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【第十七話】ステンドグラスの聖女

〈現世・仁科総合病院・病室〉


――その日のうちに。


純弥(じゅんや)は、結愛(ゆあ)のベッドの横へ座っていた。


「結愛」


「ん?」


「ちょっと大事な話がある」


「なに?」


純弥は、一度だけ唯依奈(ゆいな)を見る。


そして。


「異世界に行くぞ」


「……異世界?」


結愛が首を傾げた。


「声大きい」


純弥が口元に指を立てる。


「お父さん」


「なんだ」


「ついに頭おかしくなった?」


「……お前、最近容赦ないな」


「だって異世界って」


結愛が唯依奈を見る。


「本当?」


「本当だよ」


「唯依奈さん、そこに住んでるの?」


「うん」


「お父さんも行ったことある?」


「ある」


「……」


結愛が純弥を見る。


「八日間?」


「……なんで知ってんだ」


「夏の時に、お父さんが気を失っていた期間」


「……勘が鋭すぎないか?」


「まあ、間違ってない」


結愛が少し考える。


「治療しに行くの?」


「ああ」


「学校は?」


「今それ気にする?」


「宿題」


「持っていけ」


「異世界まで!?」


唯依奈が笑う。


「魔王城で宿題する?」


「魔王いるの!?」


「いるよ」


結愛の顔が、ぱっと明るくなる。


「ドラゴンは?」


「いる」


「エルフ!」


「いる」


「魔法!」


「ある」


「行く!」


「治療だぞ!?」


純弥が頭を抱える。


「遊びに行くんじゃねえ!」


「だって病院より楽しそう」


「それは否定できない」


「唯依奈!」


「でも」


唯依奈が結愛を見る。


「ちょっとだけ大変かもしれない」


結愛の笑顔が少しだけ落ち着く。


「治療?」


「うん」


「痛い?」


「……分からない」


唯依奈は嘘をつかなかった。


「でも」


結愛の手を握る。


「一緒にいる」


純弥も、反対側の手を握った。


「お父さんもな」


「……」


結愛は二人を見る。


そして。


小さく笑った。


「……じゃあ大丈夫」


「――よしっ!」


唯依奈が急に立ち上がる。


「早速始めようか!」


「……えっ」


結愛が瞬きをする。


「これから?」


「うん!」


「今?」


「今!」


純弥も目を丸くする。


「待て待て」


「何?」


「愛璃には話してきたけど」


「うん」


「もうちょっと何か準備とか――」


「大丈夫!」


「その言葉が一番怖いんだよ!」


唯依奈が結愛へウインクする。


「お姉さんの時間も限られてるんだ♪」


「……お姉さんなのは見た目だけ――痛っ!!」


唯依奈が純弥の足を踏んだ。


「うるさい」


「アラフォーのおじさんが」


「お前、同い年だろ!」


二人のやり取りを見て、結愛が笑う。


「じゃあ」


唯依奈が純弥と結愛の手を握った。


「レッツラゴー!」


「ちょっと待て!」


「ん?」


「俺も意識なくなるんだよな!?」


「うん」


「じゃあ俺の身体をどっかに――」


白い光が三人を包んでいく。


「おい!」


「せめてベッドに寝かせ――!」


純弥の声が途中で途切れた。


――光が消える。


ベッドの上では、結愛が静かに目を閉じていた。


そして。


そのお腹の辺りには、純弥が顔面から突っ伏していた――


〈某異世界・礼拝堂〉


「……」


結愛がゆっくりと目を開いた。


「結愛?」


「……お父さん」


「大丈夫か?」


「気分悪かったりするか?」


首を横に振りながら、結愛が身体を起こす。


「……」


自分の手を見る。


握る。


開く。


もう一度、握る。


腕を動かす。


肩を回す。


そして。


「……っ」


突然――涙が零れていく。


「結愛!?」


純弥が慌ててしゃがみ込み、目の高さを合わせる。


「ど、ど、ど、ど、どうしたの!?」


「失敗してないよ!」


唯依奈も慌てて駆け寄る。


「どこか痛い!?」


「……違うの」


結愛が鼻をすする。


「違う?」


「まだ……重たいんだけど」


自分の手を見る。


「身体が」


一度、腕を上げる。


「動くのが嬉しくて……」


「……」


純弥は何も言わず、結愛を抱き寄せた。


「そうだよな……」


背中へ腕を回す。


「辛かったよな」


「……うん」


「よく耐えてたな」


「……うん」


「頑張ったな、結愛」


「……お父さん」


結愛が純弥の服を掴む。


そのまましばらく、声を上げて泣いていた。


――数分後。


「……もう大丈夫?」


唯依奈が聞く。


「うん」


目元は赤い。


それでも、結愛は笑っていた。


「じゃあ」


唯依奈が周囲を指差す。


「見てごらん」


「……?」


結愛が、ゆっくりと礼拝堂を見渡した。


高い天井。


並ぶ長椅子。


壁を彩るステンドグラス。


そこから差し込む色鮮やかな光。


