【第一話】結婚は転生の後に
〈某異世界・礼拝堂〉
白い光が礼拝堂を包んでいた。
天井まで届く大きなステンドグラス。
純白の花々。
長く伸びる赤い絨毯。
まるで結婚式場のような場所だった。
「よし」
渡会唯依奈は深く息を吐き、胸の前で両手を握りしめた。
本当に長かった。
泣いた日もある。
諦めそうになった日もある。
それでも続けた。
――全部、この日のためだった。
鏡に映る自分は、十八歳のままだった。
鏡の中では、純白のドレスが包んでいる。
「この格好見たら、驚くだろうな」
「……えへへ、どんな顔になってるかな」
「見た目は変わってないけど、成長したもんね」
姿は、あの日から何一つ変わっていない。
ただ、聖女になった。
女神様にだって会った。
奇跡も使えるようになった。
世界だって救った。
なのに。
「緊張する……」
結婚式前の花嫁みたいだ。
いや、間違っていない。
今日の主役は自分だ。
たぶん。
きっと。
絶対に。
そうであってほしい。
唯依奈は祭壇へと歩く。
足元には巨大な魔法陣が広がっていた。
数え切れないほどの術式。
数え切れないほどの失敗。
そして、完成した奇跡。
死の淵にある魂を、この世界へ導く禁術。
聖女ですら禁じられた術。
だからどうした。
今さら怒られても遅い。
――愛しているんだもん。
――この世界中の誰よりも。
女神様は最後まで反対していた。
それでも唯依奈は確認した。
今日こそが、約束の日なのだと。
「準備完了」
鼓動の音が体内に響いている。
うるさい。
落ち着かない。
――少し待て。
――待ち人はすぐに会えるのだから。
唯依奈は両手を広げた。
魔法陣が輝き、礼拝堂全体が震えた。
光が溢れる。
空間が歪む。
そして。
「――こっちだよ」
世界が白く染まった。
――冷たい。
最初に感じたのはそれだった。
次に痛み。
肺が焼けるように苦しい。
息ができない。
咳き込むたび、口から水が溢れる。
全身がびしょ濡れだった。
――水。
――川。
――結愛。
「結愛は!?」
純弥は勢いよく身体を起こした。
結愛は無事なのか。
あの時、ちゃんと息をしていたか。
陸まで運んだ後の記憶がない。
荒い呼吸のまま周囲を見回す。
だが、求めていた景色ではなかった。
――知らない場所だった。
礼拝堂。
白い花。
ステンドグラス。
そして。
――純白のドレスを身に纏った少女が立っていた。
綺麗だった。
思わず見惚れるほどに。
だが。
それ以上に見覚えがあった。
「……は?」
――あり得ない。
――そんなはずがない。
少女の瞳が大きく見開かれる。
「純弥っ!!」
泣きそうな顔で駆け出してきた。
勢いのまま抱きつかれる。
「ぐっ」
衝撃でよろける。
甘い香りが鼻をくすぐる。
「やっと……」
「やっと会えた……」
純弥は言葉を失った。
聞き覚えがある。
忘れるはずがない。
何度も夢に見た声だった。
「唯依奈……?」
初恋の彼女の名前を呼ぶことしかできない。
――目の前の少女を見る。
雨の日。
葬儀。
火葬場。
骨壺。
最後のメール。
――全部が頭をよぎる。
少女が顔を上げる。
涙で濡れた瞳。
そして満面の笑み。
「うん!」
その笑顔は。
二十年前と何一つ変わっていなかった。
純弥の思考が追いつかない。
唯依奈は死んだ。
二十年も前に。
葬式にも出た。
火葬場まで立ち会った。
あの扉が閉まる音。
骨だけになった景色。
これだけは、いつまで経っても忘れることができなかった。
涙だって枯れた。
――それなのに。
「なんで……」
「その話は後!」
唯依奈は食い気味に遮った。
「そんなことより!」
(そんなことより?)
二十年ぶりの再会より重要な話があるのか。
「純弥!」
「……なんだ」
「結婚しよ!」
純弥の思考が停止した。
「……は?」
「約束したよね!」
唯依奈は胸を張る。
「大学出たら結婚するって!」
「いや待て」
「待たない!」
「いいから、待て」
「二十年待ったんだけど!?」
それはそうかもしれない。
いや、そうなのか?
そもそも何が起きている?
ここはどこだ。
結愛は無事なのか。
自分は死んだのか。
聞きたいことは山ほどある。
だが。
唯依奈は全く話を聞いていなかった。
「結婚式場も用意したし!」
「は?」
「ドレスも着たし!」
「待て」
「お母さんたちにも報告してるし!」
「いつだよ」
「死ぬ前!」
「あと、女神様にも許可もらったし!」
「もらってないだろ」
「黙認されたの!」
「沈黙は肯定って、昔見た漫画で言ってたから」
「準備完璧だよね!」
「待てって」
「だから結婚しよ!」
純弥は頭を抱えた。
確かにこんな性格だった。
人の話を聞かない。
思い立ったら一直線。
昔からそうだった。
そして。
二十年経っても変わっていないらしい。
唯依奈は満足そうに頷く。
「純弥が言い出した約束でしょ」
「――私がいなくなって、悲しませたのも理解してる」
「でも、私は純弥と一緒にいたい」
「また巡り遭えたのも、偶然じゃないの!」
圧倒されて言葉を返せない純弥に、唯依奈の表情が曇る。
「……純弥は……会いたくなかったの?」
「いや、会いたかったよ」
「メールも途中で終わったままで、言いたいことも言えてない」
「二人で作った誕生日プレゼントのリストだって」
「途中からもらえてない」
「――会いたかったさ」
初恋だった。
ずっと好きだった。
忘れられるはずがない。
純弥の言葉を聞いて、唯依奈の頬が緩む。
今にも泣き出しそうだった顔に、ようやく笑顔が戻った。
――それでも。
「でも俺は……」
「よし!」
純弥の言葉を遮り、何もない空間からリングケースを取り出す唯依奈。
「……何がよしっなんだ」
「じゃあ指輪――」
そこで。
唯依奈の動きが止まった。
「…………え?」
礼拝堂に沈黙が落ちた。
視線の先には、純弥の左手があった。
その薬指には銀色の輪が輝いていた。
唯依奈の思考が止まる。
――え?
え?
指輪?
なんで?
なんで純弥が結婚してるの?
いや待って。
待って待って待って。
そんなの聞いてない。
本当に聞いてないんだけど――
【第二話へ続く】




