでしょ?」
「……ありがとう」
「いいよ」
「取り外すことも、そんな大したことじゃないし」
逢華が純弥に向けて笑顔を向ける。
「――その代わり」
「……?」
純弥が僅かに眉を寄せた。
何かがおかしい。
今まで見せてきた笑顔とは違う。
明らかに。
何かを企んでいる顔だった。
「――歌ってほしいな」
「……」
純弥の顔から笑みが消えた。
「嫌だ」
「即答!?」
逢華の声が大広間に響く。
そのやり取りを、結愛は不思議そうに見つめていた。
父親と異世界の魔王の娘。
本来なら何の接点もないはずの二人。
けれど。
結愛の知らないところで。
純弥はすでに、この世界にも小さな縁を残していた――。
【第二十一話へ続く】