絵本の中の世界のようだった――


「……すごい」


結愛が呟く。


その視線が正面で止まる。


巨大なステンドグラス。


白い衣。


光を背負い。


人々へ手を差し伸べる女性。


「……あれ」


結愛が隣を見る。


唯依奈。


ステンドグラス。


もう一度。


唯依奈。


「……唯依奈さん?」


「そう!」


唯依奈が胸を張った。


「あのステンドグラスのモデル」


自分を指差す。


「私なんだよ!」


「すごい!」


「でしょ!?」


「本当に聖女なんだ!」


「本当にって何!?」


「だって」


結愛が唯依奈を見る。


「昨日から、面白いお姉さんって感じだったから」


「聖女だよ!」


「自称じゃなかったんだ……」


「純弥!」


「俺に助け求めんな」


「私ってこう見えてすごい人なんだよ!」


『自分で言わなければ完璧でしたね』


「……え?」


知らない声。


結愛が、反射的に純弥へしがみついた。


「誰?」


「大丈夫」


純弥が結愛の頭へ手を置く。


「そこのお転婆聖女の――」


「誰がお転婆!」


「……上司で、友人で、苦労人の女神様だから」


淡い光が三人の前に広がった。


その中から、女神が姿を現す。


衛守結愛(えもり ゆあ)


「……はい」


『ようこそ、この世界へ』


女神は優しく微笑んだ。


『お会いできて嬉しく思います』


「……ありがとうございます」


結愛は、純弥の服を掴んだまま。


ぺこりと頭を下げる。


『まずは安心してください』


「……はい」


『あなたをこちらへ連れてきた判断は、間違っていません』


結愛が女神を見る。


「治るんですか?」


『その可能性は――現世にいた時より、遥かに高い』


「……」


『そのために』


『この聖女がいるのですから』


「任せて!」


唯依奈が胸を張る。


女神はその姿を見て微笑んでいた。


だが。


純弥を見た瞬間、表情が変わった。


目を細め、眉間に皺が寄る。


衛守純弥(えもり じゅんや)


「……はい」


『こんなに早く再会するとは思っていませんでした』


「俺もです」


『それと』


「はい」


『上司と友人というのは取り消しておきなさい』


「……苦労人は?」


『消さなくていいのは、あなたなら分かりますよね?』


女神の視線が唯依奈へ向く。


『どれだけ、これの無茶に巻き込まれていると思うのですか?』


「これって言った!」


『どれだけ始末書を書いていると思うのですか?』


「始末書ってあるんですね」


「いいじゃん」


唯依奈が肩をすくめる。


「コピペの始末書なんて減るもんじゃないし」


「……お前は反省しておけ」


「大丈夫だよ」


「何が?」


「私のおかげで、表彰と報奨金も何回も貰ってるんだから」


『……』


女神が目を逸らした。


純弥が気づく。


「……あぁ」


「それなりに稼いでるってことね」


「始末書をいくつ書いても減給されないみたいだしね」


「始末書と表彰状が同じくらいある感じか……」


「やっぱり、上司で友人じゃん」


『……違います』


女神が咳払いをする。


『聖女と女神なだけです』


「はいはい」


『唯依奈』


「はい」


女神の声色が変わる。


『そろそろ本題へ』


唯依奈の表情も変わる。


「……うん」


純弥も、結愛の肩へ置いていた手を離す。


「結愛ちゃん」


「はい」


「もう一回」


唯依奈が手を差し出す。


「手、貸して」


「うん」


結愛が手を重ねる。


唯依奈が目を閉じた。


次の瞬間。


白い光が、結愛の身体を包んだ。


「……わ」


現世にいた時とは比べものにならない。


柔らかく明るい光。


その光が。


指先から。


腕へ。


胸へ。


全身へ。


ゆっくりと巡っていく。


「大丈夫」


唯依奈が結愛に優しく微笑みかけていた。


「痛くないから」


「うん」


「……」


だが。


唯依奈の表情が少しずつ変わっていく。


「……え?」


「どうした?」


表情が険しくなった唯依奈を見て、純弥が焦った声をかける。


「……」


「唯依奈?」


「ちょっと待って」


光が強くなっていく。


「……」


もう一度、白い光が結愛の身体を巡る。


「……女神様」


『はい』


「知っていたの?」


女神は僅かに目を細めた。


『はい』


「……何の話?」


純弥が二人を見る。


唯依奈が目を開いた。


そして。


正面のステンドグラスを指差す。


「結愛ちゃん」


「はい?」


「あれ」


「……?」


「さっき見たよね」


白い衣を纏った聖女の姿。


「うん」


「結愛ちゃんも」


唯依奈が笑った。


「ああなれるかもしれない」


「……えっ?」


結愛はステンドグラスを見る。


そして。


唯依奈と目を合わす。


「……私が?」


唯依奈は静かに頷いた――


【第十八話へ続く】


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